国立天文台のすばる望遠鏡はハワイ現地時間の12月14日、「すばる-ケック観測時間交換」という枠組みの中で米国のケック望遠鏡を使った観測において、銀河「GN-z11」がこれまで人類が観測した中で最遠に位置する約134億光年彼方にあることを日本人研究者らが確定したと発表した。

同成果は、東京大学の柏川伸成教授らの研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の天文学術誌「Nature Astronomy」に掲載された。

現在、世界中でそして宇宙でいくつもの望遠鏡が稼働し、1光年でも遠くを見ようと奮闘している。すばる望遠鏡もこれまで130億年を超える遠方銀河の観測に成功してきた。ハワイ・マウナケア山頂に建つ大型望遠鏡群として、“お隣さん”のケック望遠鏡とは宇宙を観測する仲間であり、そして遠方観測記録を更新しあうライバルの関係でもある。

宇宙で遠方を見るということは過去を見るということであり、宇宙がビッグバンで約138億年前に誕生したことを考えれば、130億光年以上先の銀河を観測するということは、宇宙の最初期の観測を実現できているということだ。すばる望遠鏡がこれまで世界記録としてきたのは、2003年3月の約128億光年、2006年9月の約128億8000万光年、2011年12月の約129億1000万光年、そして2019年9月の約133億光年という彼方の銀河の観測である。人類は宇宙の始まりまであとわずかなところまで迫っているのだ。

ビッグバンから約38万年経って温度が下がり、原子核が電子を捕獲して水素原子やヘリウム原子などが誕生した結果、“宇宙の晴れ上がり”と呼ばれるイベントが発生した。理論上、電磁波を使った観測はここまで遡ることが可能で、すでに宇宙マイクロ波背景放射という全天から届く電波が観測済みである。そしてこの宇宙の晴れ上がりから“ファーストスター”と呼ばれる第1世代の恒星が誕生し、ほぼ同時期に最初期の銀河もでき始めるまで、宇宙に輝くものが何もなかったことから“宇宙の暗黒時代”と呼ばれている。

かつて、宇宙の暗黒時代は10億年ぐらいの期間が見積もられていた。しかし、観測技術の進展とともに、より遠方の銀河が観測されるようになり、暗黒時代は次々と短くなっていった。それは、人類が見ることのできる宇宙のフロンティアが広がっていったということでもあった。

そしてここ最近、遠方の銀河として研究者の間で注目を集めていたのが、ハッブル宇宙望遠鏡が発見した遠方銀河「GN-z11」だ。同銀河は、遠方銀河に特徴的なスペクトルの段差らしきもの、「ライマンブレイク」が確認されていた。ただし、ライマンブレイクは本当にスペクトル上の段差なのか判別が難しいのと、正確に波長が測定できないため、天体までの距離決定精度が劣るとされる。そのため、GN-z11は134億光年彼方にあるだろうと推測されてはいたが、地球からの正確な距離が測定できていなかったため、最遠候補の銀河のひとつにとどまっていた。

今回、すばる-ケック観測時間交換という制度により、柏川教授らの研究チームはケック望遠鏡を用いたGN-z11の観測を実施。同望遠鏡に装備された最新鋭の近赤外線分光器「MOSFIRE」(モスファイア:Multi-Object Spectrometer For Infra-Red Explorationの略)をGN-z11に向けた。

なぜ赤外線分光器を観測に用いるのか。それは、GN-z11が宇宙膨張の影響を受け、超高速で地球から遠ざかりつつあるからだ。そのため、GN-z11を発した光が地球に届くまでに、ドップラー効果により波長は大きく引き延ばされてしまう。GN-z11を出発した時点では紫外線であっても、長い距離を進む間に赤外線になってしまうことから、MOSFIREの出番となるのである。

観測により、柏川教授らは炭素イオンと酸素イオンが放つ紫外線の輝線を検出することに成功。その輝線から得られた赤方偏移は10.957だった。この数値が大きくなるほど速い速度で遠ざかっていることを意味し、そしてその速度からどれだけ地球から遠方にあるかがわかる。GN-z11は、推測されていたとおりの約134億光年彼方にある銀河であることが確認された。人類は、ビッグバンまであと約4億年のところまで迫ることに成功したのだ。

  • すばる望遠鏡

    最遠方銀河であることが確定したGN-z11。(上)ハッブル宇宙望遠鏡で撮像されたGN-z11。WFC3(広視野角カメラ3)にF160Wフィルターを装着して観測は行われた。矢印の先にあるのがGN-z11だ。(下)GN-z11からの近赤外線スペクトル。2本の炭素輝線(緑色)は、GN-z11を発したときは波長1907Å、1909Åの紫外光だったが、赤方偏移で引き延ばされ、地球で波長2.28μmの赤外線として観測された。このほかに波長2μmの酸素輝線も観測された。いずれも2階電離イオンだ (c)柏川伸成氏/東京大学 (出所:すばる望遠鏡Webサイト)

なお検出された炭素と酸素の輝線は、現在の銀河には見られない特殊な物理状況を示唆しているという。観測された炭素の輝線の強度と、炭素と酸素の輝線の強度比の関係は、一般的な光電離モデルでは説明が不可能だというのだ。これは、炭素の量が異常に多いか、AGN(活動銀河核)が強く照射しているか、あるいはその両方が関与していることが考えられるとしている。そしてGN-z11は、誕生してまだ7000万年という若い銀河であること、太陽の10億倍の質量を有することも判明。つまり、GN-z11は急速に成長したことが考えられるという。

なおGN-z11は、ファーストスターで構成された“宇宙で最初の銀河”かというと、残念ながらそうではない。炭素や酸素の輝線が確認されている時点で、第2世代以降の恒星が含まれていることがわかるからだ。炭素や酸素などはビッグバンで誕生した元素ではなく、大質量星の核融合によって生成されたものである。炭素や酸素があるということは、GN-z11にはかつてファーストスターが存在したとしても、超新星爆発を起こして各種元素をばらまいたということである(ファーストスターが残っている可能性はある)。つまり、ファーストスターのみで構成された“宇宙で最初の銀河”は、さらに遠方にあるということになる。

約134億光年彼方の銀河を検出するだけでも大変なことなのに、さらにその先を人類は観測することができるのか。柏川教授は、2021年に打ち上げられるハッブル宇宙望遠鏡の後継機「ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」に期待を寄せる。ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、ファーストスターや最初の銀河の観測をミッションのひとつとしており、その観測性能はハッブル宇宙望遠鏡の100倍ともいわれる。もう間もなく、人類は宇宙で一番最初に輝いた星や銀河を目にすることができるかも知れない。