東京工業大学は、蜂の巣状の平面構造をもつ磁性絶縁体の塩化ルテニウム(α-RuCl3)において、熱ホール効果が量子力学で規定される普遍的な値をとることを発見し、幻の粒子と言われた「マヨラナ粒子」を実証することに成功したと発表した。
同研究は、京都大学大学院理学研究科の笠原裕一准教授、松田祐司教授、大西隆史修士課程学生(現:富士通)、馬斯嘯修士課程学生、東京大学大学院新領域創成科学研究科の芝内孝禎教授、水上雄太助教、東京大学大学院工学系研究科の求幸年教授、東京工業大学理学院の田中秀数教授、那須譲治助教、栗田伸之助教、東京大学物性研究所の杉井かおり研究員らの共同研究グループによるもので、同研究成果は、7月12日に英国の科学雑誌「Nature」にオンライン掲載された。
マヨラナ粒子は自分自身がその反粒子と同一という不思議な性質を持ち、理論的予言から80年以上もその存在の確証が得られていなかった。素粒子物理学を中心に探索が続けられてきたが、近年、ある種の超伝導体や磁性体でマヨラナ粒子が出現する可能性が指摘され、大きな注目を集めた。通常の磁性体では温度を下げていくと、磁性を担う電子スピンは同じ向きに整列し磁石となるが、キタエフ模型と呼ばれる理論模型では絶対零度においてもスピンは整列せず量子スピン液体状態と呼ばれる状態が現れる。この量子スピン液体状態では、電子スピンが複数のマヨラナ粒子に分裂することにより、トポロジーによって保護された量子状態が実現するが、最近、このようなキタエフ模型の候補物質がいくつか見つかってきたという。
同研究グループは、キタエフ模型の候補物質である磁性絶縁体α-RuCl3の量子スピン液体状態において、一定の温度下で磁場を変化させながら熱ホール伝導度を非常に高い精度で測定した。その結果、ある範囲の磁場で熱ホール伝導度が磁場や温度によらずに量子力学で規定される普遍的な値(量子化値)のちょうど半分の値で一定となることが見出された。電気が流れない絶縁体において熱ホール効果が量子化していることから、電荷を持たない粒子に由来する量子ホール効果であることがわかり、熱ホール伝導度が量子化値の1/2倍ということは、熱を運ぶ粒子が電子の半分の自由度を持っていることを示しており、そのような粒子はマヨラナ粒子に他ならないとしている。
これまでの超伝導体を用いた研究では、マヨラナ粒子による量子化現象が期待される温度は極低温(1/100 ケルビン程度)に限られていたが、同研究では5ケルビン程度で半整数量子化が観測され、高温でマヨラナ粒子にまつわる量子化が出現することが明らかになった。今後、量子スピン液体に現れるマヨラナ粒子の制御法を開発することで、高温でも動作可能なトポロジカル量子コンピューターへの応用が期待できるということだ。