ヤマハがふたつのワイヤレスヘッドホンを2月3日に発売します。ひとつは音楽リスニング向けの「YH-E700B」、もうひとつは映像コンテンツ向けの「YH-L700A」です。
ヤマハも含めて各社から多彩な完全ワイヤレスイヤホンが続々登場し、人気を集めている今、あえてワイヤレスヘッドホン新機種の投入に踏み切ったのはなぜなのか。発売前の実機に触れつつ、その理由を探ってみました。各製品の詳細はそれぞれのニュース記事もあわせてご覧ください。
久しぶりのヤマハ製ワイヤレスヘッドホン登場
意外に思う人もいるかもしれませんが、ヤマハからワイヤレスヘッドホンが国内向けに登場するのは久しぶりです。過去にはBluetooth対応で2万円台のワイヤレスヘッドホン「HPH-W300」(2017年発売)もありましたが、現在市場に出回っているヤマハ製ヘッドホンといえば基本的には有線タイプで、音楽制作用のスタジオモニターや楽器モニター向けのものが中心。さかのぼればPROシリーズ(「HPH-PRO500」など)というツルッとしたデザインのヘッドホンが展開されていましたが、あれも有線タイプでした。
しかし実は、日本未発売のヤマハ製ワイヤレスヘッドホンも存在します。そのひとつが、2020年発売の「YH-E700A」。同社の企業ミュージアム「INNOVATION ROAD」のWebサイトに掲載されている説明を読むと、見た目は異なるものの、基本的には新製品のYH-E700B/L700Aと同じ機能が備わっていたことがわかります。2製品の兄貴分(?)とも言える存在かもしれません。
ヘッドホン/イヤホンの市場動向を見れば、今はカジュアルさやコンパクトさ、使いやすさを追い求めた完全ワイヤレス(TWS)イヤホン全盛の時代であることがうかがえます。一方で耳をスッポリおおうアラウンドイヤータイプのヘッドホンもある程度安定した人気があり、特に海外では200ドル以上のミドル〜ハイエンド価格帯の製品が盛り上がっている状況です。
こうした背景もあり、今回ヤマハが投入するのが音楽リスニング向けの「YH-E700B」と映像コンテンツ向けの「YH-L700A」。音楽をじっくり聞く人だけでなく、映画やドラマ、アニメをイヤホンやヘッドホンで楽しみたいという需要にも応え、ふたつの選択肢を提案してきたかたちです。
音楽/映像の“TRUE SOUND”引き出すヘッドホン。音を聴いてみる
オーディオメーカーにはそれぞれ音作りの思想や哲学が存在しますが、オーディオ業界の老舗であるヤマハにももちろん、「TRUE SOUND」と銘打った“ヤマハの音”があります。
専用のアンプやスピーカーを組み合わせる高級オーディオから手ごろな価格帯の完全ワイヤレスイヤホンまで、ヤマハはさまざまなオーディオ機器を手がけています。高級オーディオであれば静かなオーディオルーム、イヤホンであれば街の喧騒や乗り物の騒音がひしめく屋外……というように使われるシチュエーションはまったく異なるので、それぞれの製品特性とユーザーに合わせたサウンドが求められます。
YH-E700B/L700Aの2製品も音楽リスニング向け、映像コンテンツ向けと一見似ているようで実は違う使われ方を想定した製品であるため、それぞれにあわせた“TRUE SOUND”を追求しているのが面白いところ。
まず、E700Bは音楽に深く没入して楽しめるよう、ドライバーユニットやハウジングの設計、装着性といったアコースティックな部分から、耳の形状や装着状態に合わせてリアルタイムに音を自動で最適化する「リスニングオプティマイザー」、音楽に不要な影響を与えないようノイズ成分だけにキャンセリング処理を施す「アドバンスドANC(アクティブ・ノイズ・キャンセリング)」といった電気的な部分まで突き詰めて設計しています。
E700Bの実機をiPhoneとAACコーデックで接続し、Amazon Music UnlimitedのHD音源で聴いてみました。Alexandros「閃光」ではバンドの立体感が非常に分かりやすく、あいみょんの「マリーゴールド」ではイントロのキラキラ感の表現が格別。エド・シーラン「Shape of You」冒頭のリズミカルなギターも、目の前でかき鳴らされているような鮮烈なイメージが頭の中に浮かびます。短時間聴いてみた限りですが、基本的にはニュートラルなバランスで解像感も高く、モニターヘッドホンライクなサウンド。目をつむって聞かされたらワイヤレスヘッドホンなのか有線ヘッドホンなのか判別できないかもしれない……とにかく音の完成度が高い印象を受けました。
そしてL700Aは映像コンテンツに含まれるセリフや効果音、BGMまで多くの情報を描き分け、バランスが崩れないように設計。そのサウンドイメージをより高める機能として、セリフ・効果音・BGMの3要素をコントロールし、コンテンツに合わせた最適な音場空間を再生するための「3Dサウンドフィールド」機能を搭載しています。ヤマハのAVアンプ「AVENTAGEシリーズ」などで培ってきた独自のシネマDSP技術を活かしたもので、いわばAVアンプや複数台のスピーカーで構成するサラウンドシステムをひとつのヘッドホンに盛り込んでしまったわけです。
L700Aの実機では、タブレットと組み合わせて映画『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』を視聴しました。映像コンテンツ向けというと低音の迫力ガンガンのパワフルなサウンドをイメージしますが、L700Aはそういうステレオタイプな印象とはまったく異なり、E700B同様に解像感の高いサウンドでセリフや銃撃音などの効果音、BGMを描写していく感じです。しっかりしたホームシアターシステムを組んだ部屋で聞く音のイメージとはちょっと違いますが、深夜に大きな音を出せないときや、スマホ・タブレットを使って映画を楽しむといったシチュエーションに向いていそうなヘッドホンと感じました。
こだわりと機能性を両立したデザイン。“激戦区”投入で盛り上がるか?
サウンドもさることながら、ふたつのヘッドホンは外観にもこだわりが詰まっています。
筆者が特に気に入ったのが、E700Bのデザイン。ムダのないデザインの楽器を多数手がける老舗メーカーならではの思想を体現した、独自の“エレメンタリズム”をヘッドホンの設計にも採り入れており、一見奇抜だけれど機能的なデザインを追求しています。
そのひとつが、ヘッドホンのアーム部とイヤーカップをつなぐ位置の近くに配した、特徴的な棒状パーツです。これはヘッドホンを持って頭に装着するときに自然と人差し指が沿うように設計されていて、スッと手になじむのが素晴らしい。また、ヘッドホンを装着するときは自分にとって最適な装着感やサウンドを手探りで追い込んでいく必要がありますが、このパーツに触れながら動かすことで、ひとつの指標としても利用できます。サラッとした手ざわりの飛沫塗装も好感触でした。
部屋のインテリアになじみやすそうな、L700Aのデザインもうまくまとめられていると感じます。昨今のヘッドホンには尖ったデザイン性のものもありますが、L700Aは落ち着いた空間で映像コンテンツを楽しむことを目的としており、先進技術を詰め込んだテック製品でありながら生活に寄り添う“安心感”も追求したデザインになっています。
アーム部分にはサウンドバーで使っているファブリック素材と同じものをあしらうなど、ホームオーディオ機器のようなたたずまいをヘッドホンにも採用。E700B同様に、ヘッドホンの装着時に人差し指を添えるようイメージしたくぼみをアームとハウジングの間につけるなど、機能的なデザインも盛り込んでいます。
ミドルクラス以上のワイヤレスヘッドホンの市場は既に、ソニーの1000Xシリーズや、ボーズのQuietComfortシリーズ、ゼンハイザーのMOMENTUMシリーズなどの人気モデルがひしめく“激戦区”。ここにヤマハがYH-E700B、YH-L700Aという個性的な2製品を投入することで、この分野が盛り上がっていくか注目したいところです。そして個人的には、E700B/L700Aで培われた技術がより手ごろな価格帯のヤマハ製品に下りてくることにも期待したいものです。