量子科学技術研究開発機構(量研機構)と群馬大学は8月3日、細胞イメージングや極微量ウイルス検出などへの活用が期待される「蛍光ナノダイヤモンド」の検出効率を従来比で100倍以上向上させる新規イメージング手法を開発したと発表した。

同成果は、量研機構 量子生命・医学部門 量子生命科学研究所 次世代量子センサーグループの五十嵐龍治グループリーダー、同・柳瑶美博士研究員、同・神長輝一研究員、群馬大学の花泉修教授、同・加田渉准教授らの研究チームによるもの。詳細は、米国化学会発行の学術誌「ACS Nano」にオンライン掲載された。

蛍光を用いた生体イメージングは、生命科学や臨床医学のさまざまな場面において活用される重要な技術であり、細胞や生体内の分子局在やその機能の解析において、欠かせない技術となっているほか、病理診断やウイルス検査の際にも、蛍光検出に基づく蛍光抗体法やリアルタイムPCR法などとして広く活用されている。

蛍光検出はほかの検出技術と比べて高感度で、ごく少数の細胞や分子(1細胞・1分子レベル)の検出に利用が可能だが、自家蛍光や夾雑物の蛍光など、観たい対象以外からの発光(背景光)が蛍光検出の妨げとなり、偽陽性などの誤った結果をもたらすこともあることが知られている。

  • 蛍光ナノダイヤモンド

    蛍光検出による細胞イメージングの概要と背景光がもたらす影響 (出所:量研機構Webサイト)

背景光に対して、観たい信号光がどのくらい効率的に取り出せているかを表す指標である「信号/背景光比(SBR値)」が1を切ると、分母である背景光の方がまぶしいということになる。つまり、必要な信号光の方が弱いため、検出しづらくなるということであり、偽陽性などを避けるためにはSBR値をできる限り高める必要があるとされている。

  • 蛍光ナノダイヤモンド

    信号/背景光比(SBR値)の比較。SBR値が高いほど文字が識別しやすいことがわかる (出所:量研機構Webサイト)

しかし、SBR値を向上させる阻害要因である背景光は信号光と同じ性質を持つ発光であるため、なかなか取り除くことが難しく、従来の蛍光観察技術でSBR値を高めるのには限界があったという。

量研機構の五十嵐グループリーダーらは、この背景光の問題解決に向け、2012年に背景光を高効率で排除するイメージング技術として蛍光ナノダイヤモンドを蛍光標識剤として活用し、ダイヤモンド結晶中の蛍光体である「NVセンター」の量子操作を利用することで、背景光を高効率で排除することに成功したことを報告している。

この蛍光ナノダイヤモンドとNVセンターを活用したイメージング技術は近年、生きた培養神経細胞のイメージングや、極微量のRNAウイルスの超高感度検出などを実現する「量子診断プラットフォーム」にも活用されているが、このイメージング法は、マイクロ波で電子スピンの状態を操作する複雑なシステムが必要となるため、装置が高価かつ大型といった課題があり、一般的な生物学研究や臨床検査現場への普及がなかなか進まないという課題があったという。

そこで研究チームは今回、そうした課題の1つであるマイクロ波を使用せず、緑色励起光の照射間隔の制御のみでNVセンターのスピン量子状態を操作し、背景光を排除して蛍光ナノダイヤモンドを選択的に検出する新たなイメージング技術を考案した。

この手法では、(1)長周期のレーザーパルス中では乱雑なスピン量子状態を、短周期のレーザーパルス中では秩序的なスピン量子状態を取る、(2)この秩序的なスピン量子状態では、乱雑なスピン量子状態と比較して蛍光強度が増強するという、NVセンターの性質が利用されているという。

  • 蛍光ナノダイヤモンド

    (a)NVセンターの構造。(b)今回開発された技術で利用されたNVセンターの性質。(c)蛍光ナノダイヤモンド選択的な画像の取得方法。蛍光ナノダイヤモンドの輝点では短周期レーザーパルス(左)よりも長周期レーザーパルス(中)では蛍光が弱くなる。蛍光ナノダイヤモンド以外の輝点ではそのような変化は起こらないので、これらの差分を得ることで背景光の影響を受けずに蛍光ナノダイヤモンドのみ選択した画像(右)が得られるのである (出所:量研機構Webサイト)

量子操作を用いた同手法に対し、光学的手法と画像解析手法を組み合わせた結果、蛍光ナノダイヤモンドの検出効率が向上することを確認。一般的な蛍光イメージングと比較した場合、信号/背景光比が100倍以上にもなることが示されたとのことで、これはマイクロ波による量子操作を用いた従来の選択イメージング技術と比較しても1桁以上の検出効率の向上となるとしている。

  • 蛍光ナノダイヤモンド

    従来法と今回の研究で開発された手法との比較。(a)一般的な蛍光検出では蛍光ナノダイヤモンドの発光(信号光)と背景光は区別できないため、計測時間を延ばして信号品質(画質)を高めてもSBR値は向上しない。(b)2012年に五十嵐グループリーダーらが開発した方法では、信号光にのみ強度変調をかけることで、変調の有無で信号光と背景光が区別された。その結果、計測時間を延ばせば延ばすほど背景光は取り除かれ、信号光が増幅されるといった効果が得られたのである。ただし、背景光はノイズも強めてしまうため、背景光の除去効率は不十分だったという。(c)今回の研究で開発された手法では、さらに背景光にも別の強度変調を与えることで、信号光と背景光をより区別しやすくすることに成功したとした。これにより、2012年に開発された技術よりも圧倒的に短時間で効率的にSBR値を向上させることができるようになったのである (出所:量研機構Webサイト)

また、開発した技術をさまざまな生体試料に対して適用することで、その有用性も確認済みで、蛍光染色したミトコンドリアの強い背景光の影響を受けずに、培養細胞中に導入された蛍光ナノダイヤモンドを選択的にイメージングできることも示されたとする。

  • 蛍光ナノダイヤモンド

    開発された手法による培養細胞内での蛍光ナノダイヤモンドの選択イメージング。緑は蛍光ナノダイヤモンド、赤は蛍光染色されたミトコンドリア。ミトコンドリア染色に使用された蛍光分子と蛍光ナノダイヤモンドは同一の蛍光波長帯で発光し、通常の蛍光イメージングでは区別することができない。上段の赤枠内は蛍光ナノダイヤモンドが存在する部位、青枠内は蛍光ナノダイヤモンドが存在しない部位。下段は上段の赤枠内の拡大図 (出所:量研機構Webサイト)

なお、研究チームでは、今回の成果は生命科学研究における蛍光イメージング技術の改善だけではなく、PCR法によるウイルス検査の高感度化による精度向上、高速化にもつながるとしている。また、将来的に、ウイルス感染症だけではなく、血液などに存在する微量のバイオマーカー分子の高感度検出が可能となれば、認知症やがんの早期診断法としても社会実装されることが期待できるともしている。