2022年にブランド10周年を迎えるAstell&Kernが、新しいフラッグシップハイレゾプレーヤー「A&ultima SP3000」と、米国のカスタムイヤホンメーカー・Empire Earsとの初コラボレーション高級イヤホン「Odyssey」を発表。国内初披露した。
国内での発売日は確定次第、改めてアナウンスされる予定だが、SP3000は想定売価65万9,980円前後で10月発売予定、Odysseyは同59万9,980円前後で11月発売予定となっている。まもなく東京・中野で開催される「秋のヘッドフォン祭2022」のアユートブースで目玉製品として出展され、参加者も試聴可能となる見込みだ。
新製品発表会では短時間ながら、計約126万円相当のサウンドを体験できたので、インプレッションも含めて製品の特徴をお伝えしたい。
贅沢な“スイッチレス”デュアルオーディオ回路がユニークなSP3000
A&ultima SP3000は、過去10年以上にわたる製品開発や設計のエッセンスを凝縮したポータブルオーディオプレーヤー。ブランド10周年の集大成となる“究極のオーディプレーヤー”と位置づけている。
注目ポイントは多数あるのだが、代表的なものをピックアップしてみよう。
- 高級時計にも使われる904L ステンレススチール製ハウジングを、デジタルオーディオプレーヤーとして世界で初めて採用
- 旭化成エレクトロニクスの新しい最上位DACチップ「AK4499EX」を4基初搭載
- デジタル信号処理専用「AK4191EQ」も2基搭載
- AK4499EXとAK4191EQの組み合わせによる、デジタルとアナログの信号処理を完全分離した「HEXAオーディオ回路構造」でSN比が向上
- DSD512(22.4MHz)までネイティブ再生対応、PCMは768kHz/32bitまで対応
- 3.5mmアンバランスと2.5/4.4mmバランス出力搭載
- クアルコム「Snapdragon 6125」オクタコアCPUでスムーズな動作
- 5.46型フルHDディスプレイと新ユーザーインタフェース採用
- Open APKでApple Musicなどの音楽ストリーミングサービスに対応
SP3000は特に、デジタルオーディオプレーヤーとしては世界で初めて、スイッチレスでバランス出力とアンバランス出力を完全に分離・独立させた「デュアルオーディオ回路」を搭載しているのが大きな特徴だ。
Astell&Kernに限らず、従来の一般的なバランス対応ポータブルオーディオプレーヤーは、DACチップからの出力をオーディオスイッチを通してアンバランスとバランスに信号を分割し、それぞれアンプに送る仕組みになっている。しかしこれがその性質上、オーディオ性能の向上の限界点となっていた。
SP3000では、独自のHEXAオーディオ回路構造による、スイッチレスのデュアルオーディオ回路を採用することで、この問題を克服。バランスとアンバランスの回路ごとに、入力されたデジタル信号のノイズを低減するAK4191EQ(1基)と、アナログ信号を分離して処理するAK4499EX(2基)というように役割を割り当てており、これまでDAC内部で一緒に処理していたデジタル信号とアナログ信号の処理を完全に分けている。
DACチップから後段のアナログ出力回路まで、バランス/アンバランス回路が内部的に別系統になっているという非常に贅沢な仕様によって、130dB(no-load、Balanced)という圧倒的なSN比を実現。AKでは「他のDAP(デジタルオーディオプレーヤー)では味わえない、クリーンでピュアな音の繊細さをSP3000で感じてほしい」とアピールしている。
発表会には、旭化成エレクトロニクス マーケティング&セールスセンター ソリューション開発第一部のオーディオマイスターである佐藤友則氏がゲストとして登壇。“従来の4499を超える”というメッセージを込めて名付けた、VELVET SOUNDブランドに連なる「AK4499EX」の開発エピソードを披露した。
佐藤氏によれば、「デジタルとアナログを分けることで音質が改善するんじゃないか、というアイデアは昔からあり、半導体内部のアナログ部分だけを囲うといった試作をやってみたが、なかなか音質は上がらなかった」というが、実験を重ねる中で「音が明らかに違うことがわかった」とのこと。
SP3000で使われている、AK4191EQとAK4499EXの組み合わせにおいては、デジタルデータをまず受け取るAK4191EQ(デジタル側)に、デジタルフィルターと⊿Σモジュレーターを内蔵。ここから送り出されるマルチビットデータのインタフェースと、新設計のD/AコンバーターをAK4499EX(アナログ側)に搭載するという構成になっている。両者の間でデジタル/アナログを完全分離することで、デジタルノイズがアナログ信号に乗ることを回避する仕組みだ。
AK4499EXだけでもSN比135dB、THD -124dBという“世界最高クラスのアナログ特性”を実現しているが、上記のユニークな構成と設計によって、SP3000の130dBというSN比の実現に寄与しているわけだ。
なお、バッテリー持ちなどの詳細仕様については発表資料では言及されていないが、内蔵バッテリーの容量は5,000mAhほど、44.1kHz/16bitのFLAC再生で10時間程度再生できる模様だ。
会場では、同時に発表されたAK×Empire Earsコラボの高級イヤホン「Odyssey」(オデッセー)と組み合わせて実機のサウンドを確かめることもできた。
花澤香菜「ほほ笑みモード」(96kHz/24bit)は、イントロの打ち込みビートとそれに続くちょっとアンニュイな歌い出しの対比が印象的な曲だが、SP3000+Odyssey(4.4mmバランス接続)で聴くと、曲と歌声のどちらかが主張しすぎることもなく、とても高いレベルでバランスの取れた鳴り方がする。これで一気に引き込まれた。月並みな表現だが「非常に上質なサウンド」で、その上質さはどんなジャンルの曲を聴いてもまったく変わらない。
中島美嘉「雪の華」(96kHz/24bit)、Daft Punk「Get Lucky(featuring Pharrell Williams)」(同)、ダニエル・バレンボイムの指揮とウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団の演奏によるベートーヴェンの「交響曲第5番『運命』」(同)……さまざまなジャンルを一気に聴いてみたが、歌モノであれば歌い出しのわずかな口の動きまで“見える”ような繊細な音が楽しめるし、クラシックの臨場感ある音の広がり感や、ダンスミュージックの迫力ある低音もとても自然に再現される。「こういうジャンルの曲なら、こんな風に鳴っていて欲しい」というサウンドがありのままに楽しめる、そんな感じだ。
なお、SP3000は磨きあげられたステンレス素材のおかげで非常に高い質感だったが、本体の重量感がハンパではなく(約493g)、ツヤツヤの表面を保護するためにも同梱カバーの装着は必須と感じた。ボリュームノブと電源ボタンが一体になっているので、昔のAKプレーヤーの記憶のままだと電源オン/オフできないのはちょっと戸惑うポイントだった(説明員に助け舟を出してもらうまで、筆者はこの仕様に気付かなかった)。
AK×Empire Earsコラボの超ド級10ドライバイヤホン「Odyssey」
SP3000と組み合わせて試聴した、超ド級イヤホン「Odyssey」についても簡単に紹介しておきたい。
Astell&Kernと米Empire Earsが初コラボレーションした次世代カスタムイヤホンで、SP3000との組み合わせを想定して最適化。デザイン、設計、製造まですべて米国でハンドメイドされている。世界限定生産600台で、このうち日本国内には40台限定で入ってくる模様だ。
ステンドグラスのような煌めきを放つシェルには、9つのポリマー層を3つのステップで積層した独自の“ダイクロイックフェイスプレート”「ENIGMA」を採用。それぞれのラミネーションは、特定の波長の光をフィルターし、反射させるというユニークな機能を持っており、見る角度によって色が変化する。左側にAK、右側にEmpire Earsのロゴをあしらっているところも目を惹くポイントだろう。
デュアルW9+サブウーファー、5つのバランスド・アーマチュア(BA)ドライバー、デュアル静電ツイーター、W10骨伝導ドライバーで構成する、10ドライバーの「Quadbridシステム」を採用。
ダイナミック型、BA、静電型、骨伝導という4種類の異なるドライバーの性能を最大限に引き出すために、「7ウェイsynXクロスオーバーネットワーク」と、Odysseyのために開発した静電ドライバーと骨伝導ドライバー間のタイミング、位相、制御を最適化する「EIVEC MKIIエンジン」を装備し、Quadbridシステムの10ドライバーすべてを調和させている。
Empire Ears独自のデュアル・コンダクション・アーキテクチャーも搭載。空気伝導と骨伝導の両方でオーディオ再生する仕組みで、「聴くだけでなく感じることのできるサウンドでリスナーの没入感を最大限に高め、可能な限り純粋な体験を提供する」としている。
ほかにも、イヤホン内部の不要振動や共振を抑える独自のA.R.C(Anti-Resonance Compound)処理シャーシ、W10骨伝導ドライバーを最適に制御するデュアル・トライポート排気口を装備した。
イヤホン側の接続端子は2ピン。4.4mm 5極のPentaconnプラグを採用した特注ケーブル「Effect Audio Ares II」と、4.4mm to 3.5mm変換プラグが付属する。
Empire Earsの創設者であるDean Vang氏は「Odysseyはエンジニアリングにおける並外れた冒険であり、新しい技術や型にはまらないプロセスに注力することを余儀なくされた。そして、Empire EarsとAstell&Kernの名を冠するにふさわしい、極限のIEMを作り上げた。中途半端なことはせず、妥協もしない。新しい壁を破るために、私たちの武器すべてを使わなければならなかった」とコメントしている。
SP3000とOdyssey、どちらもケタ違いの値段がつけられた製品であり、おいそれとは手が出ない存在だ。だが、可能性を追求して磨き上げられたサウンドや、高級製品ならではの価値や魅力には、一度は触れておきたいもの。いちはやく体験できる「秋のヘッドフォン祭2022」の事前申し込み枠にはまだ空きがあるようなので、両製品が気になった人は早めに登録を済ませておくと良さそうだ。
※「秋のヘッドフォン祭2022」アユートブースは15F リーフルームにある。SP3000を含む、Astell&Kern製品の試聴には整理券の配布、試聴時間の制限が設けられるとのこと。