ソユーズ2を超えて、ファルコン9に追いつけ

ロシアがアムールを開発する背景には、旧式化している現在の主力ロケット、ソユーズ2を代替すること、そしてスペースXのファルコン9ロケットなど、新世代の安価なロケットに対抗するという狙いがある。

現在のロシアの主力中型ロケットであるソユーズ2は、2004年にデビューしたロケットであり、エンジンや搭載機器は改良されているが、その基本的な設計は70年ほど前にまでさかのぼる。実績がある一方で、運用の効率や性能向上の余地などの面で時代遅れになりつつある。

また1990年代には、ソユーズなどのいわゆる“枯れた技術”による高い信頼性と安い打ち上げ価格で、世界の商業打ち上げ市場を席巻したが、近年では打ち上げ失敗が頻発し、信頼性が低下。一方で、ロシアのロケットより高い信頼性をもちながら、第1段機体を再使用することで打ち上げコストを大幅に低減させたファルコン9が登場したことで、力関係は完全に逆転している。

アムールとソユーズ2を比べた場合、推進剤に液化天然ガスを使うことや、第1段機体を再使用できることで、経済性は圧倒的に高い。設計も近代化することで、信頼性の向上が図れる。また、ソユーズ2は地球低軌道に約8.5tの打ち上げ能力をもつが、アムールは再使用する場合でも10.5tであるため、打ち上げ能力も向上する。

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    ロシアの現在の主力ロケット「ソユーズ2」。エンジンや搭載機器などは近代化されているものの、その基本的な設計は70年ほど前にまでさかのぼる (C) Roskosmos

一方でファルコン9とは、第1段機体を再使用することで低コスト化を図るという点で同じであり、また、エンジンを逆噴射しながら着陸する点や、グリッド・フィンを装備している点など、再使用のための仕組みや技術も非常によく似ている。

フェアリングの大きさもファルコン9とほぼ同じであり、近年トレンドとなっている複数の衛星を同時に打ち上げられる能力もあるなど、ファルコン9に大いに影響を受け、そして意識したロケットであることは間違いない。

打ち上げ能力に関しては、ファルコン9の半分以下、打ち上げ価格は約3分の1となっている。この点は、ファルコン9ではやや持て余すような、中型~小型の地球観測衛星や静止衛星の打ち上げといった、あえて異なる市場を狙いにいっているものとみられる。

また、燃料に液化天然ガス(メタン)を使用するのは、ファルコン9にはない特徴である。ファルコン9は燃料にケロシンを使うが、前述のように、メタンはケロシンと比べ安価で経済性に優れ、すすがでないため再使用性にも優れるなどの特徴がある。

アムールをめぐる課題

ただ、アムールの開発をめぐっては問題が山積しており、ロシアの次世代ロケットとして活躍できるのか、そしてファルコン9など新世代のロケットに対抗できるのかについては、あまり見通しは明るくない。

ひとつは、ロシアとしての商業打ち上げ市場に対する態度である。ロスコスモスのドミートリィ・ロゴージン総裁は、ロシアが商業打ち上げ市場でシェアを奪還することに対して、たびたび否定的な見解を示している。たとえば2018年4月、タス通信のインタビューでは、「ロケット打ち上げ市場の規模は、宇宙市場全体のたった4%に過ぎない。スペースXや中国などと対抗するための努力を払う価値はなく、シェアを奪還しようとは考えていない」と述べている。

しかし、ロケットの運用の安定化や信頼性の向上を図り、ロケット産業を維持し、そしてロシアの宇宙へのアクセスの自律性を維持するためには、国内の衛星を打ち上げるだけでなく、国際的な市場から打ち上げサービスを受注して打ち上げ回数を稼ぐことが重要である。

そもそも、衛星の輸出や衛星を使ったサービスなどといった他の市場においても、ロシアは欧米の後塵を拝している。商業打ち上げ市場よりさらにニッチな有人宇宙船の分野でも、ロシアはこれまで独占状態だったが、スペースXやボーイングなども独自の有人宇宙船の開発を進めていることから、独占が崩れつつある。こうした状況で、商業打ち上げ市場も完全に手放すというのは、完全な悪手であろう。

もうひとつの問題は、ライバルのさらなる飛躍である。アムールが初打ち上げを行う予定の2026年には、ファルコン9はいま以上に打ち上げ数を重ね、信頼性を積み重ねることになる。さらに、同社の次世代ロケット「スターシップ」は、燃料にメタンを使い、打ち上げコストも200万ドルという破格なものになるとされる。

また、米国の別の民間企業ブルー・オリジンが開発している「BE-4」エンジンも液化天然ガスを使っており、同社の大型ロケット「ニュー・グレン」や、ユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)の「ヴァルカン」ロケットに搭載され、2021年から打ち上げが始まる予定となっている。アムールが登場する2026年には、これらのロケットも何機も打ち上がり、一定の信頼性を確立している可能性が高い。さらに欧州や日本でも、次々世代のロケットはメタンを使った再使用型になることが見込まれている。

そのため、アムールがこうした先発優位を切り崩せるような、なんらかの優位性や付加価値を発揮できない限りは、これらのロケットがひしめく市場に参入し、シェアを奪還することは難しいだろう。

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    米国ブルー・オリジンが開発している「ニュー・グレン」ロケット。燃料にメタンを使用し、ファルコン9やアムールなどと同じく第1段機体を着陸させ、再使用することができる (C) Blue Origin

そして最後の問題として、ロシアでは現在、複数の新型ロケットの開発が進んでおり、そのなかでアムールの優先順位がどうなるか、そもそも実際に開発が進むかが不透明ということがある。

たとえばアムールを開発するRKTsプログレスでは、新しい大型ロケット「ソユーズ5/イルティーシュ」の開発が進んでおり、中型ロケット「ソユーズ6」の検討も進んでいる。とくにソユーズ6は、アムールとほぼ同じ打ち上げ能力をもつ予定であり、またエンジンや再使用技術などに新規開発要素の多いアムールに比べ、ソユーズ6はRD-180エンジンを使うなど、すでに存在する技術を組み合わせて造られることから、技術的なリスクは低く、実現性は高い。

さらに、RKTsプログレスと同じロスコスモスの子会社で、ライバルとなるGKNPTsフルーニチェフでは、1990年代から「アンガラー」という新型ロケットの開発を続けている。アンガラーはコア機体の装着基数を変えることで、小型、中型、大型、超大型ロケットに変幻自在であり、このうち中型版はアムールと競合する。ソユーズ5、6と同様、再使用はできないものの、すでに2014年に試験飛行を行うなど、実機が存在していることから、やはり技術的なリスクは低く、次世代機として確実性が高い。まだロケットや発射施設の影も形もないアムールより一日の長がある。

ソユーズ6もアンガラーも再使用はできないものの、ソユーズやプロトンといった現行機よりはコストが下がると期待されている。そのため、ロスコスモスがどういった観点や判断基準で、どのロケットの開発を優先するかによって、アムールの実現時期が大きく遅れたり、あるいは計画が頓挫したりする可能性がある。

またそもそも、これまでロシアの新型ロケット開発は、ソ連解体後の技術力の低下や、企業同士の足の引っ張り合いもあって、平穏無事に進んだためしがない。歴史が繰り返されるならば、アムールはおろか、ソユーズ5、6といったロケットすらも造れずに、当面旧式のソユーズ2などを使い続けることになる可能性も考えられる。

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    ロシアが開発中の「ソユーズ5/イルティーシュ」ロケット。現行機よりは新しくなるが、使用しているエンジンなどは1980~90年代から続く設計であり、再使用もできない (C) Roskosmos

敵に味方あり味方に敵あり

以上のことから、アムールがロケットとして成功するには、まずロシアとして商業打ち上げ市場のシェアを奪還するという、明確で統一した目的意識をもつことが必要となろう。それはひいては、ロシアが宇宙へのアクセスの自律性を維持し続けることにもつながる。

また、ソユーズ6もアンガラーも、技術的にはやや古く、再使用もできないことから、その目的を達成するには、アムールのような再使用ロケットの開発に大きく投資し、2020年代中に実用化させることが最低限の必要条件となろう。

そして、その後のことも考えるなら、スペースXのような開発や意思決定のスピード感を取り入れることも重要であろう。つまり、単にロケットの再使用や、その方法、装備だけを真似るのではなく、ロシアの宇宙産業にはびこる悪しき伝統や習慣を断ち切り、スペースXのような、いわゆる「ニュースペース(NewSpace)」の良い部分を取り込むような覚悟が必要であろう。

皮肉なことに、スペースXのイーロン・マスクCEOはTwitterを通じて、アムール開発のニュースに触れ、「これは正しい方向への第一歩だ」と評価するなど、エールを送っている。

もっともそのうえで、「2026年に初飛行は遅い」とし、また第1段機体の再使用だけでなく「完全な再使用を目指すべき」とも指摘し、そしてアムールの大型化構想にも触れ、「より大きなロケットは、スケール・メリットのためにも意味がある。質量あたりのコストを最小化することが重要だ」とも語っている。これは自身が、完全再使用型の巨大ロケットであるスターシップを開発していることを念頭に置いたものである。

ロゴージン総裁は、同じ宇宙企業のトップという立場であるためか、かねてよりマスク氏を強く意識し、Twitterやロシアのメディアを通じてたびたび口撃を行っている。はたして、ライバルのこのアドバイスをどう受け止めるのか。そして活かすことができるのか。それはアムールの成否だけでなく、ロシアのロケット技術、産業全体を大きく左右することになるだろう。

参考文献

https://www.roscosmos.ru/29357/
Roscosmos signs a contract to develop a new carrier rocket - State space corporation ROSCOSMOS |
Russian deputy PM sees no reason for competing with Musk on launch vehicles market - Science & Space - TASS
SpaceX - Falcon 9
https://www.roscosmos.ru/28990/