量子暗号技術において世界をリードする企業、Arqitと住友商事が2021年5月20日、量子暗号技術の日本市場における販売代理店権に関するパートナーシップを締結したというニュースが飛び込んできた。

このパートナーシップは、突然のように聞こえるが、実は、2019年から両社の関係は構築されていたようだ。最先端の量子暗号技術を活用したサイバーセキュリティーソリューションの提供に向けて連携していくという。では、量子暗号技術とは何か、量子鍵配送(Quantum Key Distribution: QKD)を紹介しながら、Arqitと住友商事の取り組みについても紹介したいと思う。

独自の量子暗号技術を有するArqitとは?

Arqitとは、量子暗号技術を手がけているイギリスの企業だ。2017年に設立。CEOは、David Williams氏。David氏は以前、AvantiのCEOでEMEA(Europe、the Middle East、Africa)の地域に対して、Kaバンドの衛星通信ビジネスなどを手がけていた。そして、2006年にQuoted Company Entrepreneur of the Year award、2015年にthe Queens Award for Exportという英国ビジネス分野での権威ある賞を受賞しているすごい人物だ。 また、Arqitは、2021年5月12日、SPAC上場を果たしている。その際、住友商事、Virgin Orbitなどから出資を受けているのだ。

では、Arqitはどんな技術を手がけているだろうか。Arqitを語る上で外せないのは量子暗号技術。狭義には、量子鍵配送(QKD)だろう。

では、量子鍵配送とは何だろうか。量子鍵配送は、2者間のうち、1者が情報を発信する際に、量子暗号鍵を使って暗号化し、もう1者が、その量子暗号鍵を使って解読し、高いセキュリティー環境下で情報のやりとりする際の暗号鍵の配送のことをいう。

この暗号鍵の配送は、量子技術を使って行われる。量子鍵配送を用いると、もし盗聴などがあった場合、光子の揺らぎによってその形跡を検知することができる。暗号鍵の配送は、地上の光ファイバーを使って行われるケースもあるが、光子が光ファイバーにより減衰することが課題であり、おおよそ100~500km程度(さまざまな実証が行われ、距離が伸びている)が限界とされているのが課題だ。しかし、衛星を活用すれば、この課題を解決することができ、世界どこでも量子鍵配送ができるので、現在研究開発や実証などが世界各国で行われている。

  • 住友商事が示す量子暗号鍵配送QKDのイメージ

    住友商事が示す量子暗号鍵配送QKDのイメージ(出典:住友商事)

Arqitは、量子暗号技術のさまざまなプロジェクトに従事している。例えば、2018年に英国政府とシンガポール政府が共同でCubesatを使った量子鍵配送プロジェクトを発足。他にもCripta LabNu quantumと共に量子鍵配送の衛星通信の研究を行ったり、QINETIQBTFraunhofer研究所Mynaricと連携して、欧州宇宙機関(ESA)と官民連携で「QKDSat」という量⼦暗号技術を利⽤する通信衛星を開発などしている。

  • QKDsatのイメージ

    QKDsatのイメージ(出典:ESA)

ここまで量子鍵配送の説明をしたのだが、実は、Arqitは量子鍵配送を活用しない独自の量子暗号技術も開発したという興味深い記載が、ホームページにある。

「Arqit has invented a new quantum protocol which solves all of the problems the world knows about, and some that it doesn’t. We don’t do QKD, we invented our own quantum encryption methods which are trustless and provably secure.」

それは、Arqitが開発した「QuantumCloud」というソリューションで、量子暗号技術を提供するクラウドサービスだという。世界の通信の大部分で使われているPKI(Public Key Infrastructure)という公開鍵暗号基盤の技術を大幅に改善し、対称暗号化技術を使っているという。 QuantumCloudは、地上インフラベースで、顧客のエンドポイントで無数の数の暗号鍵を生成することができ、セキュリティーが高い。正直なところ、これ以上の技術的な詳細は不明だが、利用しやすさ、高いセキュリティ、低コストという特徴を有しているという。

そして、Arqitは、Virgin Orbitの「LauncherOne」で 2023年までに2つの量子鍵配送衛星を打ち上げる予定だ。この衛星によりQuantumCloudのクラウドサービスを拡張し、世界中の顧客へと量子暗号サービスを提供するという。

住友商事が量子技術に注力する理由とは?

住友商事は、量子技術に注目し、さまざまな取り組みを開始している。量子技術といっても現時点では特に量子コンピューターや量子鍵配送に注目している印象だ。

量子コンピューティングソフトウェアを開発するイスラエルのClassiqへ出資したり、ベルメゾンロジスコと量子コンピューティングを用いた人材配置最適化の実証を実施したり、2021年3月2日に、量子技術を活用した事業の高度化、新事業創出を目指してQuantum Transformation(QX)プロジェクトを発足したりしている。

QXプロジェクトでは、量子技術の実現によって、火星移住、宇宙旅行、宇宙ゴミの解決、3次元交通管制・空中自動運転、自然エネルギー100%活用のエネルギーマネジメント、サステナブルなフードロス “ゼロ”サプライチェーンなどなど、未来像も紹介されており、興味深い。

QXプロジェクトのコンセプト動画

では、なぜ住友商事は、量子技術に注力しているのだろうか。まず量子技術は、未来においてさまざまな産業での主軸となる技術の一つであることが挙げられる。

この技術によって現在では不可能な事象を可能にしたり、現在可能である事象を、大幅に、精度を向上したり、時間を短縮したり、コストを削減したりすることができるなど、魅力あるポテンシャルを有しているからだろう。

また、住友商事は、広範囲なビジネス領域を持ち、グローバルなリレーションを持つ日本を代表する総合商社。この強みを活かせることが挙げられる。この強みを活かせば、優れた魅力的な量子技術を見つけ出し評価を行い、そして量子技術をどのように社会実装すべきか、さまざまな市場でどんな利活用シーンがありうるかなど、スピーディーかつ的確に精査できるからであろう。

いかがだっただろうか。この量子技術の分野は、“これから”という市場であるが、この市場のポテンシャルの高さ、そしてArqitの量子暗号技術の取り組みや住友商事が量子技術に注力する理由など、今回の記事で知っていただけたら嬉しい。