カシオ計算機について、同社代表取締役社長の増田裕一氏へのインタビュー企画。今回はその後編。カシオを代表する時計ブランド「G-SHOCK」の今後について、お話を伺う。
G-SHOCKは世界観やブランド力を拡げていく
G-SHOCKの核心は「本物であること」――、増田氏は言う。
増田氏「1983年の登場から、耐衝撃や防水性能、素材や表現の技術、時刻表示の精度を磨きながら40年という歴史を刻んできた本物であること。それを伝えていくことは、G-SHOCKというブランドにとって非常に大切なことです。
あのラギッドなデザインも、耐衝撃という本質的な意味があるから、みなさんに受け入れていただける。これが単に“カッコいいから”という表面的なものだったら、立体商標も認めてもらえなかったかもしれません」
立体商標とは、立体的な形状が商品やサービスに関する識別能力を持つ場合に該当する。G-SHOCKの初代モデル「DW-5000C」のスクエアボディも2023年に登録。ロゴや文字のない、腕時計の形状自体が立体商標登録されたのは初の事例だった。
増田氏「我々はそこにこだわってきて、あの形状とサイズの中に進化要素を入れるための技術も数多く開発してきました。こういうところをきちんと訴えることで、共感していただけるお客さまがいらっしゃるというのはうれしいですね。だからそこは、今後もしっかりとやっていきます」
G-SHOCKはメタルモデルのラインナップを強化
現在、G-SHOCKの価格は1万円台の樹脂モデルから上は50万円、60万円以上のMR-Gまでと幅広い。ちなみに、かつて発売された中には、なんと770万円(税別)のモデルもあった。これはG-SHOCK 35周年(2019年)を記念して発売された金無垢の「G-D5000-9JR」。わずか35本のみの超限定モデルだった。そして2023年には、G-SHOCKの40周年記念としてチャリティーオークションに出品した金無垢「G-D001」(世界限定1本)が、$400,050(USD)にて落札。収益金は環境団体に寄付される。
「ひとつのブランドでありながら、この商品展開の幅広さは珍しいですね」と、増田氏はよく言われるそうだ。
増田氏「これは初号機のDW-5000C、いわゆる“オリジン”がブランドの中心に存在するということでもあるんですね。そこから外装をメタルにしたり、駆動をタフソーラーにしたり、電波やBluetoothで時刻を正確にしたり、心拍計や各種センサーを搭載したりと、私たちはG-SHOCKをさまざまな方向に進化させてきました」
増田氏「中でも、特にメタルモデルですね。これが近ごろ大きく伸びてきて、ほかのモデルにも波及しています。オリジンのメタルモデル化で得られた知見(編注:設計研磨やメタル用の耐衝撃構造や受信対策など)も含め、別のモデルにも応用できる。このように、性能を維持、あるいは向上させながら樹脂モデルをメタル素材に置き変えることで、新たな時計の表現や価値を生み出せるのはG-SHOCKの強みです」
ここで「樹脂モデルがなくなるわけではありません」と前置きしつつ、「メタルモデルのラインナップを充実させることで、G-SHOCKのブランド力を向上させていく」と、増田氏は語る。TVCMも作られた「Polychromatic Accents」をはじめ、G-SHOCKのフルメタルモデルあるいはメタルカバードモデルのリリースは確かに加速しており、カシオの意気込みを感じる。
挑戦とタフネスは既存の時計ファン層を超えて
増田氏「G-SHOCKについては、ブランドのパーソナリティをより強化する方針です。以前から展開しているファッションやアウトドアアイテムなどに加え、時計ファン層以外にもG-SHOCKブランドの哲学や世界観を広めていきます」
増田氏「すでにスタートした“VIRTUAL G-SHOCK”やメタバースの体験コンテンツ“G-SHOCK THE RIDE”も、その展開の一部。感度の高いWeb 3.0ユーザーに向けて、G-SHOCKの認知度を高め、G-SHOCKの先進性や高度な技術イメージ、文化を世界に向けて発信していきます」
この話を始めて耳にしたときは、あまりに急な、かつ意外な展開だと感じた。が、このように順を追って話を聞けば腑(ふ)に落ちる。
増田氏「人の期待とはちょっと外して楽しいものにしてみたり、予定していたことに対してもうひとつ上を行ってみたりと、そんな風土がカシオにはあるんです。それはいろいろな開発をしてきた中で自然に醸成された風土で、G-SHOCKの発想が生まれたといっていい。それを今後も大切にしながら、より多くのお客さまにワクワクドキドキしていただける、新しい価値軸を提供していきたいですね」
生誕45周年に向けたG-SHOCKと、カシオ計算機。何が飛び出すかわからないその動きに、これからも注目せずにいられない!
……と締めておいて何ですが、最後にひとつだけ。マイナビニュース +Digitalの林編集長から「増田社長は日本刀がお好きとのことで、その話を聞いて来て」と言われておりまして。
増田氏「じゃあ少しだけ(笑)。私が日本刀を好きな理由は、一言でいえば“武器としての強さと、芸術品としての美しさを兼ね備えている”ところ。刀身の反りや鍛え方、構造がしっかりしているからこそ、あのすさまじい切れ味を生み出せる。そこに刀身の波紋や刃の輝きという美しさが生じる。“性能と機能、そこから導かれた美意識の共存”が好きなんです。
特にこの美意識、人の感性に訴える部分は、これからもっと大切になってくると思います。
デジタル化が進むといろいろなものが簡易化、効率化されて、みんな飽きてきちゃうわけですよね。やっぱりそこに感性、つまり心に訴えるものにすることが大事だと思うんです。先ほど、G-SHOCKにメタル外装のラインを増やすと言いましたが、それらもまた、樹脂より強度の高いメタル素材を使ってタフネス性能を高めると同時に、金属ゆえのエッジのシャープさや研磨の美しさが、人間の感性に訴えるんですよね。
最初はただ“切る”ことが目的だったけれど、それが美意識を伴って”刀は武士の魂”とまで言われた。そして武器という本来の価値を失った現代でも、美術品として高く評価されている。それは真に高い性能を持つ本物だから。と、そんなドラマ性も好きなんですよ(笑)」