東京工業大学(東工大)、海洋研究開発機構(JAMSTEC)、東京大学、東邦大学の4者は2月22日、約6500万年前の白亜紀/古第三紀境界(K/Pg境界)に形成されたメキシコのチクシュルーブ・クレーター内部の掘削試料を対象に、小惑星物質中に特徴的に含まれるイリジウム元素の化学分析を実施し、小惑星物質が衝突由来の堆積物最上部に濃集していることを明らかにしたと発表した。

同成果は、東工大 理学院 地球惑星科学系の石川晃准教授、JAMSTEC 高知コア研究所の富岡尚敬主任研究員、東大大学院 理学系研究科の後藤和久教授、東邦大 理学部の山口耕生准教授、ブリュッセル自由大学のスティーブン・ゴデリス教授、イタリア・パドバ大学の佐藤峰南博士らの国際共同研究チームによるもの。国際深海科学掘削計画(IDOP)の一環として行われた第364次研究航海「チクシュルーブ・クレーター掘削計画」の一環として発表された。詳細は、国際学術誌「Science Advances」に掲載された。

イタリアのグッピオにおいて、K/Pg境界のイリジウム異常濃集層が1980代初頭に発見されたことで、小惑星(巨大隕石)が白亜紀末に落下したとする仮説が提唱された。イリジウムは地球表層ではまず発見されない希少な元素であるため、発見されたらほぼ小惑星や隕石などがもたらした宇宙由来と考えられる。このときは、約12kmという小惑星が落下したと推定された。そして、その結果として恐竜などの多くの種が滅んだとする仮説が誕生したのである。

  • チクシュルーブ・クレーター

    イタリアのグッピオで1980年代初頭に発見されたK/Pg境界のイリジウム異常濃集層。ペン先の赤褐色粘土層が境界に相当 (提供元:ブリュッセル自由大学Philippe Claeys教授、出所:東工大プレスリリースPDF)

しかし、それだけの巨大な小惑星が落下したのにその証拠となるクレーターが残っていないことから、当初、恐竜の滅亡が小惑星の落下によるものとする説には反対意見も多かった。それが、後にメキシコ・ユカタン半島にその証拠となる巨大クレーターが発見され、約6500万年前に小惑星が落下、白亜紀を終わらせて恐竜たちを滅亡させ、古第三紀という新しい地質的年代に突入させたとする説が今では定説となっていったのである。

小惑星の落下を示す証に対してはその土地の名を与えられ、チクシュルーブ・クレーター(チチュルブなど、日本語表記は複数あり)と呼ばれている。直径は約200kmほどと巨大なもので、その大半は海底にあることから(地上部分だけではリング構造がわからない)、長い間発見できなかったのである。

白亜紀末の恐竜たちの滅亡は、地球史上で多数の生物種が絶滅した「ビッグファイブ」と呼ばれるイベントの最も新しいものである。そうしたこともあり、数多くの研究が行われてきた。隕石衝突に関する研究は現在も世界中で続けられており、IDOPの第364次研究航海は、「チクシュルーブ・クレーター掘削計画」として、2016年4月から5月にかけて実施された。

IDOPは日本も参加する国際プロジェクトで、2013年にスタートし、現在は23か国が参加する。第364次研究航海には日本人研究者も4名が参加した。IDOPの主力掘削船の1隻は日本が誇る地球深部探査船「ちきゅう」だが、今回は石油採掘プラットフォームのような体勢で掘削を行える「マートル号」が活躍した。

  • チクシュルーブ・クレーター

    チクシュルーブ・クレーターの掘削に用いられたマートル号 (提供元:The University of Texas at Austin, Jackson School of Geosciences、出所:東工大プレスリリースPDF)

今回掘削が行われた場所は、チクシュルーブ・クレーターのピークリングと呼ばれる部分。クレーターのサイズが数十km以上になると、クレーターの内部に環状の隆起構造が生じるようになり、それがピークリングと呼ばれる。

ピークリングは、ある程度の高さから水面に水滴を落とした際、スローモーションで見ると、まず落下地点の周囲に王冠のような環状の大きな波が立ったあと、水滴の落下地点中央が大きく跳ね上がるのと同じだ。それが惑星や衛星などに落下する隕石のサイズが巨大になると同じことが起き、あまりの衝撃と高温によって固い地殻が瞬間的に液状化し、クレーターとピークリングができあがるのである。チクシュルーブ・クレーターは直径が約200kmという巨大クレーターのため、ピークリングは中心部から約45kmの距離に形成されている。

掘削によって得られたコア試料からは、さまざまなことを知ることができる。これまで、この掘削コア試料を用いた研究により、大規模な小惑星衝突に伴うクレーターの形成プロセスや直後の環境変動、生態系の回復速度などが詳細に復元されてきた。しかし、まだ解明されていない部分もある。そのひとつが、落下した小惑星由来の物質が、クレーター内部にどのように分布しているのかだった。

今回得られたコア試料は全長約830mにおよぶ。上部から小惑星衝突後の時代(古第三紀)の堆積物、衝突由来の堆積物、掘削海域の基盤岩盤という順だ。衝突由来の堆積物の厚さは約130mで、その詳細な地球化学分析が行われた。地球化学分析とは、地球(コア試料)を構成する岩石、鉱物、大気、海水、生物などに含まれている元素、あるいは元素の同位体や化学種の絶対濃度・相対濃度などを決定する化学分析の総称である。

分析の結果、ピークリングを覆っている、衝突に由来する堆積物の最上部から、イリジウムの濃度が上下の層と比較して約30倍も多い(~1ng/g)層が発見された。この高い濃度は意外なことだったという。

  • チクシュルーブ・クレーター

    衝突由来の堆積物最上部層および上位の古第三紀石灰岩層における掘削コア試料のスキャン画像。イリジウムが高濃度で含まれているのは、暗褐色の細粒な粘土層と灰緑色の石灰岩層の境界部 (提供:Onshore science party of IODP-ICDP Expedition 364、出所:東工大プレスリリースPDF)

小惑星が落下したのだから、落下地点に小惑星由来の物質が残っていても何ら不思議ではないと思うかもしれないが、小型の隕石が落下して地表を少し凹ませた程度の話ではない。落下したのは、推定で約12kmとされる小惑星である。それが地殻に衝突した際に解放される衝撃は計り知れないものがある。

衝突によって重力エネルギーが高熱となって解放された際に、小惑星本体は一気に気化し、衝撃でクレーター外へと吹き飛ばされたと考えられていた。実際、クレーター外に放出されたからこそ、気流に乗るなどして、世界中の白亜紀と古第三紀の境界であるK/Pg境界層でイリジウムが発見されているのである。

それでも落下地点にも小惑星の一部は残る可能性はもちろんあるのだが、クレーターは一部陸域にあるものの、落下地点そのものは海洋である。大量の海水が一瞬にして蒸発し、落下そのものの衝撃や海底地形の激変などによって巨大な津波も発生。蒸発した海水を補うべく、クレーターのできた一帯にも大量の海水が流れ込んだことだろう。さらに想像を絶するカタストロフ的な激震、そして衝突の大爆発による衝撃波など、まさに天変地異だったことは想像に難くない。クレーター深部にまで及ぶ激しい熱水活動が生じていた証拠も発見されていることから、小惑星由来の物質そのものの痕跡は消失していてもおかしくないと懸念されていたのである。

しかし今回の分析により、小惑星由来のイリジウムは、クレーター内部にも高濃度で保存されていることが明らかとなった。これは非常に重要な物的証拠であり、衝突地点と世界中のK/Pg境界層に記録されている時間軸を正確にそろえることが可能となるという。

また、衝突後の濁った海水から堆積した粘土層の最上部にイリジウムが濃集しており、そのことは小惑星由来の物質を含む噴出物が大気中に飛散され浮遊したのち、衝突後の数年から数十年のうちに降り積もった可能性を示唆するとしている。大規模な衝突により飛散した物質の大気・海洋を含めた拡散過程を詳細に理解する上で、重要な制約条件となるとしている。

さらに、これまで世界中から報告されたイリジウム高濃度層(K/Pg境界層)とクレーター内部の堆積層との間の「層序対比」(地層の分布・産状・化石などを鍵層として離れた地域間における堆積物を比較し、同一時間面を決定する地質学的手法)を基に、大規模な小惑星衝突により放出された物質の地球全体への拡散過程や、白亜紀と古第三紀の境界における大気や海洋環境の変動がより詳細に復元されることが期待されるとしている。