本格導入に成功したトップ企業の特徴として、保科氏は3つのポイントをあげている。「強固なデータ基盤の保有」、「多様なAIチームの存在」、そして「経営幹部による戦略的かつ本格的なAI導入に対するコミットメント」だ。

データの重要性については、多くの企業がすでに感じているところだろう。しかし、トップ企業の75%近くが成功要因のひとつとしてデータ基盤をあげているとなれば、さらに注目しなければならない。具体的にどのようなデータを集めるべきなのかは、目的によるという。

「IoT機器等からのデータも含め、まずは大量にデータを集め、そのデータから示唆を得るアプローチと、人が仮説を立て、その仮説に基づきデータを集めるアプローチ、どちらが正解というものではありません。大切なのはビジネスの目的に合わせてデータを活用することです。データ運用の目的が明確にできて、データ戦略を策定している企業がやはり成功しています。データが多いほどいいということはなく、強固なデータ戦略を持つ必要があります。成果に必要なデータを適切に収集し、分析し、その結果得られるインサイトを活用するということが一番重要で、そのAI戦略をきちんと描くということが大事だと思っています」(保科氏)

一般的なアナリティクス基盤という意味ではデータを十分に集め、データが集中したところにきちんとAIを配置することがポイントとなる。一方、AIに学習させる教師データは内容に合わせた作り込みが必要だ。

「専門性がどれだけ必要かがポイントになります。医療関連のように、アノテーションに専門家や特別な技能を持つ人が必要ならば、その人材をどう確保するか、インセンティブ設計はどうするのかといったところが重要です。しかし、日本語がわかればいいというような専門知識不要なデータの場合、クラウドソーシング等を活用する方法もあります。また、学習し続けて精度を上げることが重要である一方で、学習に使ったデータ次第で正しい結果も生み出しますが、場合によっては誤った結果を導き出すこともありますから、信頼性の高いデータを効率よく収集しつつ、低品質データの影響をいかに抑えるのかも重要です」と保科氏は工夫のポイントと重要性を語った。

1人のデータサイエンティストではなく、部門を超えた専門家集団が重要

多様なAIチームの存在というポイントは、1人のAI専門家に頼るのではなく、きちんと分野横断型のチームを組織全体で戦略的に組み込んでいくことが重要だという。AIといえばデータサイエンティストが注目されがちだが、不正確なデータを利用するリスクを算定し対策を指揮するような専門家や、セキュリティ知識も必要になる。また、データ統合の専門家やソフトウェアエンジニアといった技術方面の人材と、ビジネスアナリストのようなビジネスに特化した専門家も必要だという。

そうした人材を集め、部門を超えたチームを編成することで思考の多様性も担保される。アクセンチュアでは、AIの業務活用を語る時「責任あるAI(レスポンシブルAI)」というキーワードを掲げるが、こうした多様性のあるチームが導入の中心となることで「ヒューマンファースト(人間中心)」で、人間がよりよい意思決定を行い、説明責任を果たせる形でのAI活用に向けた導入価値を最大化する取り組みにつながるという。

「AIを導入したことで、AIに人が惑わされて誤った判断をしてはいけません。まだあまり注目されていませんが、AIが意思決定に貢献することで、人々の生活に影響を及ぼすようになります。そうなれば、AIの倫理性や信頼性、法的に見てどうなのかといった問題は今後どんどん出てくるでしょう。AI導入を成功させるための基盤として責任あるAIは、あった方がいいものではなく、なくてはならないもの、最も重要な課題の1つになります。ガバナンスプロセスと技術はセットです」と保科氏は語る。

そう考えれば、ガバナンスの専門家も非常に重要な存在になるだろう。しかし、こうした多彩な人材を用意することは、企業にとって大きな負担になる。

「アクセンチュアではAIの投資額の60%を研修プログラムに当てていますが、きちんと人を育てることが重要だと思っています。しかし、必ずしも自社で育成する必要はなく、外から採用できるところはどんどん取り入れるべきだと思います」と保科氏は、自社での育成にこだわる必要はなく有用なものは柔軟に取り入れ、専門家の助けを借りながらチーム編成を行うことが重要だと強調した。

最重要課題は経営幹部のコミットメントと発生しうる課題への対応

3つのポイントのうち、最後の1つは経営幹部による戦略的かつ本格的なAI導入に対するコミットメントだ。

「経営幹部が最初からAI戦略に携わって、きちんとAIによる業務部門の変革やビジネスプロセスの変革というものにトップがコミットし、強力に推進することで企業はAIから最大の価値を引き出せるようになることが調査からも見えてきていますし、私の導入経験からもそう言えます」と語る保科氏は、「常に求める成果をイメージして、初期段階から強力なリーダーシップのもとプロジェクトを進めることが大事だと考えています」とも指摘する。

先にも述べた通り、AIの判断に問題があれば倫理的、法的な問題に繋がる可能性もある。漠然と最新技術だからとAIを導入した結果、意図しない結果を招いた場合の被害は非常に大きくなるだろう。

「機械が間違った判断や違法な判断を下した場合、レピュテーションリスクにも繋がります。罰金や制裁を受けるというレベルを超えて、ビジネスを持続できるのかどうかというようなリスクすらあると思っています。企業の経営幹部は、株主や従業員はもちろん、社会全体にも大きな義務を負っていますから、CEOはそのリスクを徹底的に検証して企業としてどのように信頼性を担保していくのかを考えなければいけないですし、日本ではまだ少ないですが、最高リスク責任者や最高セキュリティ責任者といった役職も必要になるでしょう」と保科氏は語った。

AIサービス選択や専門的知識の獲得をアクセンチュアがサポート

では、AIサービスの選定や実証実験の実施、専門的な知識を持つ人材の獲得といった面で頼れる先はあるのだろうか。具体的な方策として、保科氏はアクセンチュアのサービスを利用する方法を紹介してくれた。

AIサービスの選定に関しては、実績があり、低コストで利用できるツールが多くある現在、柔軟にそれらを組み合わせたりカスタマイズしたりしながら活用することが推奨されている。そのために役立つのが、既存AIサービスを多種多様に組み込んだ「AI HUBプラットフォーム」だ。業務や目的に合わせて利用するサービスを切り替えるのも容易で、試験的なチャレンジにも有用だという。

「我々の知見を踏まえて、こういうケースならば今ここまで行けますよとか、3年後5年後を見据えた形ではこういうことを今やった方がいいですよ、というアドバイスをさせて頂きながら、実際に動かすとこうなりますよというようなものが見せられるサービスです。今はAI HUBプラットフォームのようなものを、企業の標準AIプラットフォームとして採用していただくことが進んでいます」と保科氏。

さらに、AIを活用して行く中で求められる適切な倫理基盤の構築や法的なリスクへの対応についても、実践的な手法をアクセンチュアが提供できるという。

「必要な専門知識がないのならば専門家を頼っていただくというのが有用です。倫理的かつ法的にきちんとしたフレームワークの実装についてや、そこにガバナンスをいかに効かせるのかといった体系を我々は持っていますから、そういったものをきちんと導入していただきたいですね」と保科氏は語った。