米海軍航空システム軍団(NAVAIR : Naval Air Systems Command)が2020年11月20日に、パタクセントリバー基地でF/A-18Eスーパーホーネットによるスキージャンプ発進試験を実施した、と発表した。

  • 米マクドネル・ダグラス(現ボーイング)が開発したF/A-18Eスーパーホーネット 写真:米ボーイング

    米マクドネル・ダグラス(現ボーイング)が開発したF/A-18Eスーパーホーネット 写真:米ボーイング

スキージャンプを使うことの意味

スキージャンプについては、以前にも取り上げたことがある。艦上から短距離滑走で発進する際に、スキージャンプを駆け上がることで機体を上方に放り上げる効果を発揮する。それにより、機体がエアボーンした後で加速するための時間を稼げる、という理屈。

最初にスキージャンプによる発艦を考え出したのはイギリスで、ハリアーを艦載化する際にこれを組み合わせた。ハリアーは垂直離着陸(VTOL : Vertical Take-Off and Landing)が可能だが、スキージャンプを使って滑走発艦する方が、離陸時重量の上限を高くとれる。すると燃料や兵装の搭載量が増える。その辺の理屈は、ハリアーの後継機となったF-35Bでも変わらない。

  • 米ロッキードマーティンが開発したF-35B。日本の自衛隊も導入を発表している 写真:米ボーイング

    米ロッキードマーティンが開発したF-35B。日本の自衛隊も導入を発表している 写真:米ロッキードマーティン

一方で、カタパルトがない空母から既存の固定翼戦闘機を発艦させる場面でもスキージャンプが使えるのでは、という発想も出てきた。

スキージャンプがない場合、機体を浮き上がらせる手段は自身の主翼しかない。だから米仏の空母はカタパルトで十分な速度まで加速させる方法を使っているが、カタパルトがなければ別の手を使うしかない。そこで、スキージャンプで空中に放り上げてアシストしてはどうか、という話になるわけだ。

それを実際にやったのが旧ソ連海軍で、スホーイSu-27の派生型・Su-33を、空母「アドミラル・クズネツォフ」の艦首に設けたスキージャンプから発艦させている。いわゆるSTOBAR(Short Takeoff but Arrested Recovery)である。

「アドミラル・クズネツォフ」に続く2番艦「ワリヤーグ」は未成に終わった。それを(だますようにして)買い取って実働可能な空母「遼寧」に仕立ててしまったのが中国だが、Su-27系列の機体(J-15)を使っているところは同じだ。中国はその後、同形態の空母「山東」も建造した。

また、インドもロシアから買い取ったキエフ級航空巡洋艦の4番艦にスキージャンプを設置する改装を施して、空母「ヴィクラマディチャ」とした。こちらはSu-33より小型のMiG-29Kを載せている。さらにインドでは、同形態の空母「ヴィクラント」を建造している。

STOBARの泣き所

冒頭で言及したスーパーホーネットのスキージャンプ発艦試験は、インドがSTOBAR運用が可能な戦闘機の調達に関心を示しているのを受けて、スーパーホーネットを売り込む狙いから実施した試験。

スーパーホーネットは当初から艦上機として設計された機体であり、主翼折り畳み機構も着艦拘束フックも最初から付いている。当然、塩害対策にも抜かりはないだろう。そういう意味では、陸上機の転用よりも艦上運用に向いているといえる。

ただ、ハリアーなら推力偏向、F-35Bなら推力偏向とリフトファンの合わせ技により、主翼だけでなくエンジンでも機体を下から支える力を得られる。しかし、もとが陸上機のSu-33やJ-15やMiG-29Kにそんな仕掛けはないし、カタパルト発艦を前提に設計されたスーパーホーネットも同じだ。

すると、エンジンの推力だけで、十分な浮揚力を発揮できる速度まで加速できなければならない。したがってSTOBARは、推力重量比が高い機体でなければ実現できない手ではある。そして、スキージャンプ発艦できたとしても、燃料や兵装を満載というわけにはいかないだろう。

そこで諸元を比較してみると、インド海軍で現用中のMiG-29Kは空虚重量11tで、推力9tのクリモフRD-33MKエンジンが2基、主翼面積43平米。対するスーパーホーネットは、空虚重量14tで、推力9.9tのF414エンジンが2基、主翼面積46.45平米。スーパーホーネットの方がいくらか重く、いくらかパワフルという図式になる。(本連載の性質上、ウェポンとしての有用性については言及しない)

スキージャンプを使用する際の最大離陸重量は不明だが、カタパルト発艦時と同等ということはないだろう。問題は、どこまで数字が下がるかだ。それによって、燃料や兵装の搭載能力が決まる。

軽量化モデルという選択肢は?

「それなら、軽量化したモデルを作って、少しでも燃料と兵装を多く積めるようにしては」という考えが出てくるかも知れない。しかしおそらく、その選択肢は不採用だ。なぜか。

機体構造をいじれば、強度計算も作図も、そして強度試験もすべてやり直しになる。外形が変化して空力的な影響が生じれば、風洞試験も飛行試験もやり直しになる。さらに、フライ・バイ・ワイヤの制御則にも手を入れなければならないかも知れない。

つまり、手を入れれば入れるほど、開発も試験・評価もやり直しになる部分が増えて、時間とコストがかかる。しかも独自の部品を起こす部位が増えるほど、コスト上昇の原因になる。

インドからの受注が決まったとしても、インドが計画している調達機数はわずか57機。それだけのために追加のコストと時間はかけられないし、インド側も受け入れない。あくまで「吊るし」の機体でインド側の要望に対応できる必要があるのだ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。