ソフトバンクと東京工業大学、双葉電子工業は、ドローンを使った無線中継システムによる災害時の遭難者位置特定および救助支援システムを開発し、千葉県内でデモンストレーションを実施した。被災者が持つスマートフォンを使って早急に位置を特定し、救助活動の効率化につながるソリューションとして期待される。

携帯の電波とGPSを使って遭難者を発見

近年、山岳・雪山遭難者や、山菜を取りに行って行方不明になる人、台風などによる土砂災害の被災者などが急増している。これらの被災者は、土砂や雪などに埋まって位置が特定できないため、救出が困難なケースが増えている。そこで東京工業大学工学院の藤井輝也特任教授らが、こうした遭難者の位置特定を容易にするために開発を進めていたのが今回のシステムだ。

  • システムの説明を行う東京工業大学の藤井輝也特任教授

基本的な仕組みとしては、携帯端末が基地局との連絡に使用する電波を使って遭難者を発見、端末のGPS情報を使って位置を特定するというもの。今や携帯端末は国民のほとんどが所有しているし、GPSの精度も高く、数m前後の誤差で探し出せる。

ただし、被災時には基地局が壊れていることもあるし、山奥など、そもそもエリア外であることも多い。そこでこのシステムでは、双葉電子工業の産業用大型ドローンに簡易基地局を搭載して一時的にエリアを構築し、エリアを移動させながら被災者を探していくという方法をとった(基地局とエリアの間には中継基地局を置く)。

  • 実験で使われている双葉電子工業の産業用中型ドローンのひとつ「FMC-02ヘキサタイプ」。基地局に加えてカメラなども搭載されており、リアルタイムにさまざまな情報を取得できる

  • 中継基地局としては移動基地局車のほか、衛星通信を使った臨時基地局も利用される。ソフトバンクはこういった臨時基地局を2016年ごろから数百基以上導入している

昨今はプライバシー保護のため、GPS情報を勝手に取得することができない。そこで端末側にはあらかじめ位置情報を取得・発信するアプリ「HELPA」をインストールしておく必要がある(HELPAは一度起動するとバックグラウンドで動作する)。

  • HELPAアプリは登山道の入り口や山小屋などにQRコードを貼っておくなどして、入山前にインストールしやすくしておく

また、被災者だけでなく、捜索者の位置情報も同時に取得・共有できるのがこのシステムの特徴となる。捜索者がどこを捜索したのか、今どこにいるのか、どの方向に向かえばいいのかなどをリアルタイムに指示できるため、効率的で安全な捜索が可能になるという。この位置情報取得システム全体もHELPAと呼ばれており、管理側のPC上で位置情報を素早く取得できる。

  • システム全体でのイメージ。ドローンによる無線中継と位置情報取得システムが統合された形となっている

使用している帯域や被災者の状態にもよるが、携帯電波は地面から数メートル埋まっていても受信できるという。ただし水は苦手で、水の中では30cm~1m程度の深さでも電波が遮断されてしまうとのこと。土は乾燥している方がよく、雪なら20m程度の深さまで届くとのことだった。

なお、地中にある端末は、携帯電波は届いても、GPSの電波を拾えていないことがある(森林でも枝葉が障害になって届かないことがある)。その場合は電波を真下に飛ばし、携帯電波が最大になる場所のドローン基地自体のGPS情報を使って遭難者の位置を捕捉するとのことだった。

他キャリアの端末や、端末を持たない人も捜索

携帯電波は距離や強度面では問題が少ないが、携帯キャリアごとに使用している帯域や通信方式が異なるため、基地局ドローンはキャリアごとに用意する必要がある。1つのドローンに各キャリアの基地局を搭載することは技術的には不可能ではないが、キャリア側の反対などにより実現できていないという。

そこで、携帯網だけでなく、Wi-Fiの基地局を搭載したドローンも用意されている。これならキャリアを問わずに捜索が可能だ。ただし、Wi-Fiでは電波の出力が弱いため、基本的には端末が地表、あるいは地面に埋まってしまった場合でも非常に浅い場所でしか期待できないという。

さらに、山菜取りに来た人などは車に貴重品といっしょに携帯電話を置いて行きがちで、携帯網でもWi-Fiでも捉えられないことがあるという。そこで、音声で呼びかけを行うためのスピーカーを搭載したドローンも用意されている。このように、状況に合わせてドローン自体を変更、またはドローンの装備を変更することで、さまざまなシチュエーションに対応するシステムとなっている。

また、ドローンを使ったシステムはバッテリーの持続時間が動作限界となるため、バッテリー交換などの手間が捜索活動の障害となるが、これを回避するために有線で電源ケーブルを繋いでの長期間駆動も可能にしている。ただし、山林などではケーブルが樹木に引っかかって行動を阻害してしまうため、ケーブルを持ち上げて中継するためのドローンも用意されているのがユニークだ。

細く柔軟なケーブルを使用してはいるが、ケーブル自体の重さもあるため、ケーブルの総延長は200m程度までで運用を考えているとのことだが、これは2021年に発生した伊豆半島の土砂災害の際に200mでの運用実績があるとのこと。有線給電では100時間連続での飛行を実現しているという。

いずれのシステムも無線による有視界操作だけでなく、遠隔地からの無線操作が可能。例えば現場の捜索隊が捜査に自信がない場合、遠隔地の熟練者が操作を受け持つ、自宅で待機している家族が直接声で呼びかける、といった運用が可能だと言う。こうした直接・遠隔操縦や自律飛行の切り替え、携帯網と他ネットワークの切り替えをスムーズに行える点も、このシステムの特徴だ。

実機によるデモンストレーション

説明会の後、デモンストレーションでは実際に双葉電子工業の産業用ドローンを使い、森の中や土の中にある端末の電波を受信する様子が公開された。勝間ラジコン飛行場で行われたデモは、樹高15~20m程度の雑木林の中に置かれた端末の電波を探すというもの。地上30m程度に浮上したドローンにより、素早く検出される様が確認できた。

  • デモ会場となった勝間ラジコン飛行場。広大な敷地の奥には林が広がっており、そこに端末が隠されている

  • HELPAによる捜索中の画面。6番が遭難者役のソフトバンクの端末。オレンジ色は捜索隊だ

また、携帯網だけでなくWi-Fiを使った検出、音声による呼びかけも行われた。音声による呼びかけは、下方向に指向性のあるスピーカーを使用していたが、ドローン自体の飛行音にかき消されることもなく、きちんと聞き取れた。ただし広範囲に呼びかけるのであれば、スピーカーはむしろ指向性を切った方がいいかもしれない。

  • こちらはWi-Fi電波を使った捜索。ドコモやauの端末も見つかっている

ドローン側にマイクをつけて遭難者の声を拾うのは、飛行音が仇になって難しいとのことだったが、ヘリウムガスの風船などを使って浮力を稼ぎ、低回転のプロペラで低騒音にする、マイク専用の小型ドローンを牽引するなどの手はどうだろうか

双葉電子工業の長生工場では、高さ約4mの砂山の下に横向きに掘った穴の中にスマートフォンを持たせた人形を入れ、それを砂山の上から真下に向かって捜索するデモが行われ、見事に捜索に成功していた。このデモでは同時に有線給電と、そのケーブルが立木にかからないように僚機がケーブルを支えるデモも行われ、見事なチームワークで約150m離れた砂山の上での長時間の活動を実現させていた。

  • ちょっと見えづらいが、長生工場敷地内に設置された大きな砂山

  • 有線給電と直下にアンテナを配置した、土砂下捜索用の大型ドローン「FMC-01H」。ソフトバンク仕様で搭載質量を10kg、耐風性もパワーアップしている

  • じっくり同じ場所を往復して、HELPAで電波の反応が強かった部分を特定していく。通常の操作では長い棒を刺して調べるが、それと比べて早く、捜索隊の疲労も遥かに小さくて済む

いずれのシステムも、すでに優れた性能を発揮、または高い将来性を感じさせるものだった。こういったシステムは活躍する場がないのが一番だが、万が一に備えて、迅速かつ安全に捜索ができるのであれば、それに越したことはない。私事だが、先日友人が山岳事故で落命してしまったこともあり、山岳事故の怖さ、その捜索にあたる人々の苦労などに思いを馳せていたところだったため、こうしたシステムが開発・進歩していくことには心強さも感じさせられた。今後は複数キャリアの同時捜索、遭難者への物資搬送など、更なる進化を期待していきたい。