アドビは11月19日、医療業界でのDXの動向と事例を紹介するメディア向け勉強会を開催した。国内事例では、2021年5月にリニューアルしたアステラス製薬の医療関係者向け情報サイト「アステラス メディカルネット」を約1年で刷新したプロジェクトにおける取り組みが紹介された。

同サイトでは、リニューアル以前から基本情報(医薬品の効能効果や用法用量、使用上の注意等など基本的な情報)はデジタル上で提供できていたが、情報へのアクセスが煩雑なうえ、提供情報が不十分な製品があるという課題があった。

「医療業界でも全社的な戦略に沿ったデジタル体験の提供が課題になっている中、画一的・受動的な情報を流しているだけで、顧客の関心を踏まえた能動的な情報提供になっておらず、顧客体験の向上という視点が抜けていた」とプロジェクトを主導したアステラス製薬 プロダクトマーケティング部 統括G デジタルコミュニケーションチーム 係長 市原大輔氏は振り返る。

  • アステラス製薬 プロダクトマーケティング部 統括G デジタルコミュニケーションチーム 係長 市原大輔氏

サイトの刷新にあたって同社では、「医療従事者の顧客体験が現状以上に高質化されること」「全製品の製品基本情報が確実に提供されること」「製品ポートフォリオの特徴を反映したものとなること」「製品戦略策定/実行のPDCAサイクルの高速化へ寄与すること」を前提に、情報提供の戦略を練り直したという。

戦略の強化にあたっては、「認知」「処方検討」「試用/採用」「利用拡大」という医療従事者の製品導入ステージごとに、目標とする顧客体験を策定。オウンドメディアでの情報提供強化、データに基づく顧客理解、マルチチャネルでの情報配信、業務の見直し/高速化という具体的なデジタル活用方針を定め、必要な機能を満たしたシステムをアドビのクラウド基盤上に構築した。

  • アステラス製薬が導入したシステムのアーキテクチャ

アステラス製薬は今回のプロジェクトが単なるシステム導入とならないよう、他部門との連携体制の構築やコンテンツの見直しにも着手するなど、マーケティング戦略・デザイン・全体プロセスを考慮したプロジェクトマネジメントを実践。戦略策定からUI/UX設計、システム導入までを約1年で完了した。

同社が2020年9月から2021年10月までのサイト利用状況を分析したところ、リニューアル前と比べて、集客面・情報提供面において一定の成果が出たという。訪問回数は13%、訪問者数は31%増加し、検索エンジン経由の訪問回数は21%増加した。Webシンポジウムのページ閲覧回数は117%増となり、資料のダウンロード数も38%増加した。

「当社のスタッフからすれば、サイトの使い方はもちろん、マーケティングに生かすうえでの運用体制も大きく変わったため、慣れるまでに時間と労力がかかったことは間違いない。だが、マーケターからは、『活用したいデータをシームレスにリアルタイムに得られるようになった』『マーケティング戦略の高度化に役立った』という反響を得られたため、プロジェクトの効果を実感している」(市原氏)

また、今回のプロジェクトでは、グローバルでのナレッジシェアを目的に、米国、欧州の情報提供サイトやCRMの基盤も同様にリニューアルを行った。グロ-バルで導入するにあたっては、海外支社から難色を示される場面もあったものの、活用するプラットフォームの優位性や達成できる成果について議論を重ね、最終的に合意を得られたという。

  • アステラス製薬ではCRM基盤をグローバルで共通化した

IT部門の担当者にとっては、基盤の共通化によってシステム管理面のガバナンスを統制できた点や効率化を進められた点が、サイトリニューアルのメリットとなった。一方で、米国、欧州では今後、機能拡張が予定されており、そのためのシステム対応が直近の課題となる。市原氏は、「全体を統制しつつ日本での施策をどうするか検討し、システムに反映していく作業がまだ続くため、システム担当者と連携し、引き続きプロジェクトを進めていきたい」と語った。

これまで製薬企業は、MR(医療情報担当者)による対面でのコミュニケーションを中心に医師に医療情報を提供してきた。一方で、コロナ禍で医師とMRが直接面会できる機会が制限される中、デジタルチャネルを通じた情報提供が製薬企業の課題となっている。

アドビ カスタマーソリューションズ統括本部 デジタルデザイン&オペレーション部 シニアコンサルタントの篠原航介氏は、デジタルを活用した医療情報の提供について、「個別医療やアウトカムベースの医療などのトレンドが情報提供にどう影響するか考え、デジタルシフトを進めることが求められる」と指摘した。

  • アドビ カスタマーソリューションズ統括本部 デジタルデザイン&オペレーション部 シニアコンサルタント 篠原航介氏

  • ヘルスケア業界のトレンドと情報提供活動への影響

デジタル活用の効果としては、医療従事者と患者の双方に、データを用いたセグメンテーションやより正確なターゲティング、あらゆるチャネルでのパーソナライズされた情報提供が挙げられる。また、スマートデバイスと連携した治療や疾患啓発など、新たなデジタル体験も得られるほか、ログを残して一元的な管理が行えることから不適切な情報を排して、コンプライアンス向上を図るといったリスク管理にも役立つ。

アドビではすでに、「ネクストアクショントリガー」と呼ばれる、データに基づいてMRやSR(医療機器営業)に医師への次のアクションを提案する機能のほか、患者のWebでの行動に沿って情報提供内容を変化させる「カスタマージャーニーに基づいたパーソナライゼーション」といった取り組みをグローバルで進めている。