企業の経営者や人事総務の担当者にとって、従業員の健康や生産性につながる労働環境の快適化と、光熱費をはじめとしたオフィスの運用コスト低減は大きな課題です。そんな中、オフィスの空間価値向上と、従業員のWell-Being実現を掲げる新会社「X PLACE」が12月1日に設立されました。

X PLACE(クロスプレイス)は、人の位置情報分析技術を得意とするMYCITYと、空調や照明の空間制御技術に強いパナソニック エレクトリックワークス社(以下、パナソニックEW)によるジョイントベンチャーです。X PLACEの掲げる「人」を起点とするエネルギーマネジメントとはどのようなものなのか、X PLACEの小島亮平代表取締役と北村常弘取締役に話を聞きました。

  • X PLACE 代表取締役 小島亮平氏(左)、取締役 北村常弘氏(右)

オフィス環境をデジタルで可視化し、改善点をコンサルティング

2019年12月から始まった世界的なコロナ禍は、それ以前から言われていた「働き方改革」の中でも、特にリモートワークへの対応を一気に加速しました。オフィスのコスト削減という意識が高まり、オフィス面積を減らそうという傾向も見られました。最近はWithコロナが進んできたことと、これまでの反動もあってか、「出社」に戻る動きが目立ってきています。

とはいえ、コロナ禍より前のオフィスにそのまま戻すのではなく、リモートワークとのバランスも取りながら、従来よりも仕事がしやすく健康的なオフィスに変えていこうと考える企業が増えています。また、企業には政府が掲げたSDGsの目標達成に向けて、環境改善や省エネへの取り組みも求められています。

X PLACEの事業は、こうした時代の流れに乗って、企業のオフィスに対する変革を支援するもので「人」が起点になっています。オフィスにおける座席や会議室の混雑状況、従業員の在席位置、空間としての温度・湿度・CO2濃度などのデータを取得して分析。また従業員を対象としたWell-Beingアンケートとも掛け合わせ、オフィスの快適化や省電力化のためにどのような手段が取れるかをレポーティングします。

従業員の勤務状況や働いている場所を一元的に可視化でき、効率よく使われているスペースと、そうでないスペースは一目瞭然となります。このため、オフィスのレイアウト変更や、面積の最適化の支援まで行います。

新たに提供するサービスは、一度導入して提案を受けたら終わりというものではなく、オフィス内のデータは継続して取得し、レイアウトの改善およびエネルギーマネジメントの観点からも、改善点を常にアップデート。リカーリングビジネスとして考えると分かりやすいでしょう。

サービス内容そのものもアップデートします。現在はフェーズ3まで予告されており、上で説明した、「オフィス環境をデジタルで可視化して、おもにレイアウトの改善点をコンサルティングする」という内容が、会社設立と同時に提供を開始した「フェーズ1」となります。

フェーズ1では、MYCITYの提供サービスであるMyPlaceとMyFloorの技術、ノウハウを導入しています。MyPlaceは従業員の位置情報や、混雑検知、設備連携などをスマートフォン上で可視化する「人」軸をサービスとしています。

  • オフィスの混雑情報を可視化した例(MyPlace)

一方のMyFloorは、人感センサーによってオフィス内の座席の混雑状況を可視化し、会議室予約と連動するなど、「場所」軸をサービスしています。

  • オフィスの在席状況を可視化した例(MyFloor)

2023年末からサービス開始予定の「フェーズ2」では、従業員の位置情報を活用して、スマホによる空間機器の操作と制御が可能な仕組みを提供します。パナソニックEWの空間制御技術を融合することで、従業員が個別で空間機器を操作可能になります。

そして2024年中のサービス開始を予定する「フェーズ3」では、人を起点とする快適環境の提供とエネルギーマネジメントが本格化します。従業員の位置情報を分析して照明や空調などを自動制御し、システムや機器を提供するメーカー企業との連携を図っていくことで、Well-Being実現と省エネに貢献していきます。

  • X PLACEのビジネスロードマップ。現在はフェーズ3まで計画されています

DXを担う総務部が経営者に示す根拠を提供する

すでに提供を始めているフェーズ1について、X PLACE 代表取締役の小島氏は以下のように説明します。

「フェーズ1で提供するのは、MyPlaceとMyFloorのサービスをそのまま持ってきたものではありません。両者は大量のデータを分析してダッシュボード上で見られるのですが、そのデータを見た人が『じゃあ、こうしよう』という意思決定を即座にできるかというと、なかなかそうはいかない点が課題でした。なぜなら企業によって解決したい課題が異なるからです。

そこでフェーズ1では、データの分析と可視化だけで終わらず、コンサルティングサービスまで拡張します。Well-Beingを基軸としたアンケートも実施し、そのデータをもとに、専門チームが『あなたのオフィスはこうすると良いですよ』というレポーティングを行うのです」(小島氏)

  • レポーティングのイメージ

  • 「ベンチャーならではのスピード感で事業を進めていきたい」(小島氏)

X PLACEでここまで可能になったのは、パナソニックEWの持つWELL認証取得支援サービスがすでにスタートしていることが背景にあります。

「テナントがWELL認証(※)を取得するときに、10個あるWELL認証の項目に合わせてコンサルティングして取得をサポートします。これにより、ワーカー側から見たときや、総務・人事部門側から見たときのオフィスの作り方が変わります。使われていないムダなスペースを見つけたとき、WELLの視点から『こういうスペースに使うと良いですよ』とリコメンドできるのです」(X PLACE 取締役 北村氏。北村氏はパナソニックEW ソリューション事業統括部 共創事業総括を兼ねます)

※WELL認証:2014年に米国で始まり、日本でも2020年から開始した、人間の健康に良いと認められた空間の認証制度。バージョンとレベルがあり、空気、水、食物、光、運動、温熱快適性、音、材料、こころ、コミュニティという10のコンセプト(分野)で評価されます。

「新しいスペースをコミュニケーションの場にしたい場合でも、組織の体質によって場所の作り方は変わってきます。職制、業態、男女比率、どういう働き方をしているかでまったく違います。現在は、WELL認証の視点から、クライアントに対して個別アンケートを絡めながら進めているので、シナジー効果も期待できると考えています」(北村氏)

  • 「快適なオフィスは、企業の採用活動にも影響するようになるでしょう」(北村氏)

前述の通り、X PLACEではフェーズ1を、オフィスの効率化を図ることで多くの企業のニーズに応える経済合理性のあるサービスだと考えています。当面は、フロアが分かれていたり、人数が1,000人を超えていたりする大きな企業が対象になる見込みです。

組織が大きくなると、引っ越しやオフィスのレイアウト変更が必要になります。これらを担当する総務部は、最終判断を下す経営者に対して計画を提案することになります。X PLACEのレポーティングは有用性がイメージしやすいので、そんなシーンにうってつけです。

「総務部長が経営者に『こういうレイアウト変更をします』と言うには根拠が必要です。上層部からの『それが本当に良いのか』という問いかけに対して、『こういうデータにもとづいて、実際にこういう使われ方をしているので、こういう形になるんです』と具体的に提示すれば、経営者は『なるほど。それでいこう』と言いやすくなります」(小島氏)

  • フェーズ1のサービス内容

  • オフィス内で位置情報を活用。空いている会議室やスペース、在籍している人などが分かります。メンバー同士のコミュニケーションにも貢献します

エネルギーの削減目標をソフトウェアを活用して達成する

フェーズ2では、空間機器といったハードウェアとの連動がサービスに加わります。従業員は会社支給や個人所有のスマホから、オフィスの照明や空調を操作可能に。フェーズ3ではそれが自動化し、従業員一人ひとりが快適な空間で業務に携われます。

そのイメージについて小島氏はこう述べます。

「たとえば、Aさんが出社したらAさん向けのスタイル、Bさんが出社したらBさん向けのスタイル。夜の残業時間、フロアにAさんとBさんしか残っていないとき、二人がフロアの端と端にいると、照明も空調もムダが多くなります。そこでAさんとBさんのスマホに、どちらかが近くの席へ移動するよう促す通知を送って実際に移ってもらえば、ムダを抑えられるようになります。

こうしたスマホを通じた指示は、最初は抵抗があるかもしれませんが、だんだん当たり前と感じる文化が生まれると思っています。特に若者はSDGsの意識も高く、これだけCO2が削減できましたというレポーティングをダッシュボードで見せれば、早くなじむと思います」(小島氏)

フェーズ1、2、3と段階を踏んで提供する大きな理由は、データを集めながらサービス内容の詳細を組み立てていく必要があるため。オフィス空間の快適化に関しては、X PLACE以外にもさまざまな企業がサービスを打ち出しています。しかし、人の位置情報を活用して空間機器(照明や空調)の制御まで行おうというサービスはまだ多くありません。差別化になる一方で、どれだけ省エネにつなげられるかも手探りの部分が少なくないのです。

  • フェーズ3のイメージ。個人の好みに応じた室温や照明、さらには音や香りなどを、その個人が今いる場所で実現します。別の個人に入れ替わると、その人向けの環境へと自動で変わります

とはいえ、北村氏はX PLACEのサービスがいかに手堅いか力説します。

「企業にはWELL認証だけではなく、SDGs的な取り組みも求められています。エネルギー関連は2018年の改正省エネ法公布から報告義務があります。次の段階では恐らく具体的な削減目安が提示されてくるでしょう。ところが、削減できる手段がなくなってきているのです。

照明や空調などを省エネモデルに切り替えたり、窓を二重ガラスに改修したりといった、ハードウェアの変更だけではいずれ目標に追いつかなくなるだろうと考えています。そうなると、経営者は別の省エネ対策に投資しなくてはなりません」(北村氏)

そうなったとき、X PLACEのような省エネ効果を高める運用面での投資や取り組みは、先が見える人ほど注目することになるというわけです。

  • X PLACEが新しいサービスを通じて目指すところ

パートナー企業を増やして、さらに快適な労働環境作りを目指す

2022年12月1日の時点で、X PLACEのサービスはフェーズ3まで公開されていますが、その先もどんどんアップデートが続いていく予定です。そこではどのような未来が計画されているのでしょうか。

「“働くをパーソナライズして快適な環境を創造する”というミッションを実現するために、さらに行動解析の研究を進め、人の快適性と省エネの両立を目指していきたい」(小島氏)と、目標を語りました。