最初に、この431nm遷移の探索が行われた。まず、レーザー光を駆使してYb原子集団を絶対温度でμケルビン以下の極低温まで冷却し、光双極子トラップで捕捉。そして、波長431nmの狭線幅励起光レーザーを照射し、基底状態の原子数が観測された。ある特定の周波数で基底状態の原子数が減少していることが判明したといい、これは基底状態の原子が励起レーザー光によって励起されたことが示されているという。
また、中心周波数から幅約30kHzにわたり原子数ロスが観測された。これは理論から予測される自然幅0.8mHzより広いが、原子集団の速度分布の拡がりと励起光のレーザー線幅が原因だと考えられるとする。今後は光格子中に原子を閉じ込め、さらに線幅を狭窄化したレーザーを用いることで、自然幅に近い分光の実現を目指すとしている。
次に、将来の光格子時計構築に不可欠な魔法波長の探索が行われた。そして、(励起光とは別の)レーザー光を原子集団に照射している条件下で、波長431nmの遷移周波数の変化が観察された。その結果、波長797nm、833nm近傍でトラップ用レーザー光のパワーを変化させても遷移周波数シフトがなくなることが発見された。この結果は、これらの波長が魔法波長であり、光格子時計の構築が可能であることを意味するという。
さらに、励起状態の寿命測定も行われた。スペクトル線幅の原理限界である自然幅は、励起状態の寿命に反比例するため、寿命が長ければ長いほど狭線幅な、つまりより精密な分光が可能になる。今回は、3次元光格子中で励起状態をトラップし、どのくらいの時間励起状態の原子がトラップ中に存在し続けるかを調べることで、寿命の下限値を1.9(1)秒と定めることに成功したという。なお現状は、実験装置の問題が測定値を制限してしまっているが、それでもこの値は既存の光格子時計に匹敵する値であり、将来の光格子時計構築が可能であることを示す重要な結果だとしている。
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(左・中央)魔法波長探索の実験結果。縦軸のディファレンシャル分極率は、波長λのレーザー光によって生じる周波数シフトに対応しており、それがゼロになるのが魔法波長だ(拡大図に矢印で示されている)。mJは励起状態の磁気副準位を、θはレーザー光の偏光と量子化軸のなす角度を表している。(右)励起状態の寿命測定。フィッティングから、その下限値を1.9(1)秒と定めることに成功したという(出所:京大プレスリリースPDF)
今回の研究で観測された431nm時計遷移は、複数の新物理現象に高い感度を持つため、光格子時計の構築に成功した暁には、従来の感度を大幅に上回る新物理探索実験が可能になるとする。また今後は、光格子時計の構築とそれを用いた前出の新物理探索実験を計画中だとし、最終的には、既存の制限を大幅に上回る精度で新物理を探索し、その正体に迫りたいとしている。