理化学研究所(理研)は11月27日、酸化チタンナノシートと水のみを利用して、生き物のように力学物性を動的に変える「ハイドロゲル」の開発に成功したと発表した。

同成果は、理研 創発物性科学研究センター 創発生体関連ソフトマター研究チームの佐野航季基礎科学特別研究員、同・五十嵐尚紀研修生(東京大学大学院 工学系研究科 大学院生、研究当時)、同・石田康博チームリーダー、理研 創発ソフトマター機能研究グループの相田卓三グループディレクター(東大大学院 工学系研究科 教授兼任)、理研 放射光科学研究センター 生命系放射光利用システム開発チームの引間孝明研究員、物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の佐々木高義NIMSフェロー、同・海老名保男主幹研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

生体は水に富んだ階層構造を持ち、柔軟性や刺激応答性(さまざまな外部刺激に応答して、その性質を変化させること)を示す固体といえる。それに対して無機物質は基本的に硬く、刺激応答性に乏しいため、生体のような動的機能の実現は困難と考えられている。実際、これまでに開発された刺激応答性を示す生体模倣ソフトマテリアルの大半が、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)などの有機物質のポリマーを刺激応答性ユニットとして利用している。

しかし、機械的特性や耐久性などの点を考慮すると、無機物質に軍配が上がる。もし、ソフトマテリアルを無機物質のみで作製できれば、有機物質を用いたものよりも優れた機械的特性や耐久性を兼ね備えることを期待できる。次世代スマートマテリアルの設計戦略を大きく拡大できることが考えられるという。

そこで共同研究チームは今回、無機物質として無機ナノシートの一種である酸化チタンナノシートに着目。同ナノシートの間に働く相互作用を精密に制御することで、無機物質によるソフトマテリアル開発を進めることにしたという。なお、無機ナノシートとは、層状酸化物の単結晶を温和な条件にて化学処理し、結晶構造の基本最小単位である層1枚にまで剥離することで得られる2次元ナノ物質のことだ。

その無機ナノシートの一種である酸化チタンナノシートは、層状チタン酸化合物の単結晶から剥離させて作り出される。厚さ0.75nm、横幅が数μmというサイズで、表面に高密度の負電荷を帯びた2次元物質だ。

  • ハイドロゲル

    無機ナノシートとハイドロゲルの温度に対する応答性。(a)酸化チタンナノシートは水中に安定に分散し、ナノシート間には巨大かつ制御可能な静電斥力が働く。(b)室温でナノシート濃度を8wt%以上にすると、ナノシート間に働く強い静電斥力によってナノシートの動きが制限される結果、柔らかい性質を示す。例えば、濃度が14wt%の場合、ナノシートは12nmの等間隔で並んだラメラ構造を形成する。(c)55℃以上に加熱をすると静電斥力が減少し、ナノシート間に働くファンデルワールス引力が支配的になる。そのため、ナノシート間距離は3nmにまで減少し、ナノシートが3次元的に連続したネットワーク構造を形成。引力支配の硬いハイドロゲルへと転移する (出所:理研Webサイト)

酸化チタンナノシートは、水中においてはナノシート同士の間で「静電斥力」と「ファンデルワールス引力」というふたつの力が働く。静電斥力とは、同種の電荷を持つふたつの物質の間に働く電気的な反発し合う力(斥力)のこと。その物質が持つ電荷が大きいほど、また物質間の距離が近いほど、斥力は大きくなる。そしてファンデルワールス引力とは、原子や分子の間に働く力の一種だ。1対の原子間に働く引力は弱いが、数多くの原子から構成されるコロイド粒子間には比較的強い引力が働くといった特徴がある。

静電斥力とファンデルワールス引力が長距離で拮抗する結果、それぞれのナノシートが一定間隔を保った「ラメラ構造」を形成する。ラメラ構造とは層状の材料が交互に並んだ微細な構造のことで、今回の研究では、酸化チタンナノシートと水の層が12nm程度に等間隔で交互に並んでいることが確認された。

まず室温(25℃)において、ナノシートの濃度を徐々に上昇させることからスタート。すると、濃度8wt%以上で柔らかいゲルの性質を示すことが判明したという。これは、ラメラ構造におけるナノシートの動きが強い静電斥力によって制限されることが考えられるという。すなわち、この酸化チタンナノシートと水のみからなるハイドロゲルは、「斥力支配のゲル」といえるという。

なおハイドロゲルとは、水によくなじむ物質がネットワーク構造を形成した結果、系全体が流動性を失い、柔らかさのある固体状になったもののことである。寒天、ゼリー、豆腐、こんにゃくなどもハイドロゲルの一種だ。

共同研究チームはこれまでの研究で、温度変化により、ナノシート間に働く静電斥力を可逆的に制御できることを見出していた。そこで、今回得られた斥力支配のハイドロゲルについても、25℃から90℃まで温度を上昇させることが試みられた。そして、55℃付近で柔らかいゲルから硬いゲルへと転移したのである。

詳細な解析が行われた結果、55℃以上ではナノシート間に働く静電斥力が弱まり、ファンデルワールス引力が支配的になることが明らかとなった。これによりナノシート間の距離が減少し、ナノシートが互いに積層することで、3次元的に連続したネットワーク構造を形成したことが考えられるという。すなわち、斥力支配のハイドロゲルから、引力支配のハイドロゲルへと転移したといえるという。

この引力支配のハイドロゲルへの転移は、ナノシートネットワークの大胆な構造変化を伴うが、高温に達してから2秒以内で完了することが確認された。また、低温にすると元の斥力支配のハイドロゲルに戻ることが判明。この温度の変化による柔らかさと硬さの力学物性の動的変化は何度も繰り返すことが可能で、高い耐久性が示された。

この変化の様子から、共同研究チームは、海洋生物のナマコが有する動的システムに着目。ナマコは、内部のネットワーク構造を変化させることで、外部の刺激に応答して力学物性を動的に変化させるという特徴を有する。そこからヒントを得て、このハイドロゲルが力学物性を動的に変化させるのではないかと考察したという。

それを確かめるため、温度を変化させて力学物性の測定が行われた。90℃の引力支配のゲルは、25℃の斥力支配のゲルに比べて約23倍も硬くなることが判明し、この動的プロセスも可逆的であることも確認された。

  • ハイドロゲル

    ハイドロゲルの動的力学特性。(上段)粘弾性測定によりハイドロゲルの貯蔵弾性率と損失弾性率が調べられた結果、どちらの値も温度を上げると上昇することが確認された。90℃のハイドロゲルの貯蔵弾性率は、25℃のときに比べて23倍程度大きくなったという。(下段)貯蔵弾性率(青丸)と損失弾性率(白丸)はともに加熱すると上がり、冷却すると元に戻ることが判明。これにより、これらの動的プロセスは可逆的であることが確かめられた (出所:理研Webサイト)

さらに、より生物に近い機能の実現を目標として、得られた斥力支配のゲルに微量の光熱変換ナノ粒子(直径17nmの金ナノ粒子)を添加することで、時空間的な物性制御の試みも行われた。

その結果、光が照射された箇所のみ選択的に引力支配のゲルに転移させることに成功したという。この転移プロセスは非常に高速であり、光照射を受けてから2秒間で完了したとした。そして光照射を停止すると、空冷により4秒程度で斥力支配のゲルへと戻ることもわかった。

従来のハイドロゲルネットワークは、ポリマーやナノファイバーなどの1次元物質で構成されていた。しかし、今回のハイドロゲルネットワークは無機ナノシートという2次元物質で構成されることから、1次元物質で問題となるネットワーク同士の絡み合いを防ぐことが可能で、それが高速かつ可逆的な刺激応答性を実現したと考えられるという。

このような2次元物質のネットワーク構造は、次世代のスマートマテリアルの新たな設計指針となると期待できるという。また今回の成果は、長らく有機物質に頼ってきた刺激応答性ソフトマテリアルの設計において、無機物質の利用という新たな選択肢を提示できたとした。さらに、無機物質と水のみで生き物のような動的機能を実現したことは、無機生命体の創成という大きな夢への手がかりになると考えられるとしている。