立命館大学と京都大学(京大)は10月8日、大規模な二酸化炭素(CO2)除去に依存せずに、パリ協定の1.5℃、2℃目標に相当する温室効果ガス(GHG)排出削減を実施することによる土地利用・食料システムへの影響を明らかにしたと発表した。

同成果は、立命館大学 理工学部 環境都市工学科の長谷川知子准教授、京大大学院 工学研究科 都市環境工学専攻の藤森真一郎准教授、同・大城賢助教らが参加した、24名の研究者による国際共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の持続可能性に関する幅広い分野の学問を扱った学術誌「Nature Sustainability」に掲載された。

地球環境維持のため、温室効果ガスの代表的存在であるCO2の削減が求められており、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の1.5℃特別報告書で用いられたGHG排出削減の将来シナリオに描かれているが、今世紀末の全球平均気温上昇のみがターゲットとされているため、今世紀前半では排出をあまり削減せず、後半で急激に削減するような危ういシナリオも想定され、それによる対策の遅れ、目標とする気温を一時的に超過するシナリオ(オーバーシュート)、CO2回収貯留付きバイオエネルギー(BECCS)や植林などによる今世紀末での大規模なCO2除去が推奨されてしまうリスクがあるという。BECCSや植林のようなCO2除去技術を大規模に実施することの問題点は、劇的な土地利用改変をもたらすことであり、その結果として今度は食料安全保障への悪影響が懸念されるという。

しかしその一方で、早期の対策による今世紀前半からの強く排出削減を行い、今世紀後半での急激な削減を回避するようなシナリオが理想的かというと、それもまた中期的に強い排出削減が必要となるため、土地利用や食料システムへの影響をもたらす可能性があるという。

そこで研究チームは今回、このような排出経路について想定を変えたシナリオを準備。温室効果ガス排出削減対策については、国際モデル比較プロジェクトENGAGEに参加する7つの統合評価モデルを用いてモデル比較分析を実施することにしたという。

立命館大の長谷川准教授らが担当したのが、将来の人口とGDPを入力して、気候、エネルギー、経済システム、食糧需給、土地利用、GHG排出量、GHG排出削減量などを出力(将来推計)するモデル「アジア太平洋統合評価モデル(Asian-PacificIntegrated Model:AIM)」で、各モデルが出力する土地利用面積、1人当たり食料消費カロリーと飢餓リスク人口などの農業・食料・環境に関連する指標を用いての分析が行われた。飢餓リスク人口については、作物収量の変化を通じて起こる価格変化、さらにその価格変化に対する消費者の応答から計算される食料消費量から導き出されている。

また将来分析のシナリオには、2種類のシナリオが検討された。1つは、今世紀にわたる累積CO2排出量を制限する(今世紀前半に大幅に排出したり、今世紀後半で急激に削減したりするようなシナリオも含まれる)「従来シナリオ」。もう1つは、世界全体の排出と吸収が等しくなるネットゼロに到達するまでの累積排出量を制限し、ネットゼロの到達後はネットゼロを維持する(負の排出を認めない)「ネットゼロシナリオ」である。

この2つのシナリオについて、累積CO2排出量を100GtCO2から3000GtCO2の13段階で想定。モデル内では上の累積CO2排出量が想定され、その下で炭素税が課され、経済合理性の観点から排出削減が実施される仕組みになっている。これらのシナリオについてシミュレーションが実施され、農業・食料・環境に関連するモデル出力についての比較・分析が行われた。

その結果、CO2除去に制限を加えない「従来のシナリオ」に比べて、CO2除去に制限を加えた「ネットゼロシナリオ」では、長期的(2090年頃)と中期的(2050年頃)のそれぞれについて以下のことがわかったという。

長期的(2090年ころ)

  • エネルギー用農地:7500万ヘクタール(ha)減少
  • 食用農地:1100万ha増加
  • 牧草地:1600万ha増加
  • 飢餓リスク:480万人減少

中期的(2050年ころ)

  • エネルギー用農地:1500万ha増加
  • 食用農地:1100万ha減少
  • 牧草地:3500万ha減少
  • 飢餓リスク:4200万人増加

またこれらの結果から、以下の3点がわかったとする。

  1. 早期の排出削減対策を実施すると、今世紀後半のCO2除去を減らし、長期的な(緩和によって引き起こされる)劇的な土地利用変化が回避可能となる
  2. 劇的な土地利用変化を回避することで、今世紀後半の食料価格の低下、飢餓のリスクの低減、灌漑用水の需要の低下などの便益が示された
  3. 代わりに、今世紀半ばには大幅な排出削減が必要になり、エネルギー作物生産に必要な農地面積が増加し、食料安全保障のさらなるリスクをもたらすという副次的な影響も明らかになった
  • 温室効果ガス

    (a)大規模なCO2除去に依存しないケースにおける、世界全体の農業・土地利用変化由来のGHG排出経路。黒の実線(破線)はBECCS由来のCO2除去を含む(含まない)農業・土地利用由来のGHG純排出量が示されている。青と赤の縦線は、世界全体のCO2排出と農業・土地利用由来のGHG排出が実質ゼロに到達する年を示す。土地利用由来のCO2排出・吸収には土地利用変化によるCO2排出と植林による吸収を含む。(b・c)大規模なCO2除去技術に依存しないことによる、世界全体の農業・土地利用変化由来のGHG排出と土地利用への影響(大規模なCO2除去に依存するケースとしないケースの差分が表されている) (出所:共同プレスリリースPDF)

これらの結果は、大規模なCO2除去に依存せず気候目標を達成するには、必然的に早期かつ迅速な排出削減対策を進める必要があることを示すものだというが、それでも中期的には課題をもたらすことを意味していることも確認されたという。そのため、早期の排出削減対策を実施する際には、発生しうる飢餓リスクなどの副次的影響を抑えるため、相応の追加的な政策が必要であることを意味するともしている。

  • 温室効果ガス

    IPCCの1.5℃特別評価報告書に掲載された気温のオーバーシュートのイメージ。大規模なCO2除去によるさまざまな影響が懸念される。(左)オーバーシュートなしで今世紀前半に急激な削減が必要なシナリオ。(右)今世紀前半には急激に削減せず、今世紀後半で大規模にCO2を大気から除去するシナリオ (出所:共同プレスリリースPDF)