今回の研究では、ラート競技における日本代表クラスのエリート選手1名(31歳女性、競技歴13年、世界選手権10回出場、うち優勝1回、入賞5回)を対象として測定を実施。2021年1月から2022年7月までの20か月間、1か月ごとにメンタルヘルス指標(抑うつ指標(K6)、アスリート版バロン抑うつ指標(BDSA)、POMS2の「活気-活力」「疲労-無気力」、ストレス対処能指標(SOC))と、アスリートの精神的ストレス要因指標(競技ストレッサー尺度)、トレーニング量の自己報告が測定された。
また、心理指標の測定週のうち3日間で起床時の心拍情報を、胸ストラップ型心拍センサーを用いて測定し、3日間の平均値がその月の心拍数および心拍変動とされた。心拍情報は、起床後仰臥位のまま心拍数と心拍変動を、その後起立姿勢で心拍数と心拍変動を計測したとする。
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心拍情報測定方法。心拍計を用いて起床時の心拍変動、心拍数の測定が行われた。測定日前夜より胸ストラップ型心拍センサーを装着して就寝してもらい、起床後、腕時計型受信機に搭載されているソフトを用いて、仰臥位、立位での心拍変動、心拍数が計測された(出所:宇大プレスリリースPDF)
実験の結果、起床時の仰臥位の心拍数、心拍変動、起立時の心拍数はメンタルヘルスとの間には弱い相関しか見られなかったという。しかし、起立時の心拍変動と抑うつ指標のK6、POMS2の「疲労-無気力」の間には中程度の負の関係性が見られ、起立時心拍変動がメンタルヘルス低下と関連することが明らかになったという。このことから、定期的な起床時心拍変動計測が、早期にメンタルヘルス低下を予測することを可能とする非侵襲的なバイオマーカーとして有用であることが示唆されたとする。
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POMS疲労、心拍変動の折れ線グラフ。メンタルヘルス指標の1つであるPOMS2の疲労と起床時心拍変動、心拍数の時系列データ。世界選手権後に疲労が大きく増加し、心拍変動が大きく低下した(出所:宇大プレスリリースPDF)
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相関の図。抑うつ指標として用いられるK6とPOMS2の疲労は、起床時立位姿勢で計測された心拍変動と中程度(相関係数rが0.3~0.7、もしくは-0.3~-0.7)の負の関係性が見られた。起床時立位心拍変動は、抑うつや疲労感といったメンタルヘルス指標と関連し、アスリートのメンタルヘルス低下を予測するバイオマーカーとなりうることが示唆された(出所:宇大プレスリリースPDF)
今回の研究では、アスリートのメンタルヘルス低下を誘発するストレス要因の解明には至らなかったが、今後、心理尺度と心拍情報によるコンディション測定を詳細なストレス要因測定と組み合わせることで、アスリート個々に合わせたメンタルヘルス対策の開発につながることが期待されるとしている。
また、心拍変動を活用したアスリートのコンディショニング研究は、陸上競技や競泳、自転車といった持久的な種目での検証が多く、今回の対象であるラート競技のような採点種目での検証はほとんどなかったという。研究チームは、各競技の種目特性を考慮し、種目特有のストレス要因とその影響を引き続き評価することで、競技ごとの新たなコンディショニング対策を打ち出すことが可能になると考えられるとした。