「非常事態が起きてほしい」と思う人はいないが、「非常事態は起きてほしくないものだから、非常事態が起きた時のことは考えない」では、単なる現実逃避、思考停止である。起きてほしくない事態が起きてしまった場合に備えて何をするかが問題なのだ。というわけで、飛行機における「非常事態への備え」をいくつか紹介する。

エンジン火災

エンジンのうち、エンジン停止(動力源の喪失)については前回に書いたが、エンジンというと火災の話も無視できない。

火災対策の基本は火災検知装置と消火器の組み合わせで、これは客室でもエンジンでも同じである。火災の発生を検出する方法としては、高温を検知する方法と、煙を検知する方法がある。エンジンの場合、高温を検知する方法を使う方が確実だ。

ただし、エンジン火災が発生した時に対処を誤った事故の事例がある。だから、火災検知装置があるというだけでは安心できない。火災警告灯が点灯したときに、計器でエンジンの状態を確認して「どのエンジンが火災になっているか」を確認しなければならない。

そこで「スロットル操作に対してはっきりした反応がなかった」という誤った対処・判断をしてしまい、止めるべきではないエンジンを止めてしまった事故の事例がある。これでは、火災が発生したエンジンだけでなく、そうでないエンジンまで使えなくなってしまう。そして、当該機は推進力を失って墜落した。

ただしこれには、警報音が鳴り響いて警告ランプが次々に点灯したために、状況の把握がうまくいかなかった、という人的問題が関わっている点は無視できない。この警告の問題は、拙稿「乗り物とIT」の第2回で取り上げたことがある。

つまり「火災の発生を検出したら、コックピットで警報ランプを点灯させればいい」というだけの話ではないのだ。闇雲に警報ランプが点灯したり警報ブザーが鳴り響いたりしても、それでパニックを起こしたのでは事態を悪化させるだけである。火災に限った話ではないが。

エンジン以外の火災

エンジンだけが火元ではない。客室や貨物室も火元になり得るので火災検知装置を取り付けてある。

旅客機の場合、いわゆる客室の部分だけでは済まない。ラバトリーでコッソリ煙草を吸う不届き者が出現することがあるので、ラバトリーにも火災検知器を取り付けてある。だから、ラバトリーでタバコを吸えば一発でバレる。機内安全ビデオでも注意喚起しているが、やれば必ずバレるのだから、やってはいけない。

そういえば、A350-1000の取材では「コックピットではフラッシュを使わないで」と言われた。たぶん、閃光を検知して火災だと判断するセンサーが付いているのではないだろうか。米空軍基地で戦闘機をしまっておく掩体で、やはり「火災検知用の閃光センサーがあるのでフラッシュ禁止」になっているとの話を読んだことがある。

このほか、火災検知装置を取り付けてある意外な場所として、脚収納室がある。ブレーキを多用したためにブレーキディスクの温度が上がり、それが火元になる可能性があるからだ。

エンジンでも客室でも貨物室でも、消火は基本的に常設の消火装置を使用するが、客室の一角には携帯式の消火器も備え付けてある。

氷結への備え

火災という「熱い話」の次は「冷たい話」。

積雪地帯で寒冷地に飛行機を駐機しておいた場合に、氷結が問題になる。地上で入り込んだ水分が、気温が低い高々度まで上昇したときに氷結する可能性も考えられる。氷結は、動翼の作動を妨げたり、主翼の形状を変化させて揚力の発生を妨げたりといった問題につながる。

そこで、氷結を取り除くための仕掛けがある。例えば、主翼前縁が氷結すると、前縁フラップが降りなくなったり、空力的な悪影響が生じたりする。そこで、温風を吹き付けて溶かしたり、ゴムブーツを膨らませて割ったりする。ただし前者の場合、加熱はいいが過熱すると具合が悪いので、温度の上がりすぎも監視しているのがややこしい。

ゴムブーツといっても長靴ではなくて、主翼の前縁をゴム製の中空部材にするものだ。その中に圧縮空気を吹き込むと、ゴムブーツが膨らんで、表面の氷を割ってくれる。主翼前縁だけ色が黒くなっている飛行機があったら、ゴムブーツが付いている可能性がある。

また、主翼後縁部のフラップや補助翼も要注意。スロット付きのフラップでは、そのスロットの部分に氷が入り込んだら、フラップがきちんと上がらなくなってしまう。

もっとも、フラップは使用するときだけ降ろすものなので、駐機中にフラップの中に氷の塊が……なんてことは起こらないと思われる。そうはいっても、フラップと主翼の境界の上に雪が積もっていたら、それがフラップを降ろしたときに入り込んでくる可能性はありそうだから、油断はならない。

こうした事情があるので、離陸前に雪を吹き飛ばしたり、雪が付着しにくくなるようにグリコール系の液体を機体表面に吹き付けたり、といった作業が行われている。雪国の空港は大変だ。

静電気を逃がす

火災や氷結は目に見えるが、目に見えないタイプの脅威もある。その1つが静電気。

大気との摩擦によって静電気が発生したり、落雷を食らったりした場面に備えて、静電気を外に逃がすための仕掛けがある。要するに細い金属の棒を突き出して、そこから静電気が空中に帰って行ってくれるように、というものだ。

「どれどれ」と思い、A350-1000の実機を取材した時の写真を見てみた。すると、主翼の端、ウィングレットや補助翼の上面に、後ろ向きの金属棒らしきものがいくつも生えている模様を撮影した写真があった。おそらく、これのことだ。

  • A350-1000の主翼端。主翼からウィングレットにかけて、後縁部の上面に細い針のようなものが並んでいるが、これがおそらく静電気を逃がすための金属棒

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。