昨年からの新型コロナウイルスの影響で、脱ハンコ・脱紙業務など、アナログな慣習に対するデジタル化・効率化が求められています。しかし、長年続けてきたやり方を変えるのは、簡単なことではありません。そこで、長年のアナログ業務をデジタルに変えることに成功した事例を紹介します。

紹介するのは、地域密着型のギター音楽教室を運営している「新堀ギター音楽院」。約60年前、杉並区阿佐ヶ谷に教室第1号を構えたのが始まりで、“心の糧になる音楽をすべての人へ”という教育理念を掲げ、現在では東京・神奈川・千葉で23教室(直営)を運営しています。この看板を目にしたことがある方も多いのではないでしょうか。

  • 新堀ギター音楽院の看板

地域密着型の教室運営をしている同社は、教室を構えた後、周辺に必ずこの看板を貼ります。まずは教室周辺のご近所さんに存在を知ってもらう、いわゆる“看板戦略”による集客を、創業からずっと続けてきました。

創業からずっと、電卓と手書き帳簿による売上管理

そんな歴史あるギター教室でもう1つ創業時からずっと変わらないこと、それがアナログな経営管理でした。レジはなく電卓でお金の計算をし、売上に紐づく教室名・生徒名・先生名・入金日・入金内容・入金方法といった情報は、担当の先生がそれぞれ手書きで帳簿に記入するといったスタイルでした。手書きの帳簿はデジタルデータと違い検索性がなく、例えば3カ月ごとや年間など個々人によって支払いサイクルの違うレッスン料については、誰がいつまで支払っているのか、今月徴収すべき生徒は誰なのか、担当の先生が帳簿を目視しながら毎月チェックする必要がありました。

それでも教室数は順調に増え、生徒数が3,000 人を超えた頃、1人の先生が担当する生徒は50人を越えていました。生徒が増える喜びに比例して、レッスン料を管理する先生の負担も、当然ながら増えていきました。また、人が行うが故に生じる帳簿への記入間違いやレッスン料の貰い忘れなど、ミスが目立つようになり、先生任せにしていた売上管理に限界を感じていました。

「いつかは変えたい」、アナログからの脱却

そこでアナログな売上管理からの脱却に抜擢されたのが、経営戦略部の鈴木氏です。

経営戦略部の鈴木氏

「正直、これまでの売上管理の仕方に課題意識を持っているスタッフは多かったです。私も含めた30代のミドル層は特に感じていました。ただ、実際に動き始めるにはきっかけが必要でした。当社の場合は、物理的にもう無理!となったタイミングだったので、変革にはスピード感も重要でした」 (鈴木氏)

そこで同氏は、これまで先生が手書きで記入していたレッスン料に紐づく情報(教室名・生徒名・担当先生名・入金日・入金内容・入金方法)を自動で管理できるPOSレジを導入しようと動き出しました。

POS情報をデジタル化することで、手書きで帳簿をつける手間はなくなり、人的ミスもなくなる。さらに、抽出したデータは自由に加工することもできるので、売上データを細かに分析したり今後の経営に役立てられます。

当初は大手のシステム会社に据え置き型レジの見積もりを出してもらいましたが、全教室一斉導入となると初期費用に一千万円以上かかるため、タブレットで利用できる「ユビレジ」を23教室一斉導入しました。

  • タブレットPOSによる売上管理を実現

タブレットPOS による売上管理を実現

POSレジ導入に関して先生の反応は概ね良好だったそうですが、勤続年数の長い方ほど、これまでのやり方に慣れすぎていて「別に変えなくても・・・」と否定的な意見もあったようです。

導入に際し、各先生へのレクチャーは、教室ごとに日程を分け全て鈴木氏が実施。操作については、特別、困難はなかったそうですが、経理ソフトに売上を入力する際、自動集計された売上データのどの数字を拾えば良いのか、PCの画面とこれまでの手書き帳簿と見え方が違うので、それに経理担当者が慣れるのに少し時間を要したということした。

導入後は、予めPOSレジに登録しているメニュー(レッスン料など)や該当の生徒、その生徒を受け持つ担当の先生を選択し会計するだけで、売上に基づく各種情報は自動でクラウド保存され、その売上は、教室別や担当の先生別に自動で集計されるので、これまで1教室あたり毎月10時間程かかっていた手書き帳簿への記載が不要になりました。

  • これまで帳簿に手書きしていた情報が、POSレジによって自動でデジタルデータ化

同社は現在23教室あるので、合計230時間の事務作業時間がデジタル導入によって効率化されたことになります。これにより、先生は本来の業務であるレッスン準備や生徒とのコニュニケーションに時間を費やすことができます。

さらに、お金の動きを本部が一元管理できるようになったことで、先生ごとの売上が正確に出るようになったことも大きな変革だったということです。

「これまでは手書きの帳簿だったので教室全体の売上しか集計しておらず、手間がかかる先生別の売上集計はしていませんでした。そのため、先生ごとの成績(売上)を本部はなんとなく程度しか把握できていませんでした。それがPOSの導入によって、毎月売上が見える化され、データに基づいた正しい評価をできるようになったことは、経営面から見ても非常にメリットがあったと感じています」(鈴木氏)

「それなりの初期投資とネガティブな意見への説得は必要でしたが、今は、本当に売上管理をデジタル化して良かったと誰もが思っています。看板戦略での集客など、長年培った老舗の成功ナレッジは残しつつ、時代に合わせた経営を今後もしていきたいと思います」と、鈴木氏はPOS導入をきっかけにマーケティグ分野など、さらなるデジタル化にも意欲的でした。

著者:木戸啓太(きどけいた)

株式会社ユビレジ 代表取締役

1985年生まれ、石川県加賀市出身、慶應義塾大学大学院 理工学研究科 データサイエンス専攻 修了。大学院在学中に起業し、2010年8月タブレットPOSレジの「ユビレジ」をリリース。その後「ユビレジ ハンディ 」「ユビレジ 在庫管理」など“カンタンがいちばん”をコンセプトとしたサービスを拡充、2020年6月コロナ禍での非接触オーダーを可能にした「ユビレジ QRオーダー」の提供を開始した。