名古屋市立大学(名市大)は、従来は-272℃以下の極低温環境が必要だった「量子もつれ」が、シリコンナノ結晶の表面上に結合した2つの水素であれば、室温でも安定して実現できることを発見したと発表した。

同成果は、名市大大学院 芸術工学研究科の松本貴裕教授、中央大学 理学部物理学科の杉本秀彦名誉教授、JAEA/J-PARCの大原高志研究主幹、名市大大学院 理学研究科の徳光昭夫准教授、静岡大学 理学部物理学科の冨田誠教授、高エネルギー加速器研究機構の池田進名誉教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米物理学会発行の物性物理を扱った学術誌「Physical Review B」に掲載された。

量子力学が扱う素粒子が主役のミクロの世界では、マクロの世界とはかけ離れた不可思議な現象がいくつも確認されている。その中の1つが「量子もつれ」で、量子もつれの関係となった2つの粒子AとBは、どれだけ距離が離れていても、粒子Aに対する測定を行うと、一瞬にして粒子Bの測定に影響を与えてしまうというものとして知られており、量子コンピュータへの応用が模索されている。

量子もつれ現象を生成して制御するには、まず量子情報の基本単位である「量子ビット」を大量に作製する必要があるが、絶対温度1K以下(およそ-272℃以下)の超極低温環境を維持する必要があったり、超高純度の材料を使用する必要があるなど、さまざまな課題がある。

そうした背景のもと、研究チームは今回、「中性子非弾性散乱法」という手法を用いて、シリコンナノ結晶の表面に結合した水素の振動状態を観測。そして、結晶表面に結合した2個の水素が、安定した「量子もつれ」状態になるということを発見した。

この量子もつれの特徴としては、従来の水素分子の量子もつれと比較すると、10倍以上の振動エネルギーを有することがあげられるという(水素分子:10meV、シリコン表面水素:100meV)。この結果、室温(およそ300K)でも安定して形成できる可能性が示されたとする。

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    中性子非弾性散乱法原理図。中性子(n)をナノシリコン結晶(Si)に照射すると、ビリヤードをイメージするように、中性子のエネルギー(ここでは速度)がナノシリコン結晶表面の水素原子(H)に与えられ、中性子のエネルギーが小さく(速度が遅く)なる。逆に、この原理を利用すると、遅くなった中性子の速度を測定することによって、n-Si表面の水素原子がどのように振動しているかが、正確に評価できる。このように、中性子の速度変化を測定することによって原子の運動や結晶の振動を分析する手法を中性子非弾性散乱法という (出所:名市大プレスリリースPDF)

また、シリコン半導体表面処理技術を利用することによって、従来(10の2乗ビット)よりも多い10の6乗ビットという量子ビットの形成が可能となることから、“超高速量子コンピュータ”を構築することも可能となってくるとしている。

なお、これまでにも水素分子の量子もつれは観測されているが、それらは気相(気体)や液相(液体)でしか発見されていなかったという。シリコン材料上における今回の量子もつれに対して論文の責任著者である名市大の松本教授は、今まで相容れることのなかった現代のスーパーコンピュータ技術と量子コンピュータ技術を統合する、新たな情報処理技術の創出につながるとしている。

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    水素の量子もつれを2個重ね合わせることによって生み出される、水素の瞬間移動。この画像では、H1からH4に水素が瞬間移動している (出所:名市大プレスリリースPDF)

さらに、今回発見された量子もつれを利用することで、テラヘルツ光波長領域(約30~300μm)で、多重にもつれたフォトン(光子)を発生できることも理論的に示されたとのことで、このフォトンを利用することで、秘匿性に優れた超高速量子暗号光通信も実現できる可能性があるとしている。

加えて、多数の量子もつれを組み合わせることで、SF上の技術である「物質の瞬間移動」(量子テレポーテーション)も実現できるようになるともしている(ただし、物質といっても現時点では水素の段階までとしている)。