暑さに負けじと盛り上がる、夏の音楽フェス。しかし参加者にとってつらいのは酷暑だけでなく「ネットが繋がらない・遅い」という、大規模イベントにつきものの問題です。携帯電話各社が対策に力を入れる中、音楽イベントなどへ積極的に協賛して通信強化も図っている、KDDIの取り組みを現地取材しました。

  • 「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2024」千葉・蘇我会場の入場ゲートにて撮影。メインロゴの下には「Supported by au」の文字があった

  • 会場内のフリーWi-Fiエリア。左上にみえる、四角く白い物体が「Starlink」(スターリンク)のアンテナだ

KDDIは、快適な音楽フェスをサポートする取り組み「auフェスプロジェクト」を2023年夏に実施しており、2024年夏も継続することをアナウンスしています

取り組みの内容は、大きく分けて「au特設ブースでの来場者向けサービス」と「フェス会場の通信対策」のふたつ。特に後者については、入場チケットや物販エリアでのキャッシュレス決済、同行者らとのやりとりに至るまで、あらゆる場面でスムーズな通信が行えるようキメ細かな対策が求められます。KDDIはこれまでも衛星通信の「Starlink」(スターリンク)に力を入れ、“日常と非日常”の両面からさまざまな場所へ展開。そのひとつとして、音楽フェス会場にも本格的に導入を進めています。

弊誌では前回(2023年)もさまざまな取り組みが行われていたことを、ライター・小山安博氏によるレポート記事で伝えていますが、今年はどのように進化したのでしょうか? それを確かめるべく、KDDIと主催者の協力を得て「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2024」(RIJF2024)の千葉・蘇我会場(千葉市蘇我スポーツ公園)へと取材に向かいました。

ここからは、ふたつの大型ステージの間に設営されたau特設ブースの様子と、昨年よりも強化された通信対策の内容をお伝えします。なお、RIJF2024の日程は8月3日・4日・10日~12日の5日間で、今回レポートする内容は2日目(8月4日時点)のものです。

  • JR蘇我駅から、会場をめざして歩く。人波がスゴい

  • 国道357号をまたぐ、大きな歩道橋にもズラリと参加者の列が。熱波の下で、電車とバスを乗り継いでひたちなか会場に向かった学生時代の遠い記憶がよみがえった……

  • フクダ電子アリーナまで歩くこと15分(もっとかかったような気もする)。誘導員と警官によってきっちり交通整理されていることもあり、ほとんどの参加者がきちんとマナーを守って会場に向かっていた

  • 国内最大級の音楽フェス「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」。会場で快適に過ごすための、通信対策の裏舞台に迫った
    (画像提供:ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2024)

au特設ブースでひと休み。いろいろ充電できる

まずはau特設ブースからざっと見ていきましょう。このブースは、LOTUS STAGE(ロータスステージ)とGRASS STAGE(グラスステージ)と名付けられた、巨大なふたつのメインステージの間に位置するエリアに位置しています。

ここではスマートフォンなどの無料充電サービスを提供しており、充電できるデバイス数は最大60台と相当余裕があります。また、会場で飲食するときなどにはキャッシュレス決済「au PAY」が使えますが、その設定の仕方が分からない場合は特設ブースのスタッフがサポートしてくれます。au PAYへの現金チャージもここで受け付けているそうです。

  • au特設ブースの外観

充電コーナーは鍵付きの小さなロッカーに預けるタイプ(40台)と、カウンター形式の充電スポット(20台)を用意。筆者が見た限りでは、USB Type-CケーブルとLightning端子の変換アダプター、USB mini B端子の3タイプを確認でき、たいていのデバイスであれば問題なく充電できそう。ただブース内は熱がこもりやすそうなので、スマホのバッテリー劣化を抑えるためにも、スタンドで充電しながらの操作は避けた方が無難でしょう。

ブースのスタッフによると、充電するデバイスはスマートフォンでなくても、たとえば手持ちのモバイルバッテリーなどでも問題ないとのこと。取材に訪れたときは、充電式のネッククーラーを繋いでひと休みしている来場者の姿も見受けられました。

Google AI搭載のPixelカメラでフェスの思い出作りや写真編集の体験が行えるフォトスポットもあり、ここで撮影体験をして所定の手続きをクリアした人にはクジ引きでオリジナルノベルティをプレゼント中。

4日時点で配布していたのはステッカーまたはCAMPS×au×ROCK IN JAPAN FESTIVALコラボの限定ボトルホルダーでした。特にボトルホルダーはフェス以外でも重宝しそうなので、10日以降の参加者で欲しい人は早めにチェックしておいた方がよいでしょう。

  • フォトスポットでフェスの思い出作り

  • Pixel 8aの作例。左の小さなヒマワリを、写真編集で大きく見せている

  • CAMPS×au×ROCK IN JAPAN FESTIVALコラボの限定ボトルホルダー。カラーは4色

なお、KDDIが展開する「auフェスプロジェクト」の対象となるのはRIJF2024のほかに、8月から9月にかけて開催される「SUMMER SONIC 2024 TOKYO」「SPACE SHOWER SWEET LOVE SHOWER 2024」「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2024 in HITACHINAKA」で、7月に開催済みの「FUJI ROCK FESTIVAL ‘24」も含まれています。各イベントごとに提供するサービス内容は異なりますが、無料充電サービスとフォトスポットについては全イベント共通。実施内容の詳細はau公式サイトをチェックしてみてください。

Starlink・車載型基地局の両方で通信対策を強化

ここからが本題、「フェス会場の通信対策」について。

ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2024では昨年に引き続き、会場全体に導入したStarlinkと無線LANの組み合わせによる「フリーWi-Fi」と、auの「4G/5G電波」の2軸で通信対策を行っています。

auの電波を使えるのは当然、au/UQ mobile/povoの契約ユーザーに限られますが、会場内のフリーWi-Fiは、参加者が契約している携帯キャリアを問わず誰でも使える“キャリアフリー”仕様。各所に掲示されているSSIDを探して接続すると、簡単な認証画面で規約への同意を求められ、あとはほぼ1日フリーWi-Fiに繋いで過ごせるそうです(ただし、一定のタイミングで再度認証を求められる)。

筆者も会場でフリーWi-Fiを試してみましたが、パスワードやメールアドレスを用いた認証などを求めないシンプルな接続ステップのみで、ネットにすぐアクセスできたのには少し驚かされました。

セキュリティ要件については当初色々な考えがあったようですが、「(利用者の)間口を狭めたくない」という主催者の意向もあってこのようなカタチに落ち着いたとのこと。SSIDを見つけてタップするだけで、手間なくフリーWi-Fiが使えるのはありがたいです。

  • 2024年の通信環境対策の概要

担当者の案内で実際にフェス会場の中を歩き回ってみると、そこかしこにフリーWi-Fiエリアが設けられ、Starlinkのアンテナが随所にひっそり立っているのが見えてきます。メインステージ(GRASS STAGE)にほど近い「フクダ電子アリーナ」付近には、高々とアンテナを掲げる2台の車載型基地局の姿もありました。

担当者によれば、今年は前回(RIJF2023)での結果を踏まえ、フリーWi-Fiと車載型基地局の両方でさまざまな対策を施したといいます。

フリーWi-Fiについてはこれまでも通信量が多い「飲食エリア」や「フォトスポット」などに集中整備してしっかり対策。またStarlinkのアンテナは可搬性が高く簡単に持ち運べるとのことで、突発的な混雑エリアができた場合は予備のアンテナを手持ちで運んで、すぐに対策できるのも強みだといいます。

  • 通信エリアマップ。左側の飲食エリアでStarlinkによるWi-Fiエリアを増強したことがうかがえる

2024年は飲食エリア(ハングリーフィールド)に出展する店の数が増えたこともあって、Starlinkを3台から11台に増やしてしっかりカバーしつつ、アンテナの用途も「一般参加者向け」、「決済など事業者向け」と分けることで、ネットワークの安定性を高めました。さらに1カ所にアンテナ3台を設置するなどして“相当余裕を持たせた設計”になっているとのこと。

前回は用途別に分けず共用としていたため、一般参加者の通信で混雑してしまうと、決済がスムーズにいかない問題が起きたこともあり、同様のトラブルを未然に防ぐ構成に変えたかたちです。

  • Starlinkのアンテナ3基を設置したところ。飲食店などの決済用×2系統と一般参加者向け×1系統の構成になっている。前回(2023年)は1台のアンテナですべてまかなっていたそうだが、効率を考えて3台で構成したそうだ

  • 左に見えるボックスには、それぞれルーターとPoE(Power over Ethernet)ハブが収められている。三相200V発電機から電源を供給されており、発電機には「24時間通電」との注意書きが貼り紙してあった

また、飲食エリアなどに「新狭域AP(アクセスポイント)」を新たに19台設置。このアクセスポイントはWi-Fi6(ワイファイシックス)をサポートしており、従来のWi-Fi5(ワイファイファイブ)よりもデータ利用効率を最大化して通信の低速化を防ぎつつ、容量チャネルを増やすことで高速化も実現します。

一方、車載型基地局はステージなど広範囲を安定してカバーできるようにし、データ通信時だけでなく音声通話時の品質も確保。会場内に詰めているKDDIの技術者が、刻々と変わる混雑状況をリアルタイムでチェックして対策を自動化し、対応時間を大幅に縮めているそうです。

今年の追加対策としては、混雑するイベント会場でもネットワークの容量を拡大し、ビームフォーミングも使って快適な通信環境を実現する「Massive MIMO」(マッシブ・マイモ)と呼ばれる技術を投入。飲食エリアやステージ側などで、対応するスマートフォンとの間の通信高速化を図っています。また、既存局に3.7GHz帯の周波数を追加することによって、通信容量も昨年比1.6倍に引き上げました。

今回の取材では、ROCK IN JAPAN FESTIVALの運営担当者に話を聞くこともできました。

初日を終え、2日目を迎えた時点で主催サイドに届いた「通信環境へのクレーム」は2件しかなく、担当者は「(ここまで減らせたのは)史上初。当初からの目標を達成でき、いよいよここまで来れたかという感触を持てました」と、大きな手応えを感じた様子。

RIJFでは参加者の意見を吸い上げる「一言アンケート」という仕組みを設けており、2022年は「ネットが繋がらないのでどうにかして欲しい」という声が相当数届いていたそうですが、この2年で会場の通信環境が劇的に改善したことがうかがえます。「会場で友人や家族とはぐれたらもう会えなくなる」という不幸なトラブルも減ったことでしょう。

  • iPhone 15 Pro 5台を用いたスピードテストの結果。一番右端が会場のフリーWi-Fiに繋いだもので、上り下り共に高速通信できていることがわかる。au回線も、下り速度は他社を引き離していた

RIJFの運営担当者はまた、「携帯各キャリアの移動基地局車を入れて電波状況を改善しつつ、会場のフリーWi-Fiをできるだけ活用してもらうことで膨大な通信をそこに流し、Starlinkで処理したかった。その2つが完全に噛み合いました」とも話していて、このような通信環境の改善はStarlinkなしでは実現できなかったと振り返っていました。

一般的に、携帯回線に依らないWi-Fi環境を作るのであれば固定回線(光回線)を引く必要があります。しかし数千人が同時に使うWi-Fiを仮設で、しかも短い期間限定で、光回線を使って構築するというのはあらゆる面において現実的ではありません。

Starlinkは、固定回線を使わずにWi-Fiエリアを構築するのに適しており、前述のようにアンテナを持ち運んで通信環境の改善に役立てられるというフットワークの軽さも強みといえます。RIJFの担当者は、他社サービスの動向を常にチェックしつつも、「現段階ではStarlinkを使ったWi-Fiサービスが最善の策」というところに落ち着いたと話していました。

ROCK IN JAPAN FESTIVALでは“参加者を大事にして、快適な野外フェスを実現する”ことを追求しており、現代においては「電波が繋がる」ことも大変重要なファクターといえます。運営担当者も「国内でここまで広大なエリアをWi-Fiで繋げるサービスを提供しているイベントは他にありません」と自信の程をうかがわせました。

もちろん、広大なエリアで何千人、何万人もの参加者が行き交い、通信トラフィックが大きく変動するタイミングもあり、万全の構えというわけでないことは認めています。すべての参加者のニーズを満たすにはまだまだ高いハードルがありそうですが、取材の中で運営担当者が「我々がまだ想像もできないような(サービスなどを)デジタル化するという選択肢が出てくるかもしれない。そういった新たな施策のための基盤を作っていくことをめざします」と、意欲的な姿勢を見せていたのが印象的でした。