新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、2018年2月27日に北海道大学と大学発ベンチャー企業を創業する起業家支援の相互協力に関するとの覚書を締結した。このことを皮切りに、NEDOは大学発ベンチャー育成に力を入れている有力大学と次々と同覚書を締結している

そのNEDOとの同覚書を、東北大学は4校目の大学として2019年2月20日に締結した。東北大のイノベーション創出を推進する主な中核機関は、「未来科学技術共同研究センター(NICHe)」という独自の産学連携支援組織である。多くの国立大が持つ「ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー(VBL)」の超大型版の組織といえる。

その実力は「研究開発プロジェクトの運営資金として外部から1年間に約20億円を超える"外部資金"を獲得している」という事実からもよく分かる。この"外部資金"の中身は「共同研究の相手企業からの共同開発資金や、NEDOや科学技術振興機構(JST)などの公的な行政機関が実施する研究開発プロジェクトへの参画による運営資金などである」と、長谷川史彦未来科学技術共同研究センター長は言う。

  • 東北大学

    長谷川史彦 未来科学技術共同研究センター長

この未来科学技術共同研究センターは、大学の優れた研究成果などの知的資産を活用して、産業界(企業など)への技術移転によって日本の産業活性化を図る目的で1998年(平成10年)4月に設立された。その特徴は、東北大で優れた研究成果を上げている教授・准教授など十数人を選んで、その教授・准教授たちの研究成果を製品化・産業化のコアとなる技術シーズまで育成する研究開発を実施するスペースを同共同研究センターの建屋内などに与えて、本格的な技術移転を目指していることだ。そして「その技術移転を行う有力手段として、ここ5年ほど前から、東北大発ベンチャー企業の創業支援という出口が大きな潮流になってきた」と、長谷川史彦センター長はいう。

同共同研究センターは「内部に研究開発部という専任教員を主体とした独自組織を持ち、日本企業などへの技術移転の中身を検証することを実践している点が大きな特徴だ」(長谷川センター長)という。そして、その大きな技術移転成果が、最近では東北大発ベンチャー企業の創業というかたちの"成果"になり始めている。

具体的には、未来科学技術共同研究センターの多くのスタッフ(専任教員を含む)は、各有力教授などの教員が進めている大型研究開発プロジェクト内の推進役・サポート役として産業応用の可能性の最大化を図っている。これに対して、研究開発部のスタッフ十数人は各研究開発プロジェクトの外にいる"評価者・アドバイザー"として、各研究プロジェクトの中身や産業応用の可能性を冷静に評価・分析し、その技術移転の可能性を探り、その価値を高める役目を担っている。

こうした研究開発部の役目を持つ組織は、国立大では(公立大や私立大でも)あまりない独特の存在になっている。こうした独自の仕組みが功を奏し、ここ数年間は同共同研究センターから、実施した研究開発プロジェクトから東北大発ベンチャー企業を相次いで輩出している。

その代表格は、2015年11月5日に設立された「株式会社東北マグネット インスティテュート」(仙台市)だ。同社は、東北大金属材料研究所などで革新的軟磁性合金を研究開発してきた牧野彰宏 教授(東北大学リサーチプロフェッサー)の研究成果を基に、アルプス電気などの企業5社と、東北大VC(ベンチャーキャピタル)である東北大学ベンチャーパートナーズ(THVP、仙台市)が出費して設立されたベンチャー企業である。ちなみに、THVPの投資とは、正確には同社を無限責任組合員とする「THVP-1号投資事業有限責任組合」が、対象となる東北大発ベンチャー企業に投資を実行していることを意味する。

牧野教授は現在では未来科学技術共同研究センターに所属し、東北マグネット インスティテュートの事業化を強化する研究開発プロジェクトを東北大教員として進めている。

このTHVPの投資先となった東北大発ベンチャー企業の約半数は、未来科学技術共同研究センターで実施した(あるいは実施中)の研究開発プロジェクトでの成果を基に創業し事業化を始めている。例えば、THVPは2016年9月16日に、「ボールウェーブ株式会社」(仙台市、赤尾慎吾 社長)に投資した。同社は未来科学技術共同研究センターに所属した山中一司 教授の研究成果である球上の弾性表面波(surface acoustic wave)が一定条件の下では減退せずに周回するという原理を応用して開発されたセンサーを製造・販売するベンチャー企業だ。水素ガスなどのガス濃度の高精度センサーとして製品化が進められている様子だ。

また、2016年12月5日には「仙台スマートマシーンズ」(仙台市、高間館千春 社長)に投資した。未来科学技術共同研究センターに所属する桑野博喜 教授の研究成果を事業化したベンチャー企業だ。小型無線素子を組み合わせた振動発電/振動センサーの一体型センサーのプロトタイプを製品化・事業化しつつある。同センサーは過酷な環境での振動系でも使用でき、自立電源で連続測定が可能という特徴を持っている。同社は2016年5月に創業し、事業化を進める資金を求めていた。

このほか、2017年4月17日にも「株式会社Piezo Studio」(仙台市、井上憲司代表取締役社長)に投資をしている。同社は、東北大金属材料研究所・未来科学技術共同研究センター兼務の吉川彰 教授の研究成果を基に、タイミングデバイス用の振動子を開発・製品化している。同社は2014年12月5日に設立されており、この投資を受けて、研究開発や事業化を進める資金を得て事業活動を活性させた。

東北大などの国立大学法人が自分の学内にTHVPなどのベンチャーキャピタル(VC)を設立できた経緯は、当時の政府の意向によるものだ。安倍晋三内閣は、2014年6月14日に閣議決定した日本再興戦略の中に"大学改革"の項目を入れ、「今後10年間で、20件以上の『大学発新産業創出』を目指す」との目標を掲げた。この中には、その達成手法として「国立大学による大学発ベンチャー支援ファンド等への出資を可能とする」と記述されていた。

その前段階として政府は、2012年度の補正予算で東北大などの4大学に合計1000億円を出資する動きをとった。東北大に125億円、大阪大に166億円、京都大に292億円、東京大に417億円がそれぞれ出資された。この出資金を基に、この4大学はそれぞれが学内にベンチャーキャピタルの役目を果たす株式会社を設立し、そのベンチャーキャピタルに運用資金を出資している(投資形態などに、いくらかの違いがある)。さらに、この4大学は現在、「指定国立大学法人」にも指定され、日本の大学改革を強力に進めるミッションを負っている。

なお、これら東大や京大など4大学が設けた学内のベンチャーキャピタルについては、近々、別の記事として取り上げるつもりである。