KDDIは5月18日、アパレル業界のDXソリューションとして、アパレル販売向けの高精細XRマネキンを開発したと発表しました。店頭のサイネージやスマートフォンなどの複数のデバイスで、商品を自由な角度から確認できるため、実際に店頭で商品を確認しているような体験を提供できるとしています。昨今、アパレル業界で問題となっている「大量生産、大量廃棄」の状況も改善したいとしています。まずは実証実験を行い、実店舗への導入を目指します。
販売している衣類をXRマネキンが着用して全方位から確認できる
今回の高精細XRマネキンは、3DCGで制作された人物モデルが着用したアイテムを、360度の全方位から立体的に確認できるというもの。昨今増加傾向にあるというアパレル業界向けの3D CADソフトなどでデジタル型紙を制作して、3DCG化してデジタルヒューマンに着せることで、店頭のマネキンのように商品をチェックできます。
デジタルヒューマンだけでなく、実際のモデルが商品を着用し、ポリュメトリックビデオでポリゴン化した3Dモデルを使って、同様にXRマネキンとして利用することもできます。
XRマネキンは、店頭に設置した大画面のサイネージに表示して、利用客がタッチ操作することでマネキンを回転させ、前後左右など全方位から確認することが可能。サイネージだけでなく、客自身のスマホやタブレットを使うこともできます。このマルチデバイスというのが今回の特徴の1つとなります。
大容量+低遅延の5Gが生きてくる
Google Cloudの「Immersive Stream for XR」を利用することで、重い処理が必要なXRデータをクラウド側で処理し、その結果をストリーミングで配信。パフォーマンスに劣るスマートフォンでも、ARグラスでも、デバイスを問わず高精細XRマネキンを表示できるようになりました。
Google CloudのImmersive Stream for XRによって、デバイスを問わずに高精細なXRマネキンを提供できるようになり、開発者側にとってはデバイスの違いやOS・SDKなどのバージョン違いといった差異を吸収する必要がなくなります。
デバイス側は、WebブラウザーやGoogle検索アプリがあれば表示可能なので、Android、iOSを問わずに閲覧できます。ストリーミングデータを表示するだけなので、デバイス側の処理負担も少なく済みます。
今回デモされた3Dデータは、ポリュメトリックビデオで10万ポリゴンほど、データは全体で二百数十MB程度とのことで、それほど大容量、高精細ではありませんが、今後8Kや拡大して生地の詳細を見られるほどの高精細データを使おうとすると、処理能力だけでなくデータ通信速度も重要になります。
KDDIでは、特に5G SAが適していると指摘。3DCGをタッチして、スワイプしてというたびにストリーミングされるため、データ容量に加えて低遅延であることで、ユーザーはローカルで操作するようにマネキンを動かせるため、ユーザー体験が向上するからです。同社のパーソナル事業本部サービス統括本部5G・xRサービス企画開発部長の上月勝博氏は「4Gでは難しい」と話し、5G時代にマッチしたソリューションという位置づけです。
高精細XRマネキンによって、店頭ではすべてのアイテムの在庫を持つ必要がなくなります。色やバリエーション違いなど、全アイテムを揃えるのではなく、代表作や人気作だけを店頭に置き、それ以外はXRマネキンで確認してもらってECサイトで注文する、といった売り方が可能になります。
ユーザーのスマートフォンでも同じXRマネキンの表示・操作が可能なので、自宅にいながらアイテムを詳細に確認し、その場でECサイトから購入する、といった行動もできます。
世界で生産された衣類は半分以上が廃棄されている
こうした背景にあるのは、アパレル業界における大量生産・大量消費、大量廃棄の現状だと言います。上月氏によれば、温室効果ガスにおけるアパレル業界が占める割合は10%。経済産業省によれば、この30年間でアパレル市場は2/3に減少したものの、商品供給量は2倍になっている、といいます。「毎年29億着が作られ、15億着がユーザーの手元に届いていない」と上月氏。
そうした社会課題に対して、XRマネキンを使って商品を確認できるようになれば、実物がなくても販売ができるようになります。実際の製造前に予約、受注販売の形も可能でしょう。3D CADによるデジタル型紙の普及が進めば、これまでよりスピーディに注文、製造にも可能になるため、大量に作って大量に廃棄するという問題を改善できる可能性もあります。
現状はあくまで開発発表であり、今後パートナー企業との実証実験を経て、年内にも実店舗への導入をしたいと上月氏。とはいえ、現時点ではまだ不足する機能も多いのが実際のところです。
デジタルヒューマンは、同社が開発した「coh」を活用していますが、男性向けだけでなく、さまざまな体型や肌の色など、複数のモデルがあると効果的です。現時点では、複数人のモデルに着用してもらって3Dモデル化するポリュメトリックビデオによって、複数のマネキンを作成することで、体型の違いや男女の違いなどはカバーできますが、今後はパラメーターを変えてデジタルヒューマンの外見を変える、自分を撮影してマネキンとして当てはめる、といった機能を開発していきたい考えを示しました。
アパレル業界向けCADを使ったデジタル型紙も、そのままではXRマネキン化はできず、Google Cloud上のUnreal Engineを使って光の方向、服のしわの寄り方など、さまざまなパラメーターを設定する必要があります。こうした設定は、XRマネキンを高精細にするのと同じぐらい重要だと言います。
そうした処理自体は、Google CloudのImmersive Stream for XRで容易になりますが、実際にモデルを作成するには専門知識も必要となるため、同社では今後、アパレルの制作者がより簡単に設定できるように開発をしていきたいとしています。
現時点で、利用料金などは実証実験を行ったうえで検討していきたい考えです。小規模店舗でも在庫を最小限にしつつアイテム数を増やせるため、幅広い店舗で利用できる料金体系になることを期待したいところです。
こうした仕組みは、リアルの商品販売だけにとどまりません。KDDIは、今後の拡大が期待されているメタバース上で、バーチャルキャラクターに着用させたり、人気キャラクターのアイテムを販売したりといった新たな流通への期待も寄せています。