東京工業大学(東工大)、神奈川県立産業技術総合研究所(KISTEC)、奈良県立医科大学(奈良医大)の3者は3月4日、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対して高い不活化効果を示す複合酸化物を開発したと発表した。

同成果は、東工大 物質理工学院 材料系の伊東拓朗大学院生、同・磯部敏宏准教授、同・松下祥子准教授、同・中島章教授、KISTEC 研究開発部の砂田香矢乃常勤研究員、同・永井武常勤研究員、同・石黒斉サブリーダー、奈良医大 微生物感染症学講座の鈴木由希大学院生、同・中野章代助教、同・中野竜一准教授、同・矢野寿一教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、オランダの科学誌「 Materials Letters」に掲載された。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の予防や拡大の抑制を実現するため、抗ウイルス材料が求められている。抗ウイルス材料には有機系と無機系があり、無機系は歴史が浅いものの、その優れた効果がわかってきたことから、近年は研究が増加してきているという。無機系は、比較的広い温度範囲でさまざまなウイルスに対して効果を発揮するものが多いことや、ウイルスが耐性を獲得しにくいなどの理由から、抗ウイルス材料として期待されている。

無機系の代表としては、銅などの金属イオンが高い抗ウイルス活性を示すことが知られている。ただし銅は、酸化により抗ウイルス活性の低下を招くことが問題となっている。また二酸化チタンなどの光触媒材料も抗ウイルス材料だが、光照射を必要とするため、暗所では活性を発現しない。そのほか、石灰(酸化カルシウム)や酸化亜鉛にも抗ウイルス活性があることは知られているが、土壌のアルカリ化や活性の経時劣化、活性の低さなどの課題を抱えている。

無機系で決め手となる抗ウイルス材料はこれまでのところなく、今挙げた材料がそれぞれ抱えている課題を克服した新たな抗ウイルス材料の開発が求められていたのである。

2019年、東工大の中島教授が率いる研究チームは、自己撥水性が報告されている酸化ランタンと、抗菌活性が報告されている酸化モリブデンを組み合わせた複合酸化物である「La2Mo2O9」(LMO)の抗菌・抗ウイルス活性の分析を行った。

その結果、LMOは暗所において細菌(大腸菌と黄色ブドウ球菌)とウイルス(バクテリオファージQβおよび同Φ6)に対し、高い抗菌・抗ウイルス活性を発現する特徴的な酸化物であることを解明した。またLMOは、インフルエンザウイルスが感染するMDCK細胞(イヌの腎臓より分離された上皮の研究用培養細胞)に対する毒性がないことも判明。

無機系の抗ウイルス材料として期待されたが、実は苦手としているものがあった。LMOは大腸菌、黄色ブドウ球菌、そしてウイルスQβに対する活性と比較して、エンベロープ型ウイルスであるΦ6に対する活性が低かったのだ。

ウイルスはエンベロープ構造を持っているかいないかで、大きく2種類に分けることが可能だ。どのウイルスも、ゲノムを取り囲むタンパク質の殻である「カプシド」があり、一部のウイルスではそのカプシドを覆うようにして膜状の構造であるエンベロープがある。肝心なことは、SARS-CoV-2もそのエンベロープ型のひとつだということ。つまりLMOをSARS-CoV-2に対する抗ウイルス材料とするためには、この活性を高めることが大きな課題だったのである。

この課題を検討する過程において、中島教授らはLMOのランタンの一部を同じ希土類であるセリウムに置き換えることで、Φ6に対する活性が高まることを発見。そこで中島教授らは今回、LMOのランタンをすべてセリウムに置換した複合酸化物の合成を試みたのである。

ランタンとは異なり、セリウムは複数の価数を持つことから、セリウムとモリブデンを含む複合酸化物では作製条件のわずかな違いでさまざまな結晶相が出現してしまうため、単層粉(単一結晶相からなる粉末)を得られにくいことが難点である。

そこで中島教授らは合成条件や出発材料を変更しながら、単層粉の作製実験を繰り返して適切な条件の探索を続けた。そして、高温高圧の熱水の存在下で行う化合物合成法である「水熱合成法」を用いることで、「モリブデン酸セリウム(γ-Ce2Mo3O13:CMO)」の単相粉の合成に成功したのである。

CMOについて、KISTECの石黒サブリーダーらがQβとΦ6に対する抗ウイルス活性評価およびタンパク質変性試験を実施し、また奈良医大の矢野教授らが新型コロナウイルスに対する抗ウイルス活性評価を実施。その結果、Φ6だけでなく、同じエンベロープ型のSARS-CoV-2に対しても高い抗ウイルス活性を発現することが見出されたのである。さらにLMOと同様に、MDCK細胞に対する毒性も少ないことが確認された。

  • 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対して高い不活化効果を示す複合酸化物

    材料別のSARS-CoV-2の生存量の変化。グラフの縦軸はSARS-CoV-2の生存量を対数で表示されている。測定はISO規定のフィルム密着法が用いられた。ガラス上のウイルス量は変化しないが、LMOにCeを10%添加したLCMOはウイルス濃度が6時間で約1.5桁(約1/30)に低下する。CMO粉末では4時間でウイルス濃度は4桁以上(1/1万以下に)低下することが見て取れる。この活性はMoO3よりも高く、Ceと組み合わせることの効果が確認できる (出所:共同プレスリリースPDF)

  • 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対して高い不活化効果を示す複合酸化物

    上記の実験において、4時間の時点での(a)ガラスと、(b)CMOの違い。宿主細胞が正常に生きていると青色に染色されるが、ウイルスが存在すると宿主細胞が死滅し染色されないため、透明なプラークが形成される。ガラス上ではウイルスが存在し、大量のプラークが存在するが、CMOにはプラークがまったくなく、ウイルスが検出限界まで不活化していることが確認できる (出所:共同プレスリリースPDF)

CMOの抗ウイルス機構は完全に把握されたわけではないが、溶出したモリブデン酸イオンとともに、微量のセリウムイオンが関与していることが示唆されたという。

医療従事者のためのワクチン接種が2月から日本でも始まり、4月には高齢者向けにもスタートするが、もっと下の世代まで行き渡るにはまだしばらく時間がかかることが予想されている。このようにワクチンが普及するまではまだ時間がかかるため、その間、経済活動や社会活動を維持するためには、感染の予防や拡大抑制に関する技術が、治療法の確立やワクチンの開発と同様に重要だ。

今回の研究成果は、ワクチン頼みのSARS-CoV-2対策からのゲームチェンジとなる新たな道を開く可能性があるという。そして、それだけではなく、近年、日本において頻発している大規模自然災害による被災地での衛生環境確保の面においても、有効な技術となる可能性があるとしている。

LMOについてはすでに試作をスタートさせており、また今回開発したCMOについても速やかに試作を開始し、早急な実用化を目指すとしている。