統計数理研究所(統数研)、東京大学、東京理科大学の3者は7月20日、機械学習のアルゴリズムにこれまでに見つかった準結晶の組成パターンを読み解かせ、機械学習のブラックボックスモデルに内在する入出力のルールを抽出したところ、準結晶とそれに類似した近似結晶の相形成に関する、新しい化学組成を予測できる法則を見出したと発表した。
さらに、機械学習のブラックボックスモデルに内在する入出力のルールから抽出された準結晶相形成に関する法則は、5つの単純な数式で表され、これらは準結晶研究において長年求められてきた物質探索の設計指針になる可能性があることも合わせて発表された。
同成果は、統数研 ものづくりデータ科学研究センターの吉田亮教授(同センター長/総合研究大学院大学 複合科学研究科 統計科学専攻 教授/物質・材料研究機構 招聘研究員兼任)らの共同研究チームによるもの。詳細は、材料科学誌「Advanced Materials」に掲載された。
準結晶は、通常の結晶のような並進対称性はないが、アモルファスのように不規則でもなく、原子の配列に高い秩序性がある固体の三存在形態の1つとして知られている。その特徴としては周期性の制約がないために、周期結晶では許されない5回対称性や、正20面体対称性などの回転対称性を持ち得ることが挙げられる。
最初の準結晶は1984年に発見され、それ以降、これまでに熱力学的に安定な準結晶が100個ほど確認されている。準結晶の多くは、電子物性の異常、絶縁体的な振る舞い、価数揺らぎ、量子臨界性、超伝導などの新しい物理現象の発見をもたらしてきたが、近年は新しい準結晶の発見ペースは低下しているという。
このような傾向は、新しい安定準結晶を合成するための明確な設計指針が確立されていないことが主な原因だという。そこで研究チームは今回、単純な機械学習のアプローチで準結晶を予測することに取り組むことにしたという。
データ解析には、統計数理研究所ものづくりデータ科学研究センターで開発されているオープンソースソフトウェア「XenonPy」が導入された。モデルの入力変数は化学組成、出力変数は、“準結晶”、“近似結晶”、通常の周期結晶を含む“その他”を表すクラスラベルとされた。
学習データには、これまでに発見された準結晶、近似結晶、通常の周期結晶の化学組成が用いられた。このデータで訓練したモデルの3クラス分類問題における予測能力が系統的に調査がなされたという。具体的には、アルミニウムを含む三元合金系を対象に予測された準結晶相が実験相図と比較されたところ、予測精度は約0.728に達したとする。特に、通常の周期結晶はほぼ完ぺきに予測できることが判明したという。
さらに、機械学習のモデルは、「ヒューム=ロザリーの電子濃度則」という準結晶合金の形成に関する経験則を学習していることが判明。機械学習のアルゴリズムが、これまでに発見された準結晶・近似結晶の組成データのみから、この広く知られた経験則を再発見したことが示されたとする。
このほか、機械学習のブラックボックスモデルに内在する入出力のルールを抽出することで、準結晶と近似結晶の相形成に関する法則を解明。この法則は、原子の「ファンデルワールス半径」や「電気陰性度」などに関する5つの単純な数式で表されるとする。
なお、これらの条件について研究チームでは、準結晶研究において長年求められてきた新しい準結晶を探索するための設計指針となるとしているほか、モデルにはほかにも多くのルールが隠されている可能性があるとする。そのため今後は、今回の成果をもとに、固体物理学の中心課題である準結晶の安定化メカニズムを解明することを目指すとしている。