映画館やBlu-ray/DVDソフトのパッケージで見かける「DTS」のロゴ。主に映画で使われるサラウンド音声の記録方式として有名ですが、DTSを初採用した映画『ジュラシック・パーク』が1993年に公開されてから、今年で30周年を迎えたことはご存じでしょうか。
DTSの歴史と現在、今後について、オーディオ・ビジュアル評論家の麻倉怜士氏が1時間語り尽くす講演が、過日行われた「OTOTEN2023」のdts Japanブースにおいて開催されました。立ち見が出るほど盛況だったイベント(6月25日回)の模様をお伝えします。
DTSとはなにか
「映画は好きだけど、音声のことは詳しくない……」という方のために、「DTSとはなんぞや」をざっくりまとめると、左右2チャンネル(ch)のステレオ音声よりも多くのチャンネルで、立体的なサラウンド(音響効果)を実現する音声フォーマットのことを指します。
かつて1990年代の映画の音声については、フィルムに直接デジタル音声信号を書き込む方式が提案されていましたが、そのやり方だと読み取りエラーが多くなり、安定性に欠けるという懸念もありました。そこで、DTS(Digital Theater Systems)を1990年に設立したTerry Beard氏が提案したのが、「フィルムに同期信号を記録し、それに合わせてCD-ROMに収録した音声を再生する」というもの。これがDTSフォーマットの始まりです。
その試作システムがスティーヴン・スピルバーグ監督の目(耳)に留まり、“最初の音を聴くなり”『ジュラシック・パーク』に採用決定。DTSのサウンドが評価されたこともあり、以後さまざまな映画で使われるようになった……というわけです。なお、やや技術的な説明になりますが、劇場用のDTS信号を収録したCD-ROMの転送レートは約1.5Mbpsで、これは音楽CDの2ch信号とほぼ同じ。当然5.1ch音声はそれよりも情報量が多いわけですが、このレートに収まるよう圧縮して記録していたそうです。
麻倉氏はDTSフォーマットの黎明期から現在に至るまでの進化を追い続けてきており、DTSが初めて登場した1990年代、オーディオ・ビジュアル専門誌に寄せた“DTSの魅力”についてのコメントを改めて披露。「DTSの音は太ッとい。肉厚な音で、音の粒自体がリッチで重層的」、「セリフが太い。まるでスクリーンの人物の喉の奥から声が発せられるよう」と綴っており、シネマサウンドが飛躍的な向上を遂げ、映画の臨場感がそれまで以上に高まったことを伺わせます。ご本人は「結構若かったこともあって、興奮して書いている感じが分かりますね(笑)」と、やや気恥ずかしそうにしていました。
DTSの技術はその後、ホームシアター用の代表的なフォーマットとしても進化を遂げます。臨場感アップに寄与するチャンネル数の増加や、音質向上に欠かせないサンプリング周波数/量子化ビットの拡張などが行われ、後のDVDビデオやBlu-rayソフトにも採用されるようになりました。
AV機器でおなじみのソニーは、DTSについて「DTSは(ドルビーデジタル方式よりも)圧縮率が低いのが特長で、デコード(アナログ音声に戻す処理)のとき、元になる情報量が多く高音質なサウンドが楽しめる」と説明しています。なお、ドルビーデジタルとDTSの関係ですが、前者はDVDビデオの標準サラウンド音声フォーマット(すべてのDVDソフトが対応するもの)であり、DTSはオプションフォーマットという位置づけがなされていました。
『アポロ13』LD盤×最新AV機器で聴く、“太ッとい音”の衝撃
今回のイベントでもっとも興味深かったのが、「レーザーディスク(LD)の音と映像を、最新のAV機器で体感するデモ」。
会場にはかつてパイオニアが手がけたLDプレーヤー「HLD-X0」が稼働可能な状態で用意され、その光デジタル出力をマランツの13.2ch AVアンプ「AV8805」+パワーアンプ「MM8807」に入力。KEF Japanの協力のもと用意された、Hi-Fiスピーカー「Rシリーズ」(フロント「R11 Meta」、センター「R6 Meta」、リア「R7 Meta」、サブウーファー「KF92」)を組み合わせた仮設サラウンドシステムで、改めてLDのDTS Digital Surround 5.1chサウンドを体感しようというのです。テレビは、ソニーの83型4K有機EL「BRAVIA XR」(XRJ-83A90J)。最新AV機器を駆使したリッチな環境でLDの映像/音楽を体験するという、非常に貴重な機会でした。
試聴に使われたLDは、麻倉氏が持ってきた『アポロ13』(1995年劇場公開)。1970年に起きた実話をもとにした有名な作品で、宇宙船“アポロ13号”の致命的な爆発事故から乗組員3名をどうやって地球まで無事帰還させるか、手に汗握る救助作戦が描かれます。今回はその冒頭、アポロ13号を月周回軌道に乗せるためのサターンVロケットの打ち上げシーンを、来場者とともに試聴しました。
映像はLDなので、現在流通している4K+DTS:Xリマスター盤の同作と比べてしまうと、やはり解像感や品位に若干の古さを感じてしまうのは否めないところ。でもそれを補って有り余るド迫力サウンドと重厚なオーケストラ劇伴が、見る者の心を強く惹き付けます。取材参加ということでベストポジションからは当然離れてしまっているのですが、短いデモタイムでもDTSの“肉厚でリッチ、サウンドエフェクトの再現性の良さ”がしっかり伝わります。「きちんとしたサラウンドシステムを組めば、20年以上前のLDでもこんな映画体験ができるのか!」と新鮮な驚きさえ感じました。
LDは1981~2000年代に、DTSを収録したパッケージメディアとして広く流通していたといいます。CDやDVDよりもはるかに大きい、直径30cmの円盤の両面に映像/音声を収めており、音声規格としてはリニアPCMデジタル音声とアナログ音声を収録可能。2chのリニアPCM音声とDTS 5.1ch圧縮音声(転送レートはいずれも約1.5Mbps)が入るので、デジタル音声領域にDTS音声を記録し、高品質なディスクリートサラウンドを家庭で楽しめるようにした「DTS LD」が販売されていました。
もっとも、これを書いている筆者は当時まだ子どもだったこともあり、LDの現物を見かける機会はほとんどありませんでした。音楽の授業で学校の視聴覚室を使ったときに、何かのオーケストラの演奏を見せられたことが記憶に残っているくらいです(多分「クラシックとはこういうものだよ」的な内容でした)。後に、私が手遅れなオタクと化したとき、『新世紀エヴァンゲリオン』のLD BOXが過去にリリースされていたことを知って驚愕したのも、今となっては懐かしい思い出。DVDじゃなくてLD!? みたいな。
Blu-ray/DVDへと広がるDTS
DTSのホームシアターへの展開は続きます。1996年に登場したDVDビデオ(12cmディスク)には、MPEG-2で圧縮した映像とデジタル音声(リニアPCM、またはドルビーデジタル)が採用され、より手軽な家庭用パッケージメディアとして人気を集めました(あまりにも親しまれすぎたせいか、その後登場したBlu-rayディスクを指して「DVD」と呼ぶ人を見かけたことさえある)。
DVDの試聴デモで麻倉氏が用意したのは、オーディオの試聴音源として定番となっているイーグルス「HELL FREEZES OVER」より「ホテルカリフォルニア」(DTS Digital Surround 5.1ch)。これ以降は、再生機としてパナソニックの最上位Blu-rayレコーダー「DMR-ZR1」が使われていて、麻倉氏は「KEFのスピーカーの再現力の高さのおかげでもあるけれど、もともとすごくたくさんの情報が(試聴したDVDに)入っていて、土台がガチッとしっかりしているけれどもまろやかな音がする」と評しました。
2006年登場のBlu-ray(BD)ではさらに、元の情報量に戻せない非可逆の圧縮方式ではなく、ロスレス(可逆圧縮)フォーマットのDTS HD Master Audioが多くの作品で採用されていくことになります。試聴デモで使われたのは、『ジュラシックパーク』と『モーツァルト バイオリンコンチェルト ニ長調 アレグロ by Trondheim Solistene』。
麻倉氏は「空気を震わせる推進力がすごい。音が出た瞬間に、次元が違う高音質さがハッキリ分かる」と、2006年当時のコメントを引き合いに出しながら、“体積”にたとえる独特の表現で「音の体積が大幅に増え、特に音の天井がはるかに高くなった感じ。ヌケがひじょうに良くなった」と語りました。従来の非可逆圧縮なサウンドでは伝えきれなかった“音楽の芯の部分”も感じられるといいます。
そして最新規格「DTS:X」「IMAX Enhanced」へ
現在DTSが展開している独自フォーマットのひとつが、没入感を高めた「DTS:X」(2015年登場、旧名:DTS UHD)。DTSは2012年、オブジェクトベースのマルチ・ディメンショナル・オーディオ(MDA)技術を開発した音響技術会社SRS Labsを買収しており、DTS:XはそのMDA技術をコアテクノロジーとしています。
DTS:Xの大きな特徴は「(天井からユーザーに向かって音を出す)ハイトスピーカー配置が自由である点」。麻倉氏によれば、別のサラウンド規格である「Auro 3D」は開き角/仰角とも30度、「Dolby Atmos」は開き角/仰角とも45度を推奨していますが、DTS:Xにはそうした“制約”がないことから、「逆にいえば、これらのフォーマットのスピーカー位置のままでよいと解釈できる」と、使い勝手の良さにも注目します。
そしてもうひとつが、劇場用フォーマットであるIMAXと提携して立ち上げた「IMAX Enhanced」。IMAXシアターの大画面体験とサウンドを家庭でも楽しめるようにした規格である点が最大の特徴です。麻倉氏によれば、「DTSは雄大、鮮明で剛毅な音と評判だったが、IMAX Enhancedにも見事に継承されている」と紹介していました。
また技術的な話になりますが、IMAX Enhancedは映像の特徴として、シネマスコープのアスペクト比が横2.35:縦1と横長なのに対し、IMAX Enhancedは1.90:1と縦に広くなっています。画質は基本的に4K/HDRで、音声はIMAX劇場公開用に使われる6.0ch、12.0chの素材をDTS:Xに変換して使います(IMAX劇場はサブウーファーがないため、「.1」のLow-Frequency Effect、LFEを生成して付加)。AVアンプなどでの再生時には、低域を強調する「IMAXモード」を有効にする必要があるそうです。
IMAX Enhancedは4K Ultra Blu-rayだけでなく、映像配信サービスの「Disney+」や、ソニーのBRAVIAテレビ専用サービス「BRAVIA CORE」でも採用されています。麻倉氏は、Disneyとソニーピクチャーズエンタテインメント(SPE)がIMAX Enhancedを強力にサポートし、楽しめるカタログの充実を図っていくことで「2023年はIMAX Enhancedの飛躍の年になる」とアピールしていました。
車室エンタメの世界に広がるDTS
最後に麻倉氏は、DTSの今後についても紹介しました。
DTSといえばこれまではパッケージメディアが中心でしたが、現在では配信サービスに中にも組み込まれ、製品への採用事例としてもテレビやサウンドバーといったリッチなホームシアター機器にとどまらず、モバイル機器、ヘッドホンのパーソナライズも可能な「DTS Headphone:X」など、さまざまな展開を見せています。
さらに近年DTSでは、自動車市場向けのソリューションとして、車室内での安全をサポートする技術などにも注力しているとのこと。詳しくはDTSの公式サイトにある「DTS CONNECTED CAR」のページに譲りますが、DTSの技術が使われる場がどんどん広がってきていることが伺えます。
そもそも、DTSのロゴに添えられるメッセージは「10年おきとか15年おきに変わっている」と麻倉氏は指摘しています。当初、DTSは「Digital Theater System」の略称ということになっていましたが、再生系に力を入れていた2010年代には「Dedicated To Sound」というキャッチコピーを掲げており、現在は「Dedicated To Sensational」というタグラインに変わっています。
つまり、DTSはデジタル化が進み出した映画館のシステムとして最初の一歩を踏み出し、音声フォーマットとしての幅を持たせてアピールする時期を経て、“音で感動や想いを伝えることに貢献する”というように、DTSはメッセージの打ち出し方を時代にあわせて変えている……というわけです。それでも太い書体を用いたDTSロゴは、基本的なデザインが当初から変わっておらず、ここに「DTSの持っている音の特性」が一貫して込められている、と麻倉氏は語っていました。
クルマにおける車室エンタメの世界では、ドルビーも既に「Dolby Atmos for Cars」を打ち出してきていますが、DTSはドライバーや同乗者をセンシングすることで“安全でパーソナライズされた格別な空間”を提供する「DTS AutoSense」をはじめ、エンタメに留まらない枠組みを提供しようとしているところが興味深いところ。今後の展開にも要注目です。