セイコーウオッチのオンラインサミット2021では、新製品の発表とともに、時計製造の現場に携わるスタッフによるトークライブも行われた。
セッションのひとつでは、新作のプロスペックス「1959 アルピニスト」そして「1970 メカニカルダイバーズ」を例に、「復刻デザイン」と「現代デザイン」の考え方について、セイコーウオッチのデザイナー・岸野琢己氏が解説。岸野氏は現在、グローバルに展開するプロスペックスのデザインおよびディレクションを手がけている。トークライブのダイジェストをお届けしよう。
セイコーの時計文化を「継承」する復刻デザイン
―― 「復刻デザイン」と「現代デザイン」の根底には「継承」と「進化」といった考え方があると思います。オリジナルの要素を大切にする一方、新しさを取り入れたり異なる方向性を追求したりすることは難しいと思うのですが、そのとき岸野さんが意識していることややりがいなどについてお聞かせください。
岸野氏:継承と進化の実現には、過去から何を受け継いで、未来へどう伝えていくかを深く考える必要があります。「何を受け継ぐか」を考える上では、オリジナルが持つ本質に迫り、抽出すべきエッセンスを見極めます。この思考過程自体に面白さと難しさが同居していて、そこにはやりがいを感じますね。
また、抽出したエッセンスをどのように発展させるかによって、そのモデルの進化、すなわち「どう未来へ伝えていくか」も変化します。オリジナルのモデルに込められた本質を見失わず、エッセンスの個性や特性をどこまで引き出せるかを強く意識しています。
―― 「継承」が強く意識されたモデルが「復刻デザイン」に当たるかと思いますが、この復刻デザインモデルを制作するにあたり、どのようなことを心がけていますか?
岸野氏:まずはオリジナルモデルの時代背景を徹底的に調べます。当時の機構や技術は設計図面などの資料を調べて特徴を考察します。そして現代の製品企画であったり安全基準、加工技術、いま使えるムーブメントを照らし合わせて、相応しいものをチョイスしていきます。このように最新の環境で、できる限り当時のものを再現しようとする試みが復刻デザインになります。
特に古い製品では、図面が残っていたとしても手書きのものだったりして、それをそのままトレースしても現存するオリジナルモデルの実物とは異なる雰囲気になってしまうことも多いんです。実物と図面とを照らし合わせて違いを見出していく作業は、毎回苦労しますね。
―― 図面と実際のモデルで微妙に差があるんですね。
岸野氏:手書きの図面からは、作り手の意思を感じ取ることができます。その意思が腕時計という形になったとき、どう表れたか。これを読み解く過程は大変ですが、同時に、この仕事の面白さのひとつです。
―― 単なるトレースではなく、モデルの雰囲気や作り手の意思まで汲み取って再現されているのですね。
「進化」の方向性を決める現代デザイン
―― 「現代デザイン」についてはいかがでしょうか。
岸野氏:現代デザインでは、当時の設計者の思想や哲学などをひも解いて、想像を膨らませることから始めています。どのような時計を作りたかっただろうか、あるいはどのような思いを込めてものづくりをしていたのだろうか。それを現代に当てはめると、どのようなストーリーになるだろうか。
そういったオリジナルモデルのデザイン哲学、個性を形作る要素を深く考察して、残すべき本質の部分を見つけ出し、現代においてどう発展させていくか。それが、現代デザインを考える上で最も意識していることですね。
―― 今回、1959 アルピニストと1970 メカニカルダイバーズで復刻デザインと現代デザインが登場しますが、なぜこの2つの考え方(復刻デザインと現代デザイン)が誕生したのでしょうか?
岸野氏:過去の名作を重要な資産として、未来へ伝えていきたかったからです。2つのデザイン哲学はそれぞれ少し異なった役割を持っています。セイコーは多くの方々に手に取っていただけるよう、本当に多くの時計を作り続けてきました。
それは飽くなき探求心と挑戦し続けてきた歴史による賜物でしょう。復刻デザインは、その過去をひも解いて歴史的なモデルを現代に蘇らせることで、セイコーのヒストリーを知っていただく重要な役割を持っています。
岸野氏:一方で、我々は過ぎ去った時間や製品を過去の産物としてとらえておらず、次の時代に紡ぐ糸のようなものであると考えています。それを伝える役割を担うのが現代デザインです。これまでの歴史に敬意を払いつつ、革新を続けるこの考え方こそ、セイコースポーツウオッチが長年、多くのお客さまにご支持をいただいている大きな理由だと考えています。
―― 最後に、これまで岸野さんが手がけた中で最も思い入れのあるモデルはどれか教えてください。
岸野氏:どれも思い入れはありますが、最近ではやはり1959 アルピニストの復刻デザインでしょうか。この時計が持つシンプルながら強い個性に目を奪われて、当時の資料が残っていないか社内を駆け回って探しました。すると、発売当時の社内向けに掲載された白黒写真が1枚だけ、セイコーの資料館に残っていたんです。
それをきっかけに、さまざまな伝手(つて)をたどってようやくオリジナルモデルを入手できました。手にしたときは感動しましたね。非常にコンパクトなサイズながらも細かい造形まで本当に気が遣われていて、魅力あふれる時計でした。その魅力を何としても後世に伝えていきたいと思い、随所に気を配りながら慎重にデザインしたのを覚えています。
―― そのぶん、思い入れもひとしおというわけですね。今回は、セイコー プロスペックス デザイナーの岸野さんに「復刻デザイン」と「現代デザイン」についてお話を伺いました。ありがとうございました。