東京五輪の開幕から1年――。無観客の大会になってしまったので実際に観覧することはできませんでしたが、画面に映し出されるアスリートたちの激闘や数々の名シーンは世界中を感動させてくれました。

  • 東京五輪の開会式会場となった東京・国立競技場。東京五輪の開幕から1年が経過し、記念セレモニーなども行われています

世界中に配信された映像は、4K・8Kでも放送。国立競技場では、スーパースロー撮影でのちらつきをなくし、高い色域を表現できる最新の照明が使用されています。そこで照明を開発したパナソニックに話を聞きつつ、国立競技場のために開発されたというナイター照明の明るさを国立競技場で体験してきました。

昼間のような明るさ、グラウンドに立つと影がほとんどない?

国立競技場は、敷地面積が約109,800平方メートル、建築面積が約69,600平方メートル、高さが約47mという巨大な施設。地上5階・地下2階という珍しい3層スタンド構造となっています。収容人数は67,750人で、実際に中に入ると圧巻の大きさです。

  • 普段は入れない場所に立つことができました。奥にはパナソニックの映像装置(32m×9m)があります

  • 天井付近にずらり並んでいるのがパナソニックのLED投光器

グラウンドに立って最初に、国際競技の国際放送における厳しい基準をクリアしているという、国際陸上競技連盟(IAAF)の照明構成を体感。これは、実際に東京五輪の陸上競技などで使われた照明構成です。

【動画】動画で見ると、天井にある照明の配置がよくわかります。とても明るいのですが、客席もモダンで落ち着いた色合いなので、どことなく懐かしい感じもするスタジアムです

  • 最も厳しい国際競技の放送基準を満たした照明構成で点灯。昼間のような明るさです

外はすでに暗くなってきた時間帯でしたが、どの方向からも光が届いており、足元に影もできていません。グラウンドの上は驚くほど明るい反面、立ってみるとまぶしさを感じない不思議な感覚でした。この時間帯で写真を撮ると暗くなりがちですが、ストロボを使わなくても人物に影ができず、表情までハッキリわかります。

  • スタートラインに立つマイナビニュース・デジタルの林編集長。人物も影が少なく、ハッキリと写せます

  • 足元を見ると影がほとんどできていません。ちょっと不思議な感じでした

それぞれの競技によって明るさを変えることができ、国際陸上競技連盟(IAAF)の照明構成では1192台のLED投光器が稼動しています。東京五輪のような世界大会を国際放送できる基準の明るさなので、遠くまでムラなくはっきり見えました。

国際陸上競技連盟(IAAF)のほかにも、日本陸上競技連盟(JAAF)、日本サッカー協会(JFA)が定めた基準にのっとった配置と台数で照らすパターンがあります。それぞれのスポーツの内容によって、明るさは変わります。

日本陸上競技連盟(JAAF)の基準に合わせた照明器具構成は607台となり、IAAF基準よりも少しだけ暗くなる印象ですが、グラウンド上に立つとそれほど差を感じません。日本サッカー協会(JFA)基準の照明器具構成は424台。中心の芝生部分が明るくなるように設定されていました。3パターンを比較すると、明るさの違いがよくわかります。

  • 国際陸上競技連盟(IAAF)の照明構成は一番明るく、国際放送の基準を満たしています

  • 日本陸上競技連盟(JAAF)の照明構成はほんの少し暗く見えます。ただ、グラウンドに立つとほとんどわかりません

  • 日本サッカー協会(JFA)の照明構成は、選手がプレイする芝生のピッチ上を明るく照らします

スーパースローでもちらつきをなくす

国立競技場では、4K8K放送対応の色再現性と、スーパースロー撮影でのフリッカー(ちらつき)フリーを実現しています。また、強い光源によって発生する、テレビ撮影カメラへのフレア抑制もしなければなりません。

  • スタジアムに求められる照明の要件はたくさんあります

そこでパナソニックは、国立競技場のためにLED投光器「ショートアーク2kW相当」を開発しました。

LED投光器を開発するとき、パナソニックはどの程度の数値が必要なのかをハッキリさせるために、NHKの技術研究所と共同研究で基準を明確にしたといいます。その結果、Ra90以上(太陽光)、R9(赤色)80以上という基準を作り、その基準を満たす世界最高レベルの高演色を実現。光学レンズも新しく設計し、独自の配光設計によってまぶしさを抑えることに成功しています。さらに、スーパースロー撮影に対応するため、フリッカーは1%未満に抑えることができました。

※「Ra90」「R9」 「Ra」(平均演色評価数)は照明の色再現性を示す指標。自然光のもとで見る色を、どれくらい再現しているかを意味します。「Ra」に続く数字が大きいほど演色性が高く(自然光で見る色に近い)、たとえば「Ra100」を持つ照明下では、物体の色が自然光と同じように見えるということです。一方の「R」(特殊演色評価数)は、個別の色を指定したR1~R15が定められており、R9は「赤」の再現性を示します。

  • パナソニックが開発したLED投光器「ショートアーク2kW相当」

  • ナイター照明の点灯は、その都度変えています

合わせて、アスリートが感じるまぶしさについても改善しています。グラウンドから上方を見たとき、視線に近いところに照明器具があるとボールなどを見失うことがあるので、取り付け高さは競技面中心から高い位置になっています。

JISの定める規定では「競技面中心から20度」ですが、それより高い25度。たった5度でも、実際の高さは10mほど変わります。その結果、IAAF、FIFA、CIE、JISの各規格が推奨するGR50(不快グレア)よりも大幅に低いGR40以下を実現しました。

  • 角度を変えることでまぶしさも抑えています

検証については、スポーツVRコンテンツを活用して器具の配置を調整しています。パナソニック エレクトリックワーク社の栗本雅之さんは「VRを使って3Dシミュレーションをしっかり行い、グレアの評価、配光や取り付け位置の確認、周辺の住宅への光害がないかどうかなど、さまざまな評価を行いました」と解説してくれました。

  • パナソニック エレクトリックワーク ライティング事業部 屋外照明EC 栗本雅之さん

今回、国立競技場のスタンドにある照明も見学しました。ひとつひとつの角度が少しずつ違っています。こういった角度調整もしっかりシミュレーションして、現地で微調整を行ったとのことです。

  • 足がすくむ高さ……。照明の角度が微妙に異なっており、1カ所に光が集中しません

この国立競技場ナイター照明は、世界に誇れる照明として一般財団法人照明学会が制定する「日本照明賞」を受賞しています。

スポーツだけでなく、パーティーや展示会でも利用できる

国立競技場の「ひさし」は全国47都道府県の木材を使用しており、各地域の方角を向けて配置しています。観客席も一色ではなく、緑と木漏れ日を表現した配色。全体的に日本らしい落ち着いた雰囲気です。適度な傾斜がつけられているため、観客席のどこからでもグラウンドがよく見えます。トイレも一般的な競技場と比べて数が多く、バリアフリーも徹底されていて、今回は数時間の滞在でも快適に過ごせました。

ほかにもさまざまな用途に使える施設が整っており、エントランスやロビーは各種パーティーや展示会などでも利用できます。国立競技場の所有者でもある独立行政法人 日本スポーツ振興センターの渡部雅隆さんは「現在はおもにサッカー、ラグビー、陸上競技で使用されていますが、今後はファッションショーやイベントでも活用していただけたらと思います」と語りました。

  • 独立行政法人 日本スポーツ振興センター 渡部雅隆さん

  • 会場には多くの木材が使用されており、ホッとする空間です

  • メインエントランス。アクセントとなる行燈照明がモダンな雰囲気を演出しています

  • 貴賓室スペースは35~40名収容できます。東京五輪ではVIP用として使われました

東京五輪で注目を集めた国立競技場。今後もさまざまな国際大会や競技、コンサートなどが開催される予定です。現地に行く機会があったら、照明や各種設備にも注目してはいかがでしょうか。国立競技場のいろいろな場所を巡る「スタジアムツアー」も用意されています。

  • 東京五輪で使った表彰台も展示。選手のサインなども多数残っています。レガシーといわれる国立競技場、施設を見るのも楽しいですよ!

  • 東京五輪に出場した各国の選手が壁に書いたサイン

  • 内部通路の壁には、サッカーのブラジル代表選手が書いたサインも。写真はかつて日本代表監督も務めたジーコ氏のサイン