1953年に家庭用冷蔵庫の第1号機を発売して以来、70年以上にわたって進化を続けてきたパナソニックの冷蔵庫。その製造拠点である草津工場の内部を公開する工場見学会が開催されました。

  • 工場内部

    1日2,000台の生産能力を誇るパナソニック 草津工場。ミックス生産方式をとっているため、異なる機種が続々とレーンを流れていきます

冷蔵庫の研究開発拠点はグローバルで3つだけ。そのひとつが草津工場

会の冒頭には、パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社 常務 キッチン空間事業部 事業部長の太田彰雄氏から、冷蔵庫事業についての紹介がありました。

  • 太田彰雄氏

    パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社 常務 キッチン空間事業部 事業部長の太田彰雄氏

太田氏によれば、この草津工場がメディアに公開されるのは恐らく初めてのことだそうです。同社の冷蔵庫事業は1953年に家庭用冷蔵庫の第1号機が発売されたところからスタートとなりますが、その時点では草津工場での生産は始まっておらず、草津工場での生産が開始されたのは1969年のこと。その頃の冷蔵庫は、冷凍庫が独立したタイプで、200Lクラスの容量でした。

  • パナソニック冷蔵庫事業の歩み

    パナソニック冷蔵庫事業の歩み

現在、パナソニックがもつ冷蔵庫の製造拠点はグローバルで8カ所。この8拠点で生産した冷蔵庫を34カ国で販売しています。このうち、開発の拠点を兼ねるのは3カ所で、そのひとつがこの日本の草津工場。他の2つの開発拠点は、中国とベトナムに置かれているそうです。

  • パナソニック冷蔵庫の製造拠点

    パナソニック冷蔵庫の製造拠点は8カ所。開発拠点となっているのは3カ所で、そのひとつがこの草津工場です

草津工場の操業開始は前述のとおり1969年で、今年で55年目となります。その敷地面積は東京ドーム約2個分に相当する10万平方メートル。ここに約700人の従業員が働いています。生産能力は1日2,000台で、日本国内で販売される分の生産だけでなく、海外への輸出も行っているそうです。

この工場で大事にしているのは、製品の安全や品質、ニーズに迅速に応えるミックス生産方式という「お客様への約束」、カーボンニュートラルや地域還元といった「環境/社会との繋がり」、グローバルレベルの品質・生産性や人材育成といった「進化・成長する工場」の3点。

  • 草津工場の概要

    草津工場の概要。操業開始から55年目になりますが、太田事業部長も同い年、今年で55歳だそうです

「お客様への約束」のひとつとして挙げられた「ミックス生産方式」というのは、同一仕様で一定数をまとめて生産するのではなく、需要が生じた機種を順次生産し、ラインに並ぶ1台1台で機種・仕様が異なるという生産方式。この方式をとることで、ユーザーのニーズに合致する商品をタイムラグなく生産できるわけです。生産済みの製品を随時発送できるため、出荷待ちの在庫として抱える必要がないというのも、冷蔵庫のような大きな製品では大きなメリットとなるようです。

  • ものづくりのこだわり

    今回の工場見学で紹介されたのは同社の「ものづくりのこだわり」の部分。設計/製造/審査のそれぞれの段階で十分にこだわり、製品を届けています

また、先にメディアへの公開はおそらく初めてとのコメントを紹介しましたが、地域貢献の一環として2007年から小学生の向上見学を受け入れており、のべ65,000人以上が草津工場を訪れているそうです。

現在、パナソニックの冷蔵庫は「収納庫」「保存庫」としての機能の強化・改良に加え、「調理への活用」もその機能のひとつとして開発されています。デッドスペースになりやすい最上段奥を活用する「トップユニット方式」、スムーズな開閉ができる「ワンダフルオープン」、環境負荷を低減する新ウレタン発泡剤の採用、AIカメラによる食材管理&レシピ提案といった新フィーチャーにより、社会・地球全体の「食」「食文化」を支えていくことを目指しているそうです。

  • パナソニック冷蔵庫の提供価値

    「収納庫」「保存庫」としての機能に加え、「調理庫」でもあるのがパナソニックの冷蔵庫だといいます

  • 使いやすさや空間美/実用美へのこだわり

    使いやすさや空間美/実用美へのこだわり

  • フードロス関連機能

    フードロス解消にも取り組んでいます

1台1台異なる機種を生産するミックス生産。現場の人は間違えないの?

太田氏によるプレゼンテーションのあと、実際の生産現場の見学となりました。

工場スペースの入り口には、過去のパナソニック製冷蔵庫の一部機種が展示されていました。残念ながら展示機の中に家庭用第1号機はありませんでしたが、草津工場の操業開始が創業を開始した1969年に発売となった「NR-180FF」がありました。

  • 1969年に発売となった「NR-180FF」

    この左側の「NR-180FF」が、草津工場が操業を開始した1969年に発売となった機種です。このころのブランドは「Panasonic」ではなく「NATIONAL」です

工場内で最初に見学したのは、冷蔵庫の基本部品の組み立てを行うライン。断熱材を充填済みのキャビネットに、ダクトや冷却器のような機械・風路パーツ、ガラストレイやケースのような庫内ブロックを組み付け、最後にドアを取り付けます。

  • 見学ルート

    この日の工場内見学ルート

  • 冷蔵庫の基本構成

    冷蔵庫の基本構成

  • 内箱

    この大きな箱が、真空成型された内箱。この内箱と外箱の間に断熱材が充填されます

  • 庫内に取り付けるパーツ

    庫内に取り付けるパーツ。ガラストレイやケースは、1台の冷蔵庫に複数を取り付けることになります

今回の見学ルートでは断熱材を充填するところを見ることはできなかったのですが、冷蔵庫の庫内温度管理のひとつのポイントになるだけに気になるところ。工場側でもそれを理解してか、ガラス容器内で断熱材を発泡させるデモを行い、目の前で液体から泡が出てふくらみ、ほどなく固まるところを見せてくれました。このデモではシンプルに発泡して膨張し、固まるだけでしたが、実際の充填にあたっては外箱と内箱の間の空間に隅々まで均等に重点する必要があります。そのためには、発泡をコントロールするための温度管理、泡を誘導するための空気の吸引、正確な寸法で発泡させるための治具といったさまざまな技術があるそうです。

  • ウレタンの充填スペースの進化

    断熱材であるウレタンの充填スペースは新しい機種ほど狭くなっています。狭いスペースのほうが、隅々まで均等に充填するのは難しくなります

  • ウレタンを正確に充填するための技術・治具

    ウレタンを正確に充填するための技術・治具

  • ウレタン発泡デモ1
  • ウレタン発泡デモ2
  • ウレタンを発泡させるデモ。まず二種類の液体を混ぜ合わせます。よく混ぜ合わせると、細かい泡が出てどんどん膨らんでいきます

  • ウレタン発泡デモ3
  • ウレタン発泡デモ4
  • 1分くらいたったところで表面を触ってみると、ほんのり温かく、スポンジ状に固まっています。このデモは蓋のないガラス器で行ったので表面が盛り上がっておしまいですが、製品の製造工程では密閉されたスペースで隅々まで過不足なく充填しなくてはなりません

次に案内されたのは、コンプレッサーと配管のつなぎ目のロウ付けが確実に行われているかをチェックする工程。ロウ付けがしっかり行われていないとガスが漏れてしまうため、とても重要な工程だそうです。そのため、この作業を担当するのは社内の認定試験に合格した有資格者のみ。ガス漏れが発生したときにガスが滞留することのないよう、作業スペースは1メートルほど高い位置に設けられていました。ガスの漏出があった場合は、ただちに光と音で警告が発せられるそうです。この検査は全数検査が行われています。

  • ロウ付け工程。この工程自体を見ることはできませんでした

  • ロウ付けチェックの作業エリア

    工場床面から、1メートルほど高い位置に設けられたロウ付けのチェックの作業エリア。高い位置にあるのは万が一ガスが漏出した際に滞留しないように

庫内のガラストレーやケースの取り付け工程を横目に見ながら、次の作業場に移動します。庫内のパーツは、高い位置のものから順番に取り付けていくのだそうです。1台1台違う機種なのでどのパーツを取り付ければよいのか迷ってしまいそうですが、いくつも並んでいるパーツのうち、次の製品に取り付けるべきもののランプを光らせるなどして、すぐにわかるようにしています。

  • 取り付け工程

    取り付け工程

次に見学したのはドアの取り付け工程。とくにビス締め工程は、ドアが開閉時に外れてしまっては危険なため、重要です。ここではビス本数不足や締め付け強度不足、斜め締め付けなどを検出できる特殊なドライバーを使って作業を行い、NG判定となった場合はラインが自動停止するようになっているそうです。

  • ドアの取り付け工程

    ドアの取り付け工程。ラインを流れてくるキャビネットに、別の場所で組み立てたドアを取り付けていきます。取り付けるドアも1台ごとに違います

  • ドアのビス締め工程

    ドアのビス締め工程では、特殊な工具を使ってNGを検出するそうです

続いては組み立て後の製品の最終チェックする工程を見学しました。ドアや庫内の傷、開閉のスムーズさの確認など、機械ではチェックが難しいものを人間の眼でチェックしています。

  • 最終チェックは人間が目視で行います

    最終チェックは人間が目視で行います

真夏や真夏の室内を試験室で再現してテスト。ドアにはガラス瓶をぶつける!

ここまでは実際の製品生産ラインの見学でしたが、このあとは開発時の試験などを行うエリアを見ることができました。見学できたのは高温/冷温下での冷却性能の試験、ガラスドアの強度試験、ドア開閉の耐久試験の3つです。

高温/冷温下での冷却性能の試験は、温度を管理できる試験室内に冷蔵庫を設置して行います。高温の試験室では、室温が高くても冷却性能に問題がないかを確認します。逆に低温の試験室では、霜付きなどを確認します。これらの試験は通常、設計~量産前の段階で行うことが多いのだそうです。

  • 高温試験室のドア

    ドア左の表示を見ると、温度が35.0度、湿度が83%となっており、この試験室は真夏を想定した環境になっています。右の窓から内部に冷蔵庫があるのが見えるでしょうか

  • 高温試験室内の冷蔵庫

    試験室内の冷蔵庫にはビールやアイスクリームが入っており、この室温でも問題なく冷却できているかを確認しています。写真が霞んでいるのは湿度も高いせい

  • 低温の試験室の設定

    低温の試験室の室温は5.2度。寒冷地の真冬の室内といった感じでしょうか

  • 低温の試験室内

    低温の試験室内。こちらは冷却性能を確認するわけではないため、冷蔵庫内は空っぽだそうです

次はガラスドアの強度試験。ここでは、ガラス瓶をガラスドアにぶつけ、傷などが生じないことを確認します。ガラス瓶をぶつけるのは、それがいちばんハードだからだそう。金属製の鍋などはあるていど変形して衝撃を吸収するため、ぶつかってもドアは割れにくいのだとか。この強度試験を行うのも、基本的には設計のタイミングになります。

  • ガラスドア強度試験1

    ガラス瓶を持ち上げて

  • ガラスドア強度試験2

    ドアにぶつけます。ぶつかったところをよく見てみましたが、確かに傷などはありませんでした

ちなみに、冷蔵庫のドアは一時期ガラスドアが主流になりましたが、現在は鋼板への揺り戻しがきているそうです。ガラスドアが主流になったのは主に意匠面が評価されてのことだったようですが、曲げ加工の技術の進歩により、鋼板でも精度の高い加工が可能になったのがその理由のひとつだと話していました。

最後は開閉の耐久試験を見学しました。この試験は、パッキンがいたみやすい条件ということで、低音の部屋で行います。実際に機械がドア/コンテナの開け閉めを繰り返していましたが、問題が起こることはほとんどないそうです。

  • ドア開閉の耐久試験

    機械がドアの開閉を繰り返しています。ドアポケットには重量物を入れ、実際の利用環境に近い条件にしています

厳しい事業環境の中、パナソニックの家電事業はものづくりで成長する

この見学会が開催されたのは5月下旬。前月にパナソニックが再生家電の取り扱い強化を発表しており、また数日前にはパナソニック ホールディングスの楠見雄規グループCEOがグループび経営状況について「危機的状況と認識している」と語り、冷蔵庫を含むくらしアプライアンスについても一部事業でのコスト力の改革の遅れを指摘するなど厳しい見方をしめしたばかりでした。

そのためもあってか、見学後の質疑応答では、草津工場についてというよりもパナソニックのものづくり/家電事業全体についての質問も多く出ました。冷蔵庫の国内市場については、現在は2009~2010年に実施された家電エコポイント制度のタイミングで購入されたものが買い替えタイミングを迎えており、好調にあるそうです。今年の夏は、「真ん中野菜」に加えて「真ん中冷凍庫」のバリエーションも展開しており、それで商戦に挑むといった感じのようです。

中長期的な展望としては、生産の国内回帰という話があるものの、国内/海外ともに伸ばしていきたいと語っていました。現在は輸出が2割ほどだそうで、この割合も高めていきたいといいます。冒頭の太田氏の話では2030年度で2023年度の1.5倍の事業規模が目標と語られていましたが、国内ではシェアをさらに拡大してダントツのナンバーワンを目指し、海外についてはインド/インドネシア/ブラジルなどの成長市場での伸びを見込んでいるそうです。海外で生産したものを日本に輸入することは考えていないとのこと。

また、2022年から取り組んでいる指定価格制度を取り入れた新販売スキームについては、2023年度の金額ベースで35%に達しており、当初抵抗があったものの現在はスムーズに導入が進んでいると話していました。

楠見グループCEOの言うように事業としては必ずしも楽観できない面もありますが、草津工場でも生産性の向上への取り組みを続けています。「2年以内に世界トップクラスの生産効率を実現する」との言葉もあり、今後の発展に期待したいところです。