生誕40周年のアニバーサリーイヤーとして、大いに盛り上がったG-SHOCKの2023年。2024年には時計事業の50周年を控えるカシオ計算機は、今後どのように事業を展開していくのだろうか。長く時計事業部長として同社をけん引し、現在は代表取締役社長を務める増田裕一氏へのインタビューを2回にわたってお届けする。今回はその前編。カシオ計算機をテーマにお話を伺った。

  • カシオ計算機株式会社 社長 CEO 兼 CHRO 増田裕一氏

バラエティ豊かな製品群を持つカシオ

時計、教育(関数電卓や電子辞書)、楽器――。どれもカシオ計算機株式会社(以下、カシオ)が得意とするコンシューマ向けのコア事業だ。これらに加え、BtoB事業としてハンディターミナル、電子レジスター、経営支援システム、データプロジェクター、医療カメラ、成形部品などの製品も手がけている。

ちなみに、かつては携帯電話「G'z ONE」シリーズやデジタルカメラ「EXILIM」、そして筆者が若いころにはMSXパソコン「PV-7」、ポケットコンピュータ「PB-100」などもまた、カシオを代表する人気プロダクツだった。

  • かつてカシオが発売していたMSXパソコン「PV-7」

その手広さ、バラエティ豊かな製品ラインナップもまたカシオという企業の魅力といえるだろう。そこには、発明家であった創業者、故・樫尾俊雄氏のパーソナリティとDNAを感じることができる。

「そう感じていただけるのはありがたいのですが、そこには弱点もあるのです」と、増田氏は言う。

増田氏「ひとつは、各事業の内容が離れていて、シナジー効果が生まれにくいこと。たとえば、私たちは樹脂の成型技術や金型技術を持っていますが、時計と楽器では成型技術がまったく違うので、応用や統合化が難しい。これはマーケティングなどの面でもいえることです。

ただ、最近は時代のニーズから耐衝撃性を持つバイオマスプラスチックなど、成形材を環境問題という視点から共通化できるようになってきたりと、そういった効果は出てきています」

  • アウトドアウォッチPRO TREKで採用されたバイオマスプラスチックの素材

増田氏「もうひとつは、当社のコア事業は市場が成熟していること。時計にしろ教育にしろ楽器にしろ、市場はどれも昔からあるもので、いわゆる成長事業ではありません。これは投資家やアナリストからどう見えるだろうか、この現状に対してどうアプローチしていけばいいかと、それは常に考えています」

新しい価値軸を作り、育て、そこでトップになる

「成熟した市場の中にも成長要素はある」と、増田氏は言う。

増田氏「ビジネスで大切なのは、何を軸に勝負するかだと思うんですよ。既存の軸で一番になれないなら新しい軸を作って、そこで一番になればいい。

わかりやすい例としては、ビールです。ビールにはアルコールが含まれていることが当たり前でした。この当たり前をひっくり返したのがノンアルコールビール。この新しい軸が長い時間を経て育ってきて、今ではスーパーだけでなく飲食店でも普通に置かれるようになった。ビールという典型的な成熟市場に、新しい価値軸を作ったんですね」

それはG-SHOCKもまさに同様だ。時刻を知るための精密機器、すなわち壊れやすいのは当たり前の時計という成熟市場に、耐衝撃性能やユニークなフォルムという新しい価値軸を持ち込むことで、高度な実用性とともに自分を表現するオンリーワンの時計となった。

増田氏「アコースティックな楽器の市場に新たなカテゴリーを生み出した“電子楽器”も、紙の辞書を電子化した“電子辞書”も同じです。かつてはピアノやオルガンといえば、お子さんの習い事でした。しかしコロナ以降は大人の方々、特にシニア層の趣味としても需要が増えています」

子どもの教育という軸がメインだった市場の中に、大人の趣味や生涯学習としての新しい軸が生まれているというのだ。そこでシェアを獲得できれば、他社との差別化にもなる。

増田氏「そうなるとマーケティングが変わってきます。今まで壁に背を向けてドンと置いてあった黒くて大きなピアノを、軽くて持ち運びができ、ほかの楽器も交えて演奏や歌を楽しんだりできるように変えて行く必要が生まれます。本体の色も部屋に馴染む白や木目調、赤や黄色などのラインナップを増やそうとか、商品のデザインが変わってくるんです。それが新しい価値軸をよりわかりやすく伝え、市場を育てて行くといった好循環を生むのです」

  • 生活様式の変化から生まれたPrivia「PX-S7000」

コミュニケーション活動で多くの共感とファンを生む

増田氏「電子ピアノのPrivia(プリビア)やキーボードのCasiotone(カシオトーン)のスリムモデルは、こうした販売戦略のもとに生まれたもので、よく売れています。現在は次の展開として、アッパーグレードの展開を始めています」

このような戦略について、あまり多くを語らない企業も少なくない中、むしろ積極的に発していくのも増田流だ。

増田氏「営業、販売、流通、そういった面をできる限り公開していくことが大切だと思っています。こんな目標や戦略のもと、そこに向かって進むんだと、従業員やユーザーのみなさん、取引先の方々にお伝えして、みんなで同じ方向を見てやって行きたい。新しいこと、面白いことをするには、より多くの方々とコミュニケーションを取って、共感していただくことが不可欠ですから」

思えば、G-SHOCKの成功がそうだった。カシオはプロモーションイベント「SHOCK THE WORLD」や、生みの親である伊部菊雄氏のトークショー、そのほかストリートカルチャー、スポーツへの協賛などを世界規模で行い、G-SHOCKのメッセージ発信に務めてきた。

  • 2023年9月、Zepp DiverCity TOKYOで開催されたG-SHOCK40周年記念イベント「SHOCK THE WORLD LIVE 2023」

こうしたコミュニケーション活動が多くの共感とファンを生み、アスリートやアーティストも巻き込みながら、既存の時計ブランドの域を超えたG-SHOCKならではの世界観と価値軸が確立していったのだ。

後編では、そのG-SHOCKについて聞く。(後編に続く)