鼓膜近くの骨を振動させて音を伝える「骨伝導ヘッドホン」が人気を集めています。その先端を行くブランドのひとつ、AfterShokzがブームマイク付きワイヤレスヘッドホン「OpenComm」のクラウドファンディングを実施しており、達成率13,000%超(11月25日時点)という盛り上がりぶり。さっそく入手し、ビデオ会議や音楽鑑賞で試しました。

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    ノイズキャンセリング・ブームマイクを搭載した骨伝導ヘッドホン「OpenComm」

骨伝導ヘッドホンの雄、AfterShokz

「骨伝導」は、古くて新しい技術です。一般的なスピーカー(ダイナミックスピーカー)は、紙など軽い素材でできた振動板で空気を震わせ、それが鼓膜に届くことで音を伝えますが、骨伝導技術を使う「骨伝導ヘッドホン」は、トランスデューサーで耳近くの骨を震わせることにより、鼓膜の先にある「蝸牛(かぎゅう)」に振動を伝達、音を表現します。

骨伝導技術は1980年代までには実用化され、これを採用するスピーカーやヘッドホンなど音響機器も登場しましたが、問題は「音質」です。特に低域再生は苦手とされ、それがオーディオ用途での普及を妨げてきました。

人間が感じる音は、空気/鼓膜を震わせる「気導音」と、皮膚や骨格の振動で伝わる「骨導音」という2系統の音のミックスにより成り立ちますが、骨伝導ヘッドホンは文字どおり骨導音のみ。一般的な気導音によるヘッドホンと構造が大きく異なります。しかし、耳道を塞がずに済むためリスニング中も周囲の音を聞くことができ、構造上防水が容易なことから、軍事関係など特殊分野で利用されてきました。

AfterShokzは、そんな骨伝導ヘッドホンの可能性を広げたメーカーのひとつです。音質を大幅に向上させる「PremiumPitch+」、音漏れを防ぐ「LeakSlayer」といった独自技術を次々投入、オーディオリスニングに耐えうる音質を実現しました。筆者自身、これまで「Air」や「Xtrainerz」といった製品を通じて同社技術の確かさを認識していたこともあり、今回取り上げる「OpenComm」に興味津々だったというわけです。

OpenCommのココが新しい

OpenCommは、フラッグシップ機「Aeropex」の設計を継承しつつ、ノイズキャンセリング・マイクを口もとに近づけた「ノイズキャンセリング・ブームマイク」に変更することで、音声通話機能を向上させています。AeropexはIP67の防水防塵性能を持つ、オーディオリスニングを重視したアウトドア/スポーツ指向の骨伝導ヘッドホンですが、OpenCommはどちらかといえばインドア/ワーク指向。ヘッドホンとしてのキャラクターが変わりました。

最大の違いは、前述のノイズキャンセリング・ブームマイクを備えていること。左側のトランスデューサーから伸びている、長さ9cmほどの棒の先に小型マイクが2基内蔵されており、それを口元へ向ければ通話の準備は完了です。ブームマイクは約180度回転する構造で、使わないときは上方向に回転させて折り畳めます。

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    ブームマイクの棒は長さ約9cm、回転させればコンパクトに折り畳める

OpenCommはネックバンド式で、左右のU字型に曲がったイヤーフックを耳に覆いかぶせるようにして装着します。小判のような形のトランスデューサーを固定させるものは、ネックバンド自身が持つ側圧(こめかみ付近への圧)と皮膚との摩擦のみですが、不思議なほどズレません。ズレは音楽再生時の音質低下/音漏れの原因になるため、重要なポイントです。

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    ノイズキャンセリング・ブームマイクを伸ばして装着したところ

トランスデューサーやブームマイクがメガネの障害になりそうな気もしますが、実際に装着してみると特に問題なし。トランスデューサーの固定位置はテンプル(つる)よりだいぶ下ですし、ワイヤーは細く太めのセルフレームでもジャマになりません。

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    メガネを装着していても、トランスデューサーやワイヤーには干渉しない

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    OpenCommを付属のキャリングケースに収めたところ

OpenCommの音声通話の実力を探る

試用はBluetoothペアリングからスタート。右側のコントロール部にある「+」ボタンを押すと、「AfterShokzへようこそ」と日本語アナウンスが聞こえ、そのまま押し続けるとペアリングモードになります。iPhone 12とMacBook Pro、Android(Xperia XZ3)でペアリングしてみましたが、いずれもスムーズ。左側のコントロール部にはNFCチップが埋め込まれており、Android端末は近づけるだけでOKです。

装着開始から1時間経過したあたりで、某編集部から着信あり。接続中のスマートフォンへの着信に応答するときは、右側のトランスデューサーにあるオレンジ色のマルチファンクションボタンを押すだけなのでかんたんです。ブームマイクの先端が頬骨のあたりにきていれば準備完了、あとは話をするのみ。通話を終えるときもオレンジ色のボタンを押せばOK、タッチセンサーのように操作ミスして慌てることはありません。

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    本体右側の下部にはボリュームボタン、背面には充電用端子を備える。奥に小さく見えるオレンジ色のものがマルチファンクションボタン

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    充電用端子はマグネット式。端子の上下には正しい向きがあり、反対にすると接続できない

聞こえてくる相手の声は、かなり鮮明。もちろん相手が使用しているマイクや通話サービスにもよりますが、FaceTime AudioとZoomで試したかぎり、カナル型のワイヤレスイヤホンと比べても遜色はありません。通話中に周囲の音が耳に入るため、家族に声をかけられても宅配便ドライバーがインターホンを鳴らしても気付けることを考慮すると、自宅でのテレワークにちょうどよさそうです。

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    ペアリングさえ完了させておけば、Zoomでも問題なく使えた(画面はMac版)

OpenCommを家族に装着させてLINE通話する、というテストも実施しました。スマートフォン越しに聞こえてくる家族の声はクリアで、ふだん自分が耳にしている(家族のスマートフォン内蔵マイクで拾った)声と大きな違いは感じません。背後で流れているはずのテレビの音もほぼ聞こえず、人間の声の帯域に絞って収音されている印象です。

鼓膜ではなく「骨」で音楽を聴く。弦楽器サウンドが心地いい

側圧で頭痛がしてくるようなこともなかったため、通話終了後そのままOpenCommで音楽を聴いてみました。音量調節は右側のコントロール部にある「+」と「-」、その他の操作はマルチファンクションボタンで行いますが、再生/停止はワンクリック、曲送りはダブルクリックで曲戻しはトリプルクリック(いずれも音楽再生中)とシンプルです。

肝心の音質ですが、数年以上前に骨伝導ヘッドホンを経験した人であれば、隔世の感を覚えるのではないでしょうか。低域の量感こそ痩せ気味に感じられるものの(ここは骨伝導という技術そのもの課題です)、中高域はクリアでよく伸び、音の消え際も繊細。骨伝導ヘッドホンは耳穴を塞がないため、音楽再生中に独特の開放感があり、それがアコースティックギターのハーモニクスをよりきれいに聴かせたり、音場を広々と感じさせたりする効果があります。

ただ、得手不得手があることは否めません。アコースティックギターやウクレレといった弦楽器は得意で、他のヘッドホン方式にはない心地よさを感じますが、バスドラムやベースなど低域よりの楽器の一部は音階/リズムにあわせ皮膚がピクつくのは気になります。特にEDM系の楽曲で顕著に発生するため、そのようなジャンルが好みの人は覚悟が必要かもしれません。

骨伝導ヘッドホン、スポーツをとるか? 仕事をとるか?

音質指向の骨伝導ヘッドホンで確たるポジションを確保しているメーカーなだけに、テレワークを意識した今回の「OpenComm」も音質は高い水準にあります。マイクが追加されているため通話特化型と早合点しそうになりますが、実際に聞き込めばなかなかどうして、フラッグシップのAeropexと遜色ありません。

なお、採用されている高音質技術は「PremiumPitch 2.0+」と、Aeropexと同じ。防塵防水性能はIP55で、AeropexのIP67よりは若干下がるものの、内蔵バッテリーで最大16時間使用でき(Aeropexは最大8時間)、5分の急速充電で最大2時間使えるクイックチャージ機能も装備(Aeropexは非対応)。使い勝手が向上しています。

11月末まで実施されているクラウドファンディングの1個あたり支援額を見ると、一般発売時の販売価格はAeropexと同水準になるものと予想されますが、そうなるとスポーツとテレワークのどちらをとるか、という話になります。スポーツに使うつもりはないけれど快適にテレワークの時間を過ごしたい、できれば音楽鑑賞にも使いたい、という向きには格好の選択肢となるのではないでしょうか。