京都大学(京大)は8月18日、精子形成の促進分子であるサイトカインの「グリア細胞株由来神経栄養因子」の発現制御メカニズムを明らかにしたと発表した。

同成果は、京大大学院医学研究科高次脳科学講座脳統合イメージング分野の森圭史客員研究員、京大大学院医学研究科遺伝医学講座分子遺伝学分野の篠原美都助教、同・篠原隆司教授、信州大学学術研究院繊維学系の高島誠司准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、ライフサイエンス全般を扱う学術誌「CellReports」に掲載された。

現在、6組に1組の夫婦が不妊であり、その原因の半分は男性側にあるとされている。男性の場合、精子が問題となってくるが、その源になっているのが「精子幹細胞」で、自己複製分裂という特殊な細胞分裂を行うことで、一生にわたって精子形成が行われることが知られている。

近年の顕微授精技術の進歩により、少量の精子からでも受精を行うことが可能となったことから、多くの男性不妊症の治療が可能となってきた。しかし、不妊症の10%程度とされる「セルトリ細胞遺残症候群」については、ほとんど精子形成細胞が見当たらず、依然として治療困難な状態となっている。

マウスの精子幹細胞が自己複製分裂するためには、「グリア細胞株由来神経栄養因子」(GDNF)と呼ばれる液性サイトカインが必須であることが、2000年に報告されているほか、その後の研究から、GDNFは精巣内の「セルトリ細胞」で主に作られているることが判明したものの、その産生メカニズムについてはあまり研究が進んでいなかったという。

GDNFの精子形成における重要性はヒトにおいても確認されており、ヒトのセルトリ細胞遺残症候群においてGDNFの生産量が低いことが明らかにされている。研究チームでは、精子幹細胞の自己複製分裂が行われる環境の研究を進めてきた経緯から、その特殊環境の構築に関係する分子として「CDC42」に着目したとする。

CDC42はRHOファミリー低分子量Gタンパク質の1つであり、管腔臓器での細胞構築の形成に重要であることがわかっている。精巣でも、セルトリ細胞同士が結合しあうことにより管腔構造を作られていることが確認済みだという。

そこで研究チームは今回、セルトリ細胞におけるCDC42欠損の役割を調べるためにCDC42欠損マウスを作成し、調査を実施。その結果、研究チームの予想に反し、同マウスの精巣の構造には大きな変化が見当たらず、セルトリ細胞による管腔構造は正常に保たれたままであることが確認されたという。

しかし、マウスが成長すると共に精子形成が減弱し、生殖細胞の数が著しく減少することが判明。GDNFは精子幹細胞の自己複製分裂に必須な分子であることから、GDNFの発現を調べると、GDNFはCDC42欠損マウスの精巣ではほとんど生産されていないことが明らかになったとする。

GDNFの発現制御に関わるいくつかの候補遺伝子の発現を調べたところ、核に移行すべきシグナル伝達タンパク質の「ERK1,2」が細胞質にとどまっており、その下流分子と見られる2つの転写因子「DMRT1」と「SOX9」の発現量が低下していることが判明。さらに、分子「PAFAH1B」がCDC42を活性化し、「PAK1」や「PEA15A」などの分子を介してERK1,2が活性化され、転写因子DMRT1/SOX9へとつながり、GDNFが生産されることが確認されたという。

この結果について研究チームでは、セルトリ細胞遺残症候群などの男性不妊症に対する理解も深まるとともに、このシグナル伝達経路を刺激することで男性不妊症の新たな治療法の開発につながる可能性があるとしている。

  • 男性不妊

    GDNFはセルトリ細胞より大量に産生され精子幹細胞の維持に必須な分子だ。今回の研究により、その上流分子として「CDC42-PAK1-ERK1,2/PEA15A」経路が同定された。このシグナル伝達経路を刺激すれば、精子形成が減弱している不妊症患者の精巣でも、精子形成が促進できる可能性があることが明らかとなった (出所:京大プレスリリースPDF)