東北大学と日本原子力研究開発機構(JAEA)は5月13日、強い磁気を内部に秘する“沈黙の磁石”こと「反強磁性体」内部の「キラルスピン構造」が、無磁場中で恒常的に回転する新現象を発見したと発表した。
同成果は、東北大 材料科学高等研究所の竹内祐太朗特任助教、同・学際科学フロンティア研究所の山根結太助教、同・電気通信研究所の深見俊輔教授、同・大野英男教授(現・東北大学総長)、JAEAの家田淳一研究主幹らの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の材料科学および材料工学を題材にした学術誌「Nature Materials」に掲載された。
電子の持つ電気(電荷)と磁気(スピン)の2つを工学的に利用するスピントロニクスの原理により、これまでは温度や磁場でしか変えられなかった磁石の内部状態を電気的に操れるようになった。それは、この四半世紀のスピントロニクスの研究開発における中心的な課題であり、世界中の研究者たちによって磁石内部の磁気構造の挙動が明らかになり、そしてさまざまな制御方法が開発され、工学的な利用が進展しつつある。
そうした背景のもと、研究チームが独自に開発した高品質ノンコリニア反強磁性薄膜において今回発見したのが、「キラルスピン構造の恒常回転運動」という新現象だという。
今回の研究成果を従来技術と比較すると、今回の研究で扱われたノンコリニア反強磁性体は、「コリニアフェリ磁性体」や「コリニア強磁性体」といったこれまで研究が行われてきた材料系と比べて膜厚が厚く、かつ磁場で操作しにくいものを電流で効率的に制御できることが示されたという。
また、今回の研究では、独自開発の高品質薄膜形成技術を用いて、代表的なノンコリニア反強磁性材料であるマンガン-スズ合金「Mn3Sn」を、タングステンとタンタルの積層下地膜上に堆積させた上で、白金でキャップした構造を作製。膜面内方向に電流を導入したときに、Mn3Snのキラルスピン構造に誘起される現象の分析が実施された。その結果、膜面内方向に導入された電流により、タングステン/タンタル下地層および白金キャップ層における「スピンホール効果」を介して膜面直方向にスピンの流れが生じ、それが非共線的に配列した磁気モーメントに作用することでキラルスピン構造が恒常的に回転することが明らかとなったという。
また理論計算から、この回転の速度はおよそ1GHz以上であり、モーターと同様に導入する電流の大きさに応じて回転速度が速くなることも確認された。
今回の研究で扱われたノンコリニア反強磁性体は、磁気モーメントが安定状態で非共線的に配列していることを特徴とする反強磁性体として知られ、従来手法では制御する術がないことから「沈黙の磁石」などといわれ、長らく工学的利用価値は限定的と考えられてきた。
しかし今回の研究結果により、その認識が大きく改められることになると研究チームでは説明する。例えば、今回発見されたキラルスピン構造の恒常回転現象は、運動の周波数が電流で連続的に変調できるという点で、強磁性体の発振・共鳴とは異なるとするほか、運動が恒常的に継続するという点で、磁化やキラルスピンの反転、ネールベクトルの回転とも異なるともしており、これまでの磁石の電気的制御の研究で観測されてきたいずれの現象とも一線を画すものだという。
そのため、研究チームでは今後、今回のキラルスピン構造の恒常回転運動を利用することで、広い周波数帯をカバーする発振器や、信頼性の高い物理乱数生成器など、従来技術では実現できない新機能スピントロニクス素子の実現へと繋がっていくことが期待されるとしている。