岡山大学は2月12日、長期の宇宙生活で起こる筋肉の萎縮や骨量の減少など、動物や植物が重力を感知する仕組みに関する、これまでの膨大な研究成果を概括した総説論文を発表したとした。なお、今回の論文はJAXAの古川聡宇宙飛行士を代表とし、日本の宇宙生物学・医学研究のエキスパートが結集した研究プロジェクト「宇宙に生きる」の成果の一部として執筆されたことも合わせて発表された。
同成果は、岡山大大学院 医歯薬学総合研究科 システム生理学研究室の高橋賢研究准教授、同・成瀬恵治教授を中心とした、東北大学、羽衣国際大学、埼玉大学、山口大学、名古屋大学、国立循環器病センター、国立障害者リハビリテーションセンター、信州大学、理化学研究所の研究者が参加した共同研究チームによるもの。詳細は、英国のnature publishing group発行の科学誌「NPJ Micrograivty」に掲載に掲載された。
月面での探査と恒久基地の建設を目的とした「アルテミス計画」が、NASAを中心に、JAXAも含めた国際協力で進行中だ。計画では、1972年12月のアポロ17号以来、52年ぶりとなる2024年に、男女の宇宙飛行士計2名が月面に降り立つ予定となっている。また、民間によるロケットや宇宙往還機などの開発も活発化し、宇宙旅行サービスも現実となりつつある。つまり、これまでは特別な訓練を受けたほんの一握りの宇宙飛行士たちぐらいしか行けなかった宇宙に、費用さえ用意すれば誰でも行ける時代になってきたのだ。
しかし、弾道飛行のような宇宙の玄関口に少しだけ行くような短時間の宇宙旅行ならまだしも、宇宙への長期間の滞在となると、人体への影響が出てくる。滞在期間が長くなればなるほど、筋肉は痩せ衰え、骨はカルシウムが抜けることでもろくなって骨粗鬆症のようになってしまう。数ヶ月以上の長期間の滞在を経て国際宇宙ステーションから帰還した宇宙飛行士は、帰還直後は自らの足で立つのもままならないほど衰えてしまうのだ。
このように微小重力環境が人体に影響を及ぼすことはわかっているが、なぜ筋肉が萎縮し骨量が減少するのか、実はその仕組みそのものはまだ完全に解明されていない。今後、人類の宇宙進出が加速していったとき、民間人も含めて安全な活動を行うためにも、微小重力環境の人体への影響を今まで以上に研究する必要がある。そのため、これまで蓄えられた多数の研究成果を概括する必要性が高まっていたのである。
植物は光による刺激がなくても、地上において上方に茎を、下方に根を伸ばすことが可能だ。これは「重力屈性」と呼ばれ、植物細胞が重力を感知し、細胞内・細胞間で情報伝達をすることによって行われていることが、これまでの研究からわかってきた。
そして植物と動物では生物として大きく異なるが、重力という物理的な刺激を細胞が感じ取る仕組みには、細胞の骨格を形成するアクチンというタンパク質の働きなどに共通点があることも明らかとなってきた。さらに、宇宙での長期滞在で筋肉の萎縮や骨量の減少などが起きる原因は、それぞれの組織における特有の重力感知・応答機構にあることなどもわかってきている。
今回の総説論文では、こうした動物と植物が重力を感知する仕組みに関して、膨大な研究成果が概括されている。共同研究チームでは、今回の発表が同分野のさらなる研究を加速させ、長期の宇宙滞在が人体に及ぼす影響の原因解明と、その解決につながることを期待しているとしている。