第163回第165回で、ボーイング737MAXが新たに導入したMCAS(Maneuvering Characteristics Augmentation System)について解説した。これが原因で2件の墜落事故につながり、長期にわたる飛行停止となったことは御存じの通りだ。しかしようやく、対策に関する承認が得られて、欧米では運航再開に向けて動き始めている。

  • 「ボーイング737MAX」 写真:ボーイング

MCASの何が問題だったのか

以前に書いた話の繰り返しになるが、MCASのどこに問題があったのか、簡単におさらいしておこう。

737MAXは燃費改善のために新型エンジンを搭載したが、これは従来のエンジンよりもナセルが大きかった。それに起因する空力的影響から、飛行状況によっては機首上げの傾向が生じた。機首上げを放置しておくと、迎角(AoA : Angle of Attack)が過剰になって失速する危険がある。

そこで、対策として導入したのがMCAS。特定の条件がそろった時に、水平尾翼の取り付け角を自動的に変更して前上がりにすることで、機首下げの力を生み出す。ところが、迎角を知るために使用するAoAセンサー(2つある)が故障するなどして、間違ったデータを送ってきたらどうなるか。

  • 「ボーイング737MAX」のAoAセンサーが搭載されている場所 写真:ボーイング

  • 「ボーイング737MAX」のフライトデッキディスプレイ 写真:ボーイング

AoAが正常範囲内にあるにもかかわらず、「AoAが増加している」というデータが送られてくれば、MCASが介入して機首を下げようとする。この動作をパイロットから見ると、「何もしていないし、問題もないのに、勝手に機首が下がり始める」という挙動になる。それがMCASのせいだと分かっていれば、機体の釣り合いをとるためのトリム操作を手動に切り替えることでMCASはオフになるが、MCASのせいだと分かっていなければ、適正な対処手段を導き出せない危険がある。

厄介なことに、左右のAoAセンサーからの入力に食い違いが生じたことを示す「AoA Disagree Alert」の機能が、737MAXではオプション設定になっていた。これが機能すれば、「片方のAoAセンサーがおかしいようだ」という判断ができるが、「AoA Disagree Alert」の機能がないと、判断材料がない。

なお、ここではかなり要約して説明しているため、詳しい背景事情については第164回と第166回を参照していただきたい。

どういう改修を実施したのか

そこでボーイングは一連の事故を受けて、MCAS関連の改修を実施した。基本的には制御ロジックの改善、それとAoAセンサーの異常に騙されないようにするための手直しだが、さらに広範に手を入れたようだ。

まず、改良版のMCAS用ソフトウェアは、左右両方のAoAセンサーから入力を受け取る。それだけでなく、左右それぞれのAoAセンサーから来るAoAのデータに食い違いが生じたときに、計器盤の多機能ディスプレイに警告を表示する。つまりこれは、「AoA Disagree Alert」を標準装備にしたということである。

さらに、左右のAoAセンサーから来るAoAの値が5.5度を超える食い違いになった場合は、MCASは作動しないようにするロジックを加えた。「そんなに食い違いがあれば、明らかに片方のAoAセンサーから来るデータはおかしい」という考え方である。この5.5度という閾値を決定するに際して、さまざまな検討や検証が行われたものと思われる。

また、MCASを動かす飛行制御コンピュータの動作にも手を入れた。737MAXは冗長化のために、2基の飛行制御コンピュータを搭載している。従来は、そのうち片方だけがMCASへの入力を行っていたが、これを両方に改めた。また、2基のコンピュータからの入力に食い違いが生じたときには、MCASは作動しないようにした。これは、コンピュータに不具合が発生してMCASに間違ったデータを送り出した時に、それをMCASが真に受けて機首下げを行う事態を防ぐためだ。

こうした改修を実施した上で飛行試験を行い、問題がないことを確認した。ただしそれだけでは話は終わらず、マニュアルの更新や、パイロットに対する訓練も必要になる。改修によってMCASがどのような動作をするようになったか、MCASはどんなときに介入して、どうすればキャンセルできるか、といったことを正しく理解しておかなければならないからだ。

そして、アメリカの連邦航空局(FAA : Federal Aviation Administration)が運航再開を承認したのに続いて、欧州航空安全機関(EASA : European Aviation Safety Agency)も運航再開に向けた作業を進めている。こうした状況を受けて、エアラインの側も機体の改修をはじめとする一連の改善策を実施するとともに、運航再開期日を決定するところも出てきた。

これで737MAXが安心して利用できる機体になってくれれば良いのだが、と願わずにはいられない。過去にもさまざまな航空機が事故やトラブルに見舞われては、改善策を講じて、安全な機体になってきた。

大事なことなのでしつこく書くのだが、単に「危険な飛行機」「欠陥機」とレッテルを貼って騒ぐだけでは、飛行安全は実現できない。事故が起きてしまったときには、真摯に事故原因と向き合い、それを解決する必要がある。737MAXに限らず、例えばV-22オスプレイでも同じである。

とはいうものの、以前にも書いたように、「もう707の胴体断面をベースにした737の改良を続けるのは限界ではないだろうか」という思いもある。次はブラン・ニューの単通路機を送り出して、737シリーズが抱えていた課題を一挙に解決してくれれば良いのだが(もっとも、肝心のエアライン側が「737シリーズとの共通性」を求め続ける限り、この希望は実現できない)。

v

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。