富山大学は8月6日、エコチル調査において、妊娠中に妊婦が、青魚に多く含まれるDHAやEPAなどの「オメガ3系脂肪酸」を多く取っていると、生まれてきた子どもに対して不適切養育行動(叩く、激しく揺さぶる、家に子どもを1人で放置するなど)を取るリスクが低くなることを明らかにしたと発表した。
同成果は、富山大 学術研究部医学系 公衆衛生学講座の松村健太講師らの研究チームによるもの。詳細は、英精神医学系専門誌「Psychological Medicine」にオンライン掲載された。
なおエコチル調査とは、胎児期(妊娠中)から小児期にかけての化学物質ばく露が子どもの健康に与える影響を明らかにするため、2011年より全国で約10万組の親子を対象として環境省が開始した、子どもがお腹の中にいるときから13歳まで定期的に調査を実施する、大規模かつ長期間の出生コホート調査。
親が子どもにストレス発散などで暴力を振るってしまう虐待や、育児を放棄してしまうネグレクトなどが世界的な社会問題となっており、2017年のユニセフの報告書によれば、世界の2~4歳における子どものうち、4人に3人(3億人)が、母親などの養育者から定期的に虐待を受けているとされている。そのような虐待行為の背景には、精神病理的、社会経済的、環境的などの複数の要因があるとされ、しかもそれらが複雑に絡み合っているような場合もあると考えられることから、これらの要因に介入し対処することは容易ではないと考えられている。
そこで今回、研究チームでは、比較的取り組みやすい要因でありながら、これまでほとんど注目されてこなかった、妊娠中の母親の摂取する栄養、中でも「オメガ3系脂肪酸」の摂取量に注目。生まれた子どもに対する、母親の養育行動との関連性について調査と検証が行われた。
オメガ3系脂肪酸は、「ドコサヘキサエン酸」(DHA)や「エイコサペンタエン酸」(EPA)のほか、「α-リノレン酸」などが知られている。人に対する暴力的・攻撃的行動を抑制する効果があるとされ、また動物実験では母獣の養育行動を促す効果があるという報告もある。
しかし、妊婦以外の人々から得られた結果や、動物の行動がそのまま、妊娠中の母親のオメガ3系脂肪酸摂取量と、生まれてきた子どもに対する不適切養育行動との関係に当てはまるかどうかについてはわかっていない。そこで今回の調査では、9万2191人の妊婦を対象に、妊娠中のオメガ3系脂肪酸の摂取量が、食物摂取頻度調査票を用いて算出されたほか、母親による生まれた子どもへの不適切養育行動を、生後1か月または生後6か月時の自己申告式の質問票への回答から、身体的虐待関連として「叩く」や「激しく揺さぶる」の頻度、ネグレクト関連として「家に1人で放置する」の頻度から評価が行われた。
その結果、妊娠中期および妊娠後期のオメガ3系脂肪酸の摂取量は、生後1か月と6か月時において、赤ちゃんを「叩く」「激しく揺さぶる」「家に1人で放置する」行為が少ないことと関連していることが判明。さらに、オメガ3系脂肪酸の摂取量が増加するほど、生まれた子どもに対するこれら不適切養育行動が減少するという、明確な用量反応関係が示されたとする。
これらの結果は、これまで妊婦以外の人々で示されてきたオメガ3系脂肪酸の暴力的・攻撃的行動の抑制効果および、動物実験で示されてきた母獣の養育行動への促進効果が、母親による生まれた子どもへの不適切養育行動への対策にも有効である可能性を示唆しているという。
ただし、妊娠中のオメガ3系脂肪酸の摂取が、なぜ母親による生まれた子どもへの身体的虐待やネグレクトという不適切養育行動を軽減させるのか、そのメカニズムはまだ明らかになってはいないとするが、母親のストレス反応の低減効果や、抑うつ症状の軽減などの作用経路が考えられるとするほか、生まれた子ども自身の行動変化を介したものなどが考えられるとする。
なお、オメガ3系脂肪酸がたくさん含まれるイワシ、サンマ、アジなどの小型の青魚は、食物連鎖でメチル水銀などの有害物質が濃縮されることはまれであり、妊娠中において摂取量を特に注意する必要はないと研究チームでは説明している。またα-リノレン酸がDHAやEPAに代謝される速度は遅いことから、最初から青魚などを食することでDHAやEPAの形で摂取する方が効率的だという。
また今回の研究の限界として、不適切養育行動の測定を質問票への母親の自己回答から得ていること、生まれた子どもの0~17歳までの期間において生後6か月までしか追跡していないこと、妊婦のオメガ3系脂肪酸の血中濃度ではなく自記式の食物摂取頻度調査票を使用してオメガ3系脂肪酸の摂取量を算出したため必ずしも正確でない可能性があること、などが挙げられており、妊娠中のオメガ3系脂肪酸摂取量と、母親による生まれた子どもへの不適切養育行動のリスク軽減の因果関係を結論づけるには、さらに研究を進める必要があるとしている。