Ance発現細胞が調べられたところ、Anceを発現していない、通常の腸細胞とは異なる特殊な性質を持つことがわかったとする。Ance発現細胞の形態は非常に扁平であり、細胞機能にとって重要な核膜やミトコンドリア、細胞骨格などが失われていることが明らかにされたほか、人工的に導入した蛍光タンパク質を腸の細胞で強制的に発現させる実験から、Ance発現細胞では、発現した蛍光タンパク質が段階的に失われていくことも確認された。
最終的には、Ance発現細胞はDNAも失い、死にゆく細胞であることが判明。同細胞は多くのタンパク質を失い、顕微鏡下では蛍光タンパク質も失われていき真っ黒に見えることから、研究チームはこの新しい細胞死を「エレボーシス」と命名することにしたとする。「エレボス」は古代ギリシア語で「暗黒」を指す単語で、エレボーシスは「暗黒の細胞死」という意味だという。
これまでに知られている細胞死は、病理学的な特徴からアポトーシス、ネクローシス(壊死)、オートファジー(自食作用)の大きく3種に分類されてきた。しかし、今回発見されたエレボーシスはいずれとも特徴の異なる細胞死だという。また、これらの細胞死が起こらなくなるような操作を行っても、エレボーシスを抑制することはできなかったとする。
さらに、エレボーシスが起こっている細胞が詳細に調べられたところ、その周囲に腸幹細胞が集積していることが観察されたという。これにより、エレボーシス細胞は腸幹細胞から分化した新しい腸細胞に置き換えられ、腸のターンオーバーが成立していることが解明された。
これらの結果から、ショウジョウバエの腸の恒常性維持は、従来考えられていたアポトーシスではなく、新しい細胞死であるエレボーシスによって制御されていることが確かめられたとする。
また研究チームでは、今回の研究成果には2つの大きな意義があるという。1つは、腸の恒常性維持において、従来の定説を覆す発見となった、細胞の置き換わりの分子機構がアポトーシスによるものではないことが解明された点だ。アポトーシスの最中には、組織の中に隙間ができたり、炎症が起こったりするなど、無数の腸内細菌が棲息する腸管側においてはバリア機能が失われることになり、それが常時どこかで起きているということは腸内細菌に体内に侵入されるリスクが高くなるということになる。つまり、腸の組織のように常に細胞が入れ替わる新陳代謝が活発かつ最近と接する最前線の組織においては、アポトーシスは不適切な細胞死だと考えられるという。
2つ目の意義は、新しい細胞死「エレボーシス」の発見だ。エレボーシスはアポトーシスよりも静かな細胞死であり、多細胞生物の持つ基本的な仕組みの1つである細胞死という現象の枠組みが大きく変わる可能性がある。
なお、今回はショウジョウバエで確かめられたが、それが即、ヒトの腸細胞でもエレボーシスによるターンオーバーとなっているかはまだわかっていない。そのため研究チームでは今後、エレボーシスがヒトの腸などでも存在するのかどうかの検証や、エレボーシスの詳細な分子機構の解明に取り組む予定としている。