2021年はブラウザ「Safari」の存在がこれまで以上に重要になりそうだ。FacebookやGoogleほどではないが、独占に関してAppleにも厳しい目が向けられているからだ。Appleの場合、問題視されているのはApp Storeにアプリの提供が限定されるApp Storeのビジネス手法であり、App Storeに縛られることに反旗を翻す動きが広がっている。

iPhoneやiPadと同じARM系のSoCであるM1を搭載したMacが登場し、Appleの全てのデバイスで利用できるアプリの開発が容易になってきた。それはより多くのデバイスにアプリを提供できるチャンスを開発者にもたらし、iOS/iPadOSアプリとMacアプリを一貫した体験で利用できる環境はユーザーにとって便利で生産性も上がる。だが、プラットフォームの囲い込みと見なされるリスクをはらむ。

そうした批判に対して、Appleは同社のデバイスにおいて、Webアプリを通じて自由にサービスや機能を提供することを認めている。例えば、昨年ストア規約の制限でゲーム・ストリーミングのアプリをiOSアプリで提供できないことが批判されたが、AmazonがWebアプリを通じた提供に乗り出し、MicrosoftやGoogleも追随している。「ネイティブアプリか、Webアプリか」という論争があるが、Webアプリの実行環境としてSafariを強化することで、AppleはApp Storeアプリが重要な役割を果たすプラットフォーム戦略を積極的に押し進められる。

  • 昨年リリースされた「Safari 14」は、ページロードやブラウジングパフォーマンスが向上、Web Extension APIをサポートする

2021年のAppleを見通す上で重要なテーマになりそうなのが「ニューノーマル」だ。2020年のまとめでも「同じことを言っていた」という声が聞こえてきそうだが、昨年のニューノーマル対応は、コロナ禍(およびポストコロナ禍)において製品開発や製品提供を遂行できる体制に移行するApple自身の対応だった。今年のニューノーマルへの対応は、新しい生活スタイルや社会のニーズに応える製品やサービスの提供である。

例えば、昨年7〜9月期決算発表で、Tim Cook氏が今後の大きな可能性として「コンタクトレス(非接触)」を挙げていた。世界的に非接触決済の利用が急伸しているが、非接触決済が常態化すると、現状では子供や高齢者が利用しにくくなるという問題も。また、米国では800万世帯以上が銀行口座を持たず、現金に頼っているという問題もある。Apple Watchのファミリー共有やApple Cashは、そうした課題の解になる。

  • レンタルキックボードやカフェのテイクアウトなど、サービスのアプリをインストールしていなくても、必要な機能だけをまとめたミニプログラムを通じてスピーディにコンタクトレスで支払いなどを済ませられる「App Clips」

決算発表でCook氏は「MacやiPadの重要性が変わった」とも述べていた。コロナ禍でオンライン会議やオンライン学習を初めて経験した人達が、実際に使ってみて役立つことを実感し、スマートフォンと同じようにパソコンやタブレットを必携のツールと見なすようになった。特に、若い層から敬遠されてレガシー感が強まっていたパソコンに対する評価が変わっている。だからといって、今のパソコンが使いやすいかというと、カメラやマイク、周辺機器との連携、モバイルとの間で同じアプリ/サービスが使える環境など、ニューノーマルのニーズを満たすために改善できることはたくさんある。アナリストのBob O'Donnell氏は、昨今のパソコン/タブレット市場について「デバイスそのものではなく、得られる体験が重視され始めた」と指摘する。

そうした傾向はウェアラブルやホームでも見られる。新デザインのAirPodsやAirPods Pro、ゲーム向けに強化されるApple TV、長く噂されている落とし物追跡タグ(AirTag)などの登場が有力視されているが、Appleプラットフォームならではの体験が人々の心をつかむポイントになりそうだ。例えば、昨年のAirPodsシリーズの「空間オーディオ」、または米国などでスタートしたフィットネスサービス「Fitness+」のような体験である。

Fitness+は、自宅で計画的に運動を続けるのは難しい、でもジムに通うのは面倒……という人達の問題を解決してくる。Apple Watchで使うサービスで、最初はデバイス要件によって普及が難しいように思った。ところが、使ってみて、印象が逆転した。Apple Watchとサービスがインタラクティブに作用して、これまでにないウェアラブルを活用したワークアウト体験を実現している。コロナ禍でジムに通いにくくなって、自宅でできる優れたワークアウトを求める人にFitness+は魅力あるプログラムになると思う。この体験が口コミで広まったら、Fitness+に興味を持ってApple Watchを試す人が現れても不思議ではない。そう思わせる相乗効果が形になっている。私はFitness+を使ってみて、2000年代にiPodとiTunesが新しい音楽の楽しみ方を提案し、音楽のためにiPodを手にしたユーザーからMacユーザーが増え始めたのを思い出した。

  • Apple TVやiPhone/iPadでFitness+を開始すると、すぐに手首のApple Watchと同期。Apple Watchで計測している心拍数や消費カロリーといったデータがFitness+の画面に表示され、目の前の画面を見ながらワークアウトのペースを調整できる