特に、幾何学的フラストレーションの強さが、スピン液体の出現条件にどのように影響を与えているのかに着目して研究を進めることにしたところ、実験で観測されている結果をコンピュータ上で再現することに成功したという。

  • 有機固体Pd(dmit)2塩の相図

    Pd(dmit)2塩の相図。縦のパネルが、今回の研究で計算された量子スピン液体と反強磁性相のエネルギー差がフラストレーションの強さにどう依存するかがプロットされており、この値が負のときに量子スピン液体が実現する(プロット近くの色付き文字はPd(dmit)2塩に含まれるカチオン分子名)。下のパネルでは、実験で観測された磁性相になる温度がフラストレーションの強さでプロットされている。青色、オレンジで塗られた領域は、それぞれ実験で観測された磁性相と量子スピン液体相の実現領域が簡易的に表現されている (出所:東大 物性研Webサイト)

また、この量子スピン液体の性質を理解するためにスピン同士の量子もつれの強さを調べたところ、金属錯体層において二次元的なスピンの量子もつれが生まれるが、この強い量子もつれは、スピンが“分裂”(分数化)して生まれるスピノンという創発的な新奇粒子により引き起こされていることも判明したほか、特定の一次元方向に長距離にわたって、特に強く量子もつれを起こしていることもわかったとする。

  • スピノンとシミュレーションで予測されたスピンの運動量空間での励起構造

    スピノン(左)と、シミュレーションで予測されたスピン(右)の運動量空間での励起構造。円錐状のエネルギー分散が見られる。実験では観測のできないスピノン(ギザギザ模様のある半円)が2つ励起されることにより、観測できるスピン励起(円)が生まれることが表されている (出所:東大 物性研Webサイト)

さらに、フラストレーションがきっかけとなって、量子スピン同士が自己組織化的に一次元的に結びつき、量子スピン液体が出現しており、これは自己組織化的な低次元化とでも呼ぶべきものだと研究チームではしており、この結果は、Pd(dmit)2塩では、一次元性と二次元性の両面を秘めた新奇の量子スピン液体が発現していることが示されたとする。

なお、研究チームでは、今回の研究で示された長距離にわたる強い量子もつれは、量子計算の実用上重要であるため、ここで明らかになった基礎科学的知見が量子コンピュータなどの量子デバイス材料への応用にヒントを与えることが期待されるとするほか、開発された手法について、ほかの量子スピン液体候補物質や銅酸化物といった高温超伝導体などの量子もつれの強い量子物質に網羅的に適用することで、量子物質で発現する特異な性質の起源をより広範に明らかにできることから、新奇機能性の発見への提案に向けた活用も期待されるとしている。