WWDC 20で発表されたMacのApple Siliconへの移行についてのレポート、前回の「Apple Siliconへの移行を決断したApple、その背景は」に続き、今回は中編をお届けする。

  • 世界開発者会議「WWDC20」の基調講演で、MacのApple Siliconへの移行を発表した米Appleのティム・クックCEO

Appleが「ARM Mac」とは呼ばない理由

WWDC 20が開かれるまで、Appleが自社設計のチップに移行するニュースの多くで「ARM Mac」という呼び方が用いられていたことを覚えているだろうか。「ARM」は、ARMアーキテクチャを持つチップの総称で、これをライセンスしている英国企業のARMはソフトバンク傘下だ。

iPhoneに採用されているのはARMチップで、Appleがチップをデザインする以前のiPhone初代、iPhone 3G、iPhone 3GSにも採用されてきた。Appleが2008年にP.A. Semiを買収し、みずからARMチップの設計を手がけるようになったのは、2010年発売のiPhone 4に搭載されたA4チップからである。

Appleによると、すでに20億個ものAppleデザインのチップが出荷されており、A4と比較するとA13 Bionicチップはアプリケーション実効性能で100倍、グラフィックス性能で1,000倍にも達すると、WWDC 20の基調講演で説明していた。

  • Appleが設計した歴代のiPhone用チップ

Appleは「ARM Mac」という呼び方をせず、「Apple Silicon Mac」と呼んでいるのはなぜであろうか? それは、現在のAシリーズチップの存在そのものに起因している。

例えば、最新のA13 Bionicチップには、Appleが設計に携わったGPUやパワーマネジメント、機械学習処理を担うニューラルエンジン、機械学習アクセラレータ、カメラプロセッサ、オーディオプロセッサ、ビデオ編集、セキュリティ領域といった拡張が施されている。

確かに基礎技術はARMだが、一般的なARMチップとA13 Bionicを同一視できないばかりか、他社製のARMチップでmacOS Big Surを快適に動作させたり、プロアプリを快適に実行することはできないだろう。

その意味で、AppleはARMではなくApple Siliconという名称を定め、ARMとは別のものであることを強調しようとしているのではないだろうか。

そもそもApple Siliconの実力とは?

Apple Silicon搭載Macの初号機は2020年内に登場するとアナウンスされているが、それでは開発者が動作確認を取る際に問題が生じる。macOS Big Surは秋にリリースされる予定であり、開発者はApple Silicon搭載Macの登場を待たずにUniversal 2アプリをリリースしていかなければならないからだ。

そこで、Appleは開発者向けに、Apple Siliconの評価機を用意した。

Developer Transition Kit(DTK)と呼ばれるMacは、Mac miniと同じきょう体に、iPad Pro(2020年モデル)に採用されたA12Z Bionicチップを備え、メインメモリ16GB、512GBのSSDを備えたマシンだ。なお、USB-Cや通常のUSB type Bコネクタ、HDMI出力、Wi-Fiに加えてギガビットイーサネットにも対応する。

  • Appleが希望するデベロッパに有償で貸し出しているDeveloper Transition Kit(DTK)。Mac miniと同じコンパクトなボディにA12Z Bionicチップを搭載している

これまでIntelチップが備わっていたロジックボード(マザーボード)が、相対的に非常に小さいA12Z Bionicチップを搭載する基板に置き換えられているものと考えられる。おそらくではあるが、内部はスカスカの状態ではないかと考えられる。

すでに開発者の手元にはDTKが届き始めており、ベンチマークソフト「Geekbench」のWebサイトには、DTKとみられるスコアが続々と掲載され始めている(名称はVirtualAppleと登録されている)。その結果は、シングルコア850、マルチコア2900前後で推移している。

  • GeekbenchのWebサイトに掲載されている、Developer Transition Kitのベンチマークとみられるデータ

同じA12Z Bionicチップを搭載するiPad Proは、同じGeekbench 5でシングルコア1115、マルチコア4670前後の数字が出ていた。DTKは、シングルコアで25%、マルチコアでは38%ほどパフォーマンスが低下していることが分かる。

現状、Geekbenchのアプリ自体がIntelチップ向けであるため、Rosetta 2を通じてApple Siliconに変換された状態で動作している。A12Z Bionicは、iPad Proでは通常の8コアとして見えているが、DTKでは4コアとして実行されていることからも違いが分かる。

しかしながら、グラフィックスに関しては、MetalのスコアでDTKは11300前後を記録しており、iPad Proの12000前後のスコアと遜色ないレベルでの実行が可能となっている。Rosetta 2を挟んではいるが、メモリをアプリ・グラフィックス双方で利用でき、その容量がiPadの2.6倍の16GBを搭載していることも関連しているかもしれない。

なお、iPad ProでのA12Z Bionicのスコアは、2020年モデルのMacBook Pro 13インチが搭載する第10世代クアッドコアIntel Core i7 2.3GHzと同等だ。Rosetta 2を介して動作するDTKの場合、2018年モデルのMacBook Pro 13インチが搭載する第8世代クアッドコアIntel Core i5 2.3GHzと同程度のスコアとなっている。(続く)