ボーイングは5月17日に、737MAXで問題になっているMCAS(Maneuvering Characteristics Augmentation System)について「改良版ソフトウェアの開発が完了した」と発表した。今後、当局からの承認を得た上で、導入に向けた作業を始めることになるだろう。

737が抱えているハンデ

737MAXでMCASという仕掛けを必要とするようになった背景については、本連載の第164回「ボーイング737MAXの操縦系統と新装備『MCAS』とは?」で書いた。

大型化した新エンジンへの変更と、それに伴う架装位置の変更により、ピッチアップ(機首上げ)の傾向が強まった。それを自動的に補正しようとしてMCASを導入したわけだ。

  • Boeing 737 MAX

    Boeing 737 MAX(写真:Boeing)

筋論からいえば、MCASみたいな仕掛けがなくても済むような機体にするほうが望ましいに決まっている。それに、元をたどれば707と共通する胴体断面を使用している737シリーズには、そのサイズに起因するハンデもある。

その典型例が、貨物室である。707の胴体は真円ではなく、下がすぼまった断面形状になっている。床下を貨物室にするわけだから、下がすぼまった断面形状になっていれば当然、貨物室の断面積は狭くなる。737もそれを引き継いでいる。

その結果、737シリーズは一般的な航空用貨物コンテナの搭載ができない。食料品の航空輸送に際しても、LD-3サイズの保冷コンテナを使用できず、わざわざ737の貨物室に合わせた小型保冷コンテナを開発する、なんていう話が出たぐらいだ。

ちなみに、エアラインでは貨物輸送に関する顧客向けの情報提供として、機種ごとに貨物室のサイズに関するデータを公表している。これを見ると、同じ「貨物室」でも機種ごとにずいぶん差があるのだということが分かる。ここでは、日本航空と全日空が公開しているデータをリンクしておこう。

JAL航空機&ULD(JAL Dimension Guide)
ULD・機体仕様

実は、ライバル機のエアバスA320シリーズは後発の強みで、ここのところで737より優れている部分がある。全日空が公開している一般コンテナのディメンション・ガイドを見るとわかるが、A320は777や767と同じLD-3コンテナ(LD-3-46WFとLD-3-45WF)を載せられる。

「だったら、もう737はやめて、ゼロ・ベースで新型機を開発したら?」という考えが出てきても不思議はない。そうすれば、今の最新型低燃費エンジンに最適化した設計ができるし、LD-3コンテナを搭載できる断面形状にできそうなものだ。

実際、ボーイングは737MAXのローンチ(開発開始の決定)よりも前に、新型機を開発・投入する検討もしていたという。では、どうしてそれが実現しなかったのか。そこには、エアライン側のお家の事情も絡んでくる。

機種が変わると資格は取り直し

我々が乗用車を運転する時は、メーカーや車種が変わっても、同じ運転免許証でよい。筆者は過去22年間で5台のクルマを乗り継いできており、さらに国内外でレンタカーをいろいろ借りているが、みんな同じ免許証で乗っている。

ところが、旅客機の運航乗務員は話が違う。機種が変われば、訓練を受け直して操縦資格を取得し直さなければならない。これをエアラインの経営という観点から見ると、転換訓練を受けている乗務員は運航現場から外れることになり、その分だけ余分の人手を必要とする。無論、訓練にかかる経費という問題もある。すると、同じ機種か、せめて同じ操縦資格で操縦できる機種の方がありがたい、という話になる。

LCCの多くがエアバスA320シリーズでフリートを統一していたり、サウスウェスト航空が737シリーズでフリートを統一していたりするのは、別に趣味でそうしているわけではない。機種統一は、補給整備の面だけでなく、運航乗務員の資格維持の面でも経費節減につながるのである。

  • ボーイング737のライバル、エアバス A320neo(写真:Airbus)

カスタマーの側にそういう事情があれば、当然、機体メーカーの側も対応しようとする。737を例にとると、NG737(-600/-700/-800/-900)では機械式計器を止めてグラスコックピット化したが、表示内容は従来の機械式計器と揃えている。使用するデバイスが違っても表示内容が同じなら、操縦資格の共通性を持たせやすくなる。このことが、NG737の販路拡大に貢献した。

となれば当然、エアラインとしては、NG737の後継機にも操縦資格の共通性を求めるだろうし、メーカーもそれに応えようとする。結果として、ゼロ・ベースの新型機開発ではなく、737の発展型を開発する流れになった。

メーカーとしても、既存機種の発展型を開発する方が低リスク、かつ既存の生産設備を流用できて経済的、という経営判断はありそうなものだが。

ところが、737の発展型に最新型の低燃費エンジンを載せた結果として、ある種のひずみが出てしまい、それを自動補正によって解決しようとしたことが、一連の事故の原因になった可能性がある……というのが昨今の動きである。

単純に悪者探しをするのは間違い

これまでに出てきた情報を見る限り、ボーイングの側に判断ミスがあったのは否めない。

それは、MCASを制御するソフトウェアの設計、迎角(AoA : Angle of Attack)センサーに不具合が生じたときの動作、「問題があるのではないか」と指摘された後の対応の、いずれにもいえることである。それだからこそ、今回のソフトウェア修正という対応がとられたわけだ。

そして、「新しいシステムが加わり、それによって挙動が違う部分が出てきたのだから、マニュアルや訓練を見直す必要があったのではないか」という指摘にも首肯する。

ただ、そこで「欠陥機」「安全軽視」「儲け第一主義」とかいう決まり文句を使ってボーイングを難詰するだけで問題が解決するんですか? と訊かれれば、筆者はそれには「ノー」という。

737シリーズの改良で乗り切ろうとした背景には、先に書いたように、メーカーだけでなくカスタマー側の事情もあると考えられるからだ。この手の単通路機は、コストに厳しいLCCで使われることが多いから、尚更だ。

そうはいっても、737MAXの次の単通路機を開発する時期が来たら、今度こそゼロ・ベースで新型機を開発して、これまでに抱えてきた課題を一挙に解決してもらえないか、とも思っているが。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。