キヤノンがこの夏に販売を開始した高性能フルサイズミラーレス「EOS R5」「EOS R6」、多くの販売店では強い品薄で納期未定の状態が続いています。これほど高い支持を受けているのは、圧倒的な補正効果を持つボディ内手ぶれ補正機構や、一眼レフも真っ青のオートフォーカス性能、表現力の高い動画撮影機能、一眼レフEOSにならった操作性など、高性能を出し惜しみなく凝縮した点が評価されたからにほかなりません。

前回の「開発者が語る“操作性と装備のこだわり”」に続き、今回もEOS R5/R6の開発担当者に取材した開発エピソードやカタログには書かれていない開発秘話をご紹介します。第2回となる今回は、EOS R5/EOS R6の撮像素子や絵作り、ボディ内手ブレ補正機構(IBIS)、バッテリーを中心とした電気系について話をうかがいました。

  • キヤノンのフルサイズミラーレス「EOS R5」「EOS R6」

    キヤノンのフルサイズミラーレス「EOS R5」「EOS R6」。実売価格は、EOS R5が税込み455,000円前後、EOS R6が税込み300,000円前後。ほとんどの販売店では、両機種とも納期未定の入荷待ちの状況となっている

絵作りの方針はこれまでのEOSシリーズと変わらない

――イメージセンサーはローパスフィルター付きのようです。ローパスフィルターレスにしなかった理由を教えてください。

大澤さん:ローパスフィルターがないと、被写体によっては偽色やモアレが現れることがあります。特に、洋服の生地や建物のタイルなどでモアレが出やすいので、キヤノンとしてはローパスフィルターを採用しつつ高画質を実現する、という基本設計になっています。

  • イメージコミュニケーション事業本部ICB開発統括部門ICB統括第二開発センターで画像まわりを手がける大澤新之介さん

ローパスフィルターでも消し切れなかったモアレは、DPPを使用すればさらに軽減できます。一般的に、ローパスフィルターによって解像感が低下するといわれていますが、デジタルレンズオプティマイザーによって問題ないレベルまで補正できます。デジタルレンズオプティマイザーは、以前はDPPでの後処理で対応していましたが、EOS R5/EOS R6をはじめとする画像処理エンジン「DIGIC X」を採用するモデルでは処理性能が向上し、カメラ内での処理が可能になっています。

フルサイズデジタル一眼レフ「EOS 5Ds R」はローパスフィルターが省略されていたではないか、と考える方もいるかと思いますが、EOS 5Ds Rもローパスフィルターは搭載しており、機能をキャンセルする形に仕上げています。デジタルカメラにローパスフィルターは必要、というのがキヤノンの基本思想だと考えていただければと思います。

――EOS R5とEOS R6で絵作りは変えているのでしょうか。

大澤さん:基本的に、EOSであれば画質の方向性や絵作りは同じにしています。したがって、EOS R5もEOS R6も同じです。

EOSの画質に対する考え方のひとつとして「できるだけ解像感を出す」が基本思想になっています。EOS R5は4500万画素の高画素センサーでEOS史上最高の解像性能が堪能でき、EOS R6は常用感度がISO10万で高感度に強くノイズを抑えた高感度撮影が楽しめるのが特徴ですが、どちらも解像感を最大限活かしたチューニングとしています。

――EOS R5にはDPRAW(デュアルピクセルRAW)が搭載されました。どのような機能なのでしょうか。

大澤さん:DPRAWで撮影した画像は、ポートレートリライティングと背景明瞭度の調整が可能になります。今回、初めてカメラ内でできるようになり、よりDPRAWの魅力が増したかと思います。ポートレートリライティングは、撮影後に人物に当たる光源の方向や強さをあとから変えられる機能です。レフ板を当てるような感覚で光源を操作でき、一枚のショットからさまざまな作画意図のポートレートを作ることができます。背景明瞭度は、人物と一緒に風景やランドマークを撮影するようなポートレートなどで、背景のコントラストをコントロールできます。霞んだ背景をくっきりさせたいが人物の質感は変えたくない、といったシーンでおすすめです。

――HDR PQで生成されるHEIFフォーマットの搭載は目新しく感じます。

大澤さん:キヤノンでは、10bitで複数の静止画像をひとつにまとめて保存できるHEIFフォーマットの特性を利用して、PQ規格に準拠したHDR画像を実現しています。誤解されやすいのですが、HEIFイコールHDR画像というわけではありません。iPhoneですでに採用されているフォーマットですが、他のカメラメーカーさんでもこのHEIFを活用した動きがあるようなので、今後盛り上がるといいかなと思っています。

協調ISに対応しないレンズでも、ボディ内手ブレ補正はしっかり機能している

――EOSで初めて搭載したボディ内手ブレ補正機構の飛び抜けた性能に驚いています。

木村さん:ボディ内手ブレ補正機構(IBIS)は、ようやくという感じもありますが、いろんな事情があってこのタイミングでの搭載になりました。いろいろな撮影条件で効果が体感できるレベルになったと感じており、手持ちで撮ってもらえる機会が増えるといいなと思っています。参考までに、カタログなどに掲載している写真で滝を手持ちで撮影したものがありますが、シャッター速度は2秒前後だったと思います。滝のような水の流れるシーンの表現はシャッター速度に大きく左右されますが、そのような撮影でもとても有効です。

  • イメージコミュニケーション事業本部ICB開発統括部門ICB統括第一開発センターで手ブレ補正まわりを手がける木村正史さん

今回、世界最高の8段分補正をうたうことができましたが、そこに向けて詰めていく際にはいろいろな苦労がありました。デバイスや機構が完成しても、細かな調整で精度を上げないと目標とした性能に届かないからです。なかでも苦労したのが回転ブレの補正で、それ以外の補正性能をしっかり仕上げてからでないと調整がなかなかうまくいきませんでした。

今回のIBISの開発にあたり、まず「撮影のブレってなんなんだ?」という基本的な部分の振り返りから入りました。基本的なデータ取りから始まって、キヤノンとしてカメラの防振システムはこうありたい、といった点を改めて整備してから進めていきましたので、すべてにおいて従来のカメラからは刷新されたと思います。もっとも、もともと光学式の防振をやってきてノウハウはありましたので、比較的早くスムーズに目標に達成できたと思っています。

――ボディ内ISとレンズ内ISを協調して制御する「協調IS」について、少し詳しく教えてください。

木村さん:協調ISは、RFマウントの通信性能を最大限活用した機能です。ここでいう“協調”とは、レンズ内ISとボディ内ISで同じ補正量を分担しているシステムのことをそう呼んでいます。メリットとしては、突然カメラが大きく揺れたときなどにそれぞれがうまく動いて補正できることと、それぞれの情報をうまく持ち寄って高精度の処理が可能になることがあります。

誤解されやすいのですが、協調ISに対応しないレンズだとボディ内ISの恩恵はまったく受けられない、といったことはありません。「RF600mm F11 IS STM」「RF800mm F11 IS STM」など、協調ISに対応しないレンズを装着した場合でも、ボディ内ISで光軸ブレやシフトブレの補正を行っています。

――フルサイズセンサーを動かすボディ内ISの電気消費量が気になります。

木村さん:省エネ設計のセラミックボールを使ったボディ内手ブレ補正機構をIXY DIGITALシリーズで採用していますが、今回はその技術を応用しています。アクチュエーターの消費する電力はかなり小さいのですが、わずかな電力で大きなパワーが出るように設計しています。手ブレ補正の機構はもっと小さくすることもできますが、そうなると電気を消費しやすくなります。反対に、機構を大きくするとカメラ自体が大きくなります。そのあたりのバランス調整が難しかったですね。

  • ボディ内手ブレ補正機構を搭載したEOS R5の撮像素子

  • 背面の様子

  • カメラのブレを検出するジャイロセンサー

バッテリー撮影枚数を増やせる選択肢をユーザーに与えた

――バッテリーが新しい「LP-E6NH」になりました。

中所さん:新しいバッテリーは、以前のものに比べて容量が約14%アップし、その分だけ持ちがよくなっています。キヤノンとしては、デジタルカメラのバッテリー容量アップは日々目指しています。

ちなみに、従来のバッテリーはEOS R5やEOS R6で使えますし、新しいLP-E6NHはEOS 5D Mark IVやEOS 5D Mark IIIなどでも使えます。両方のカメラを併用している方は、ぜひ活用してほしいですね。

  • イメージコミュニケーション事業本部ICB開発統括部門ICB製品開発センターで電気まわりを手がける中所正一さん

――EOS R5のバッテリー撮影可能枚数、ちょっと心許なく感じますが。

中所さん:撮影枚数はホームページなどで公開しているとおりですが、8K動画撮影であるとか、イメージセンサーの性能を存分に引き出すとか、トータルで製品の性能を高めた結果の数字となっています。もちろん、キヤノンも撮影枚数を気にしており、「なめらかさ優先」や「省電力優先」など、撮影枚数を増やすための選択肢をユーザーに与えるなど、できる限りの工夫をしています。

▼EOS R5のバッテリー撮影枚数

撮影方法(撮影時の気温) なめらかさ優先時 省電力優先時
ファインダー(23度) 220枚 320枚 +100枚
背面液晶(23度) 320枚 490枚 +170枚
背面液晶エコモード(23度) 550枚 700枚 +150枚

撮影枚数はCIPA基準で出した数字ですが、例えば「連続で撮影したあとしばらく休む」といった使い方では撮影枚数は伸びます。特に、撮影枚数で一番効いてくるのが、ライブビューの表示時間ですね。そこをできるだけ短くするように使えば、CIPA基準の数字よりも断然多く撮れるはずです。ただ、ユーザーを混乱させるわけにはいかないので、CIPAの試験条件に添った結果を出さざるを得ません。

ライブビューは、背面液晶を使ったときよりもEVFのほうが電気を多く必要とします。有機ELのデバイスを採用していることが大きいですね。ファームアップで大幅な省エネを図るのは難しいのですが、改善できるように研究は行っています。ライブビューを使用するときはエコモードを使うとか、できるだけライブビュー表示を減らして使用すると、バッテリーはより持つかなと思います。

バッテリーを長持ちさせるには、こまめな電源のON/OFFも効くと思います。電源を入れたときも瞬間的に電力を必要とするのですが、それを気にするよりもライブビューの時間をできるだけ短くするほうがトータルの撮影枚数は多くなると思います。撮影そのものの消費電力に比べ、ライブビューははるかに多くの電力を消費することを頭に入れ、カメラを使うのがよいかと思います。(第3回に続く)