チャンドラヤーン3
こうした経緯から、チャンドラヤーン3は基本的にチャンドラヤーン2をもとに開発された。探査機の見た目もよく似ている。
ただ、チャンドラヤーン2はオービターの軌道投入や運用には成功し、着陸機のみが失敗したこと、そして将来の探査のために月面に着陸したり走行したりする技術を、一日でも早く確立する必要があることから、チャンドラヤーン3の目的は次の3つに絞られた。
- 着陸機を月面に安全に軟着陸させること
- 月面での探査車の走行能力を確認、実証すること
- 月の組成をより深く理解するために、月面で入手可能な物質の現地での調査、分析の実施
すべてを合わせた打ち上げ時の質量は3900kgで、「推進モジュール」と「着陸機」、そして着陸機に搭載された「探査車」から構成されている。
推進モジュールは、チャンドラヤーン2から最も大きく変わった部分で、オービターの代わりとして、ロケットによる打ち上げ後、地球を回る軌道から月を南北に回る高度100kmの極軌道への移動や、その間の地球との通信を担う。
チャンドラヤーン2のオービターは、現在も月の周回軌道上で順調に運用されており、探査活動を続けているほか、チャンドラヤーン3と地球との通信の、バックアップも担うことにもなっている。つまり、チャンドラヤーン3であらためてオービターを打ち上げる必要がなく、純粋に軌道変更や通信のみに特化した、言葉を変えれば簡素化した推進モジュールが開発された。
ただ、推進モジュールには「SHAPE(Spectro-polarimetry of Habitable Planet Earth)」いう科学機器も搭載されており、若干は科学衛星としての役割も担っている。SHAPEは月の軌道から地球のスペクトルと偏光を観測し、データの収集や研究を行うことで、将来的に居住可能な太陽系外惑星の検出や観測に活かすことを目的としている。
一方、着陸機と探査車については、前回の失敗を踏まえた改良が施された以外は、ほぼ同じ設計でつくられている。
着陸機の質量は1726 kgで、高度計や加速度計などのセンサー、推力を可変できるスラスター(小型ロケットエンジン)を装備する。チャンドラヤーン2からの変更点としては、着陸のための燃料が増加し、またスラスターが5基から4基に減っている。
また、科学機器として、次の4つを装備している。
- RAMBHA(Radio Anatomy of Moon Bound Hypersensitive ionosphere and Atmosphere):月の表面近くのプラズマ(イオンと電子)の密度とその時間変化を測定する
- ChaSTE(Chandra’s Surface Thermophysical Experiment):月の極域の地表の熱特性を測定する
- ILSA(Instrument for Lunar Seismic Activity):月の地震(月震)を測定する
- LRA(Laser Retroreflector Array):レーザー光を反射する反射器で、月との距離を測定する
探査車はプラギヤンと同じで、質量は26kg。着陸機に搭載されて月面に降りる。太陽電池を電力源とし、6輪の車輪で走行して探査を行う。最高で秒速1cmで走行でき、走行可能距離は最大500mと見積もられている。車輪の後輪にはISROのロゴが掘られており、走行することで月のレゴリスにロゴが刻み込まれていくという、ちょっとした遊び心も入っている。
探査車には2つの科学機器が搭載されている。
- LIBS(LASER Induced Breakdown Spectroscope):月表面の理解を深めるため、月面の元素と化学組成について定性的および定量的な分析を行い、鉱物学的組成についての詳しいデータを集める
- APXS(Alpha Particle X-ray Spectrometer):着陸地点周辺の月の土壌と岩石の元素組成(主にMg、Al、Si、K、Ca、Ti、Fe)の詳しいデータを集める
着陸機、探査車ともに、月の夜を越える能力はなく、運用期間は月の日が沈むまでの約14日間が想定されている。
また、チャンドラヤーン2では着陸機にヴィクラム、探査車にプラギヤンという愛称が与えられたが、チャンドラヤーン3では現時点では愛称はなく、ISROは単にランダー(Lander、着陸機)、ローバー(Rover、探査車)と呼んでいる。
チャンドラヤーン3は日本時間7月14日18時05分(インド標準時同日14時35分)、インド最大のロケットである「LVM3」に搭載され、インド南東部沿岸にあるサティッシュ・ダワン宇宙センターの第2発射台から離昇した。
ロケットは順調に飛行し、離昇から約16分後に、ロケットからチャンドラヤーン3が分離された。
月探査機の打ち上げでは、ロケットで直接月へ向かう軌道に投入することもあるが、チャンドラヤーン3はまず、地球を回る軌道に入り、自身のスラスターを5回に分けて噴射することで高度を徐々に上げていき、6回目の噴射で月へ向かう軌道に入るという飛行経路を取る。
現時点で、月周回軌道への投入は8月5日に、そして着陸機の着陸日は8月25日に予定されている。
着陸地点は、月の南極付近、南緯69.37度、東経32.35度にある「マンジヌスU (Manzinus U)」クレーターの、4km×2.4kmの範囲内が予定されている。
日本も狙う月面着陸、世界中で月探査が活発に
チャンドラヤーン3の着陸が成功すれば、インドにとっては初の月面着陸成功となり、また世界でも、ソビエト連邦(ロシア)、米国、中国に続いて、4番目となる。
月探査をめぐっては、米国航空宇宙局(NASA)が主導し、日本や欧州、カナダが参加する国際有人月探査計画「アルテミス」が進んでいる。実現すればアポロ計画以来、約半世紀ぶりに人類が月に降り立つことになる。また、月に行って帰ってくるだけだったアポロ計画とは異なり、アルテミス計画では月周回軌道上に宇宙ステーション「ゲートウェイ」を建設し、水(氷)があるとされる月の南極を拠点に、何回も繰り返し、継続的に探査し続けることを目指している。さらに、月を足がかりにして、2030年代には有人火星探査を行うことも検討されている。
インドはアルテミス計画には参加していないものの、平和目的での活動の実施、透明性の確保、緊急時の相互援助、科学データの公開や共有、スペース・デブリ(宇宙ごみ)への対処など、宇宙探査・利用に関する国際ルールである「アルミテス協定(アルテミス合意)」には署名している。これに参加したことで、米国主導の宇宙活動における規範を遵守する姿勢を示したことになり、また将来的なアルテミス計画への参加にも含みをもたせた。
こうした中、日本も独自に月面着陸の技術の確立を目指して、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が「小型月着陸実証機(SLIM)」を開発した。打ち上げは8月26日の予定で、今年末から来年はじめごろに月面着陸に挑むことになっている。
インドと日本はまた、共同で「月極域探査ミッション(LUPEX)」を進めており、早ければ2025年にも、月の南極に大型の着陸機と探査車を着陸させ、水(氷)の埋蔵量を探索することを計画している。今回のチャンドラヤーン3、そしてSLIMが成功するかどうかは、LUPEXの、そしてアルテミス計画の実現、成功のための重要な鍵となっている。
また、日本の「ispace」を始めとする各国の民間企業も、アルテミス計画で科学探査や物資の輸送などを担う着陸機や探査車の開発を進めている。
一方、中国は2013年に、「嫦娥三号」で月面着陸に成功し、「玉兎号」という探査車を走行させ、探査することにも成功した。2019年には月の裏側に「嫦娥四号」を着陸させ、探査車「玉兎二号」による探査も行い、現在も運用が続けられている。また、2030年ごろをめどに、有人月探査を行う構想も明らかにしているなど、米国主導のアルテミス計画に対抗するかのように月探査に力を入れている。
またロシアは、8月11日にも無人探査機「ルナー25」の打ち上げを計画しており、8月16日、17日ごろに月面に着陸する予定となっている。ロシアはまた、中国の有人月探査計画に協力することも表明している。
アルテミス計画を筆頭に、チャンドラヤーン3による月面着陸の再挑戦、それに続くロシアや日本、そして民間企業の挑戦と、月をめぐる各国の動きが激しさを増している。競争と協力のどちらもが活発になることは、人類全体にとっての宇宙開発が進むという良い面がある一方で、地上での対立が宇宙に持ち込まれたり、逆に宇宙での対立が地上での対立を増長させたりするという負の側面もはらんでいる。
そこで思い出したいのは、いまから約半世紀前の1972年、アポロ計画最後のミッションとなった「アポロ17」の船長ユージン・サーナン宇宙飛行士が、月を去る際に残した次の言葉である。
「人類として、月に最後の足跡を残して、我が家である地球に帰ります。ですが、必ずまた戻ってきます。それは決して遠くない未来のことでしょう。(中略)すべての人類のための平和と希望とともに、私たちは必ず戻ってきます」。
参考文献
・Chandrayaan-3 Details
・LVM3M4Chandrayaan3brochure
・Chandrayaan-3
・NASA - NSSDCA - Spacecraft - Details
・JAXA 国際宇宙探査センター