富士通は1981年5月20日、同社初のパーソナルコンピュータ「FM-8」を発売。2021年5月20日で40年の節目を迎えた。FM-8以来、富士通のパソコンは常に最先端の技術を採用し続け、日本のユーザーに寄り添った製品を投入してきた。この連載では、日本のパソコン産業を支え、パソコン市場をリードしてきた富士通パソコンの40年間を振り返る。掲載済みの記事にも新たなエピソードなどを追加し、ユニークな製品にフォーカスしたスピンオフ記事も掲載していく予定だ。その点も含めてご期待いただきたい。
2000年9月25日に富士通が発表したモバイルパソコン「FMV-BIBLO LOOX(ルークス)」は、「いつでも、どこでも、快適インターネット」をコンセプトに開発されたモバイルノートパソコンだ。歴代の富士通パソコンのなかでも、エポックメイキングな製品のひとつに数えられる。
ノートパソコン「BIBLO」ブランドを冠しながらも、サブブランドとしてLOOXの名称を採用。開発の陣頭指揮をとった五十嵐一浩氏(のちに富士通フロンテック社長)は、「最終的にはBIBLOから独立させ、新たなブランドで独り立ちさせる狙いもあった」と明かす。開発当初から、富士通のパソコン事業にとって重要な役割を担う製品と位置づけられていたのだ。
ちなみにLOOXは、見るという意味を持つ「LOOK」と、無限や未知の意味を持つ「X」を組み合わせた造語。LOOXを利用することで、インターネットの「無限」の情報と可能性を、いつでもどこでも簡単に「見る」(アクセスする)ことができるという意味を込めたという。
富士通クライアントコンピューティング(FCCL)の齋藤邦彰会長は、「LOOXはその名の通り、常に革新的であり、他社にはないものを投入し続けてきた製品群。新製品を投入するたびに、毎回、多くの試行錯誤を繰り返し、常にお客さまの役に立つものを出してきた。LOOXの精神は、いまのFMVにつながっている。世界最軽量を維持し続けるFCCLの開発思想の元祖のような製品」と語る。
LOOXの特徴は、外出先に持ち運んでも利用できるように、通信機能を標準で搭載していた点だ。LOOXが登場した2000年9月といえば、携帯電話の3G通信が普及する前。インターネットといえば家や会社の固定回線(しかもダイヤルアップ接続)が主流であり、常時接続のADSLがスタートしたてのころだ。
第1号機のLOOXは、発表と同日にDDIポケット(当時)が発表したPHS通信モジュール「H"IN(エッジイン)」に対応。64kbps(!)のインターネット接続機能を本体に内蔵させ、「パソコンと通信回線の融合を実現。LOOXを持ち歩くことで、時間と空間を超え、ネットワークの存在すら意識せずに、インターネットの無限な情報にアクセスすることができる」(当時のニュースリリースから)と、その特徴を示した。
長時間駆動と軽量化を実現するために、トランスメタの省電力CPUである「Crusoe(クルーソー)」プロセッサを初めて採用。8.8型ワイドXGA(1024×512ドット)画面のTFT液晶ディスプレイを備え、場所を選ばず気軽に持ち運べるA5コンパクトサイズ(幅243×奥行き151mm)を達成。1kgを下回る約980gの軽量化も実現した。バッテリー駆動時間は最大で約4時間だったが、別売の内蔵バッテリーパック(L)を利用すれば、最大で約8時間の使用が可能だった。
また、「さっと開いてすぐに通信できる。電話機や通信カードの接続なしに、データ通信がすぐに行える」ことを基本コンセプトにして、DDIポケットの「H" LINK(エッジリンク)」によるEメールサービスによって、メールが届いたら自動的にランプが点灯し、リアルタイムで着信を通知。届いたEメールを即座に自動受信して、内容を確認することもできた。まさに、外出先でもネットワークにつながって使えるモバイルノートパソコンの走りだったと言っていい。
そしてLOOX第1号機の本体は、前方と左右にウェーブを作った斬新なデザインも特徴だった。
「コンセプトの斬新さにあわせて、デザインも斬新なものを採用した。大きなインフィニティマーク(富士通のロコマーク)を配置し、小型化した本体の内部にPHSモジュール(H"IN)などを詰め込んだ。複雑なデザイン形状と小型の本体に数々の機能を盛り込んだLOOXは、匠の技を持つ島根富士通で生産したからこそ商品化できた」(五十嵐氏)
LOOXは、モバイルノートパソコンを、富士通として他社との差別化製品にすることを目的に誕生した製品だったという。その際に重視したのは、小型化したパソコンではない。携帯電話網につながることで、ワイヤレス接続によって外でも自由にインターネットを使えるパソコンの実現であった。これがLOOXの基本的な開発コンセプトだ。
当時、富士通社内に携帯電話部門が設置され、年間200万台規模にまで出荷台数が増加。富士通の主要な事業のひとつに成長しようとしていた。それにあわせて社内では、長年の実績を持つパソコン事業に、成長を遂げている携帯電話事業のテクノロジーを組み合わせることができないかという議論が始まっていたという。
このきっかけを作ったのは、当時、モバイル事業を担当していた富田達夫氏(のちに富士通副社長)だ。さらに「電車のなかで立って使えるパソコンを作りたい」という意志を持った開発者の声も、商品企画を後押しすることになった。
「いまのスマホの使い方と同じように、電車のなかでもネットにつながり、作業ができるように、まずは省電力にこだわった。いち早くCrusoeの採用に踏み切ったのも、省電力を実現するための判断。どこまで省電力化できるかということが、開発チームに課せられた課題だった」と、当時、開発に携わったFCCLの齋藤邦彰会長は振り返る。
Crusoeというプロセッサは、x86命令をソフトウェアで動作させるコードモーフィング技術と、CPUの負荷にあわせてクロック周波数を変えるロングラン技術によって、省電力化には長けていた。ネットワーク接続(通信)にPHSを採用したことも、省電力化には大きなプラスとなった。
「パソコンに携帯電話の機能を搭載したいという話を飛び込みで持っていったが、どこも乗ってくれなかった。唯一、新たなPHSの使い方を模索していたDDIポケットと、PHSモジュールのバッテリー消費が少ないことがメリットになると考えた富士通の狙いが合致して、LOOXにPHS(H"IN)を採用することを決定した」(五十嵐氏)
だが、PHSの技術を取り入れたことで、パソコンでは想定していなかった事態も発生した。
ひとつは(当時のインフラ事情や技術的な詳細は省くが)、PHSであるため、つながりにくい場所がないように、実地に出向いたフィールドテストの必要があったこと。電車で移動していてもしっかりとハンドオーバーでき、つながり続けているかどうかといったことを、富士通が自ら確認しなくてはならなかったのだ。
「開発者だけでなく、秘書までが総出となって、LOOXの試作機を持ってフィールドテストをした。新幹線や私鉄の急行電車の車内で接続性を試したり、つながりにくい場所があれば遠くてもそこまで出向き、つながらなければ改良を加えて、またテストを行うといったことの繰り返しだった」(五十嵐氏)
フィールドテストのために約50台のLOOX試作機を用意し、社員はそれを持って、あちこちを飛び回った。当時の一般的なパソコンにはない苦労だ。
もうひとつは回線契約である。当時は大手量販店でも携帯電話を販売している店舗が少ない時代であり、当然のことながら、パソコン売り場で回線契約をするような仕組みもなかった。PHSの契約が必要なLOOXは、パソコン売り場を訪れた購入者がその場で購入しようとしても、回線契約のために本人確認書類を持参しなければならない――といった手間がかかることになってしまったのだ。これが販売現場では大きなハードルとなった。
そこで富士通とDDIポケットは、製品発売後に検討を重ね、購入時点では回線契約をせず自宅に持ち帰り、帰宅後に自宅からインターネットにつながる仕組みを用意。Web上で回線契約の手続きを行い、さらに必要書類を郵送してDDIポケットが確認後、書類が返送されて回線が開通するというスキームを特別に用意したのだ。ただ、それでも開通までには1週間ほどの日数が必要だったという。
このように多くの苦労を伴って市場投入されたLOOXだが、ここでの経験が、のちに富士通やFCCLが手がけていくモバイルノートパソコンの進化に生きている。小型軽量化した本体ににおいて、ワイヤレス機能の性能を引き出すノイズ制御などは最たる例だ。モバイルノートパソコンを富士通にとっての差別化製品にするという目的で開発されたLOOXは、その後の製品づくりの礎となっているのは間違いない。