宇宙航空研究開発機構(JAXA)は3月5日、小惑星探査機「はやぶさ2」に関するオンライン記者説明会を開催し、回収した再突入カプセルの解析状況について報告した。カプセルは再突入時、空力加熱による超高温に曝されるが、飛行中の計測データから、カプセル内は常温を大きく超えない程度の温度に抑えられていたことが明らかになった。
カプセル本体は新品同様の美しさ
再突入カプセルは、小惑星で採取したサンプルを地上まで届けるための飛行システム。カプセルの中には、2回のタッチダウンで取得した大切なサンプルが格納されている。リュウグウのようなC型小惑星では、有機物や水の存在も期待されるが、高温にすると変質してしまうため、温度を一定以下に抑えることが求められていた。
高熱からカプセルを守るため、重要な役割を持つのが「ヒートシールド」である。ヒートシールドはCFRP製で、前面と背面の2枚を装備。高熱に曝されると、表面から溶けて炭化が進むが、熱分解でガス化する際に熱を吸収することを利用し、内部への熱の伝わりを抑える。こういった素材は「アブレータ」とも呼ばれる。
今回、初公開されたヒートシールドの画像を見ると、前面側は一様に黒く炭化しているのに対し、背面側は金色のカプトンテープが一部溶け残っていることが分かる。これは、進行方向である前面の方がより高熱になるためで、前面ヒートシールドの表面は3000℃程度という高温になると推測されている。
ただ表面がこれほどの高温であっても、再突入カプセル担当の吉原圭介氏によれば、「内側は非常に綺麗な状態だった」という。これは、ヒートシールドの熱防御がうまく機能したことを意味しており、その内側にあるカプセル本体「インスツルメントモジュール」も、「打ち上げ前に見た姿とほぼ変わらないまま帰ってきた」そうだ。
ちなみに、はやぶさ初号機の背面ヒートシールドも、同様にカプトンテープが溶け残っていたが、はやぶさ2の方がやや少ないようにも見える。これについては、「再突入時の加熱の違いによるものなのか、降下中の風が影響しているのかは、今後の分析が必要」(同)とした。
日本で初めて飛行データを取得
再突入カプセルの機能はほぼ初号機と同様だが、はやぶさ2で新たに追加された装置が「再突入飛行計測モジュール」(REMM:Reentry Environment Measurement Module)だ。これは、飛行中の加速度と角速度、9カ所の温度を計測できるもの。相模原で搭載電子機器部にアクセスしたところ、データの正常な取得が確認できたという。
REMMは、再突入(高度200km)の50秒前から計測を開始。420秒間(7分間)のデータを保存し、その容量は約1MBとなる。このREMMの目的は、飛行中の運動データと温度データを調べることである。
まず温度は、サンプルが変質するような高温になっていなかったか、確認するためだ。要求されていたのは「80℃以下」であることだったが、前述のように常温を大きく超えない程度だったことが分かり、吉原氏は「大きく余裕を持った快適な環境で地球に送り届けることができた」と、安堵の表情を見せる。
そして運動データであるが、これは将来のサンプルリターンミッションのための知見として、非常に重要だ。はやぶさ2のように、惑星間軌道から超高速で再突入する機会はそもそも少なく、経験は十分とは言えない。カプセルがどのような運動をするか、まだ分からないことも多く、実際のデータで確認する必要がある。
たとえばカプセルのロール回転だ。カプセルは探査機からの分離時に回転を与えられ、真空中ではスピン安定で姿勢を維持する。この回転は再突入後、空気抵抗によりどこかで止まるのだが、空気が濃くなってからはカプセル形状による空力安定が働くので問題はない。ただ、空気が薄いうちに回転が止まってしまうと、姿勢が不安定になる恐れがある。
初号機のカプセルは無事帰還しており、問題は無かったはずだが、飛行中の運動を計測する機能が無かったために、実際にどう飛行したのかは分からなかった。はやぶさ2では、電子技術の進展により、装置の軽量化が可能になったことで、REMMを搭載できた。惑星間軌道からの再突入で飛行データを取得したのは、日本ではこれが初めて。
ところで、はやぶさ初号機が地球を出発する前年の2002年、H-IIAロケット2号機への相乗りとして、「高速再突入実験機」(DASH)が打ち上げられた。これは再突入カプセルの飛行実証が目的だったが、分離に失敗し、実験は中止となっていた。カプセル担当の山田哲哉氏は、「今回の計測は18年ぶりの悲願の達成」と、嬉しさを表現した。
カプセル一般公開の見どころは?
初号機のカプセルは全国で展示され、各地で長い行列ができる人気ぶりだったが、はやぶさ2ではまず、相模原市立博物館(3月12日~3月16日)と国立科学博物館(3月27日~4月11日)での展示が決まっている。今回、展示されるのは以下の5点だ。
- 前面ヒートシールド
- 背面ヒートシールド
- インスツルメントモジュール構体
- 搭載電子機器部
- パラシュート
展示の見どころについて、吉原氏は「インスツルメントモジュールや搭載電子機器部は、新品なんじゃないかというくらい、美しい状態が維持されている。カプセルが空力加熱から内部を守ったことを端的に表しているものとして、この内部の美しさをぜひ見て欲しい」とコメントした。
一方、山田氏は「じつはパラシュートを開くのは結構大変。背面ヒートシールドの上には、“キノコ”と呼ばれる出っ張りがあって、そこに直径1.5mmくらいの小さな穴が空いている。細かな工夫が見えるので、ここにも注目して欲しい」と述べる。
両面のヒートシールドは、貝柱のような構造で繋がっており、ここを火工品で切断。ガス圧のピストンで背面ヒートシールドを押し出し、吹き飛んだ背面ヒートシールドがパラシュートを引っ張り出すという仕組み。ただカプセル内が真空のままだと、大気圧で押さえつけられ、ヒートシールドが離れてくれない。
この穴は、少しずつ空気を入れ、内側と外側の圧力差を小さくするためのものだ。穴が大きすぎると、内部に熱が入りすぎるし、穴が小さすぎると、パラシュートを開けない。その微妙なさじ加減が1.5mmというわけで、小さな穴1つにもこれだけの工夫があるのだ。
なお現時点で展示が決まっているのは上記の2カ所のみだが、初号機のときのような全国の巡回展示については、「今後検討していきたい」(吉川真ミッションマネージャ)とのことだ。
初号機のときは、これだけ多くの地域で巡回展示が行われた https://www.isas.jaxa.jp/j/topics/event/2010/0730_capsule.shtml
C室サンプルも重量測定と観察を開始
また説明会では、キュレーション作業の状況についても紹介があった。サンプルキャッチャーA室に続いて、C室のサンプルも観察用容器に取り出し、重量測定と光学顕微鏡観察を開始したという。サンプルは今回も3皿に分けられ、重さは0.56g、0.44g、0.51gで合計1.51g。このほか、大きめの10~15粒程度が別に採取されているそうだ。