スターライナーになにが起きたのか?

いったいスターライナーになにが起きたのだろうか?

打ち上げ後の記者会見では、まずスターライナーのコンピューターが、MET(Mission Elapsed Time)と呼ばれる、打ち上げからの経過時間を間違って認識していたことが明かされた。

ボーイングの宇宙部門の責任者であるJim Chilton氏によると、このMETは打ち上げ前に、スターライナーがロケットからデータを読み取ることで設定する。しかし、なんらかの問題で間違った数値を取得してしまい、11時間ずれた時間で設定されてしまったという。

このため、スターライナーがMETから判断する自身の状態と、実際の状態とにずれが生じた。つまり、打ち上げから11時間後というと、すでに軌道に乗って安定して周回している状態であるにもかかわらず、実際の宇宙船は、ロケットからの分離直後の特殊な姿勢の状態だった。そこで、それを修正するため、想定外のRCSの噴射などが行われた一方で、本来必要な軌道投入のための噴射は実施されなかったのだという。

Chilton氏は記者会見で、トラブルの原因は不明で、調査中だとした。ただ、スターライナー側に問題があることは間違いないとし、アトラスVロケットには問題はなかったと強調した。また、ボーイングは通信衛星なども製造しているが、普通の衛星はロケットからの分離時をゼロとしてカウントするなど、スターライナーとはまったく異なる仕組みをもっており、再現性はないという。

また、この問題をめぐってはひとつ不運も重なった。トラブル発生直後、すぐに地上の運用チームがそれに気づき、自動操縦の解除と、手動で姿勢を立て直すためのコマンドを送信する作業が行われた。しかし、スターライナーの姿勢が、地上からの通信を受けるために適した状態ではなかったことから、実際にコマンドが届くまでにラグが生じ、その間もRCSが噴射され続けたことから、さらに推進剤を浪費する結果になったという。

なお、トラブル発生直後の説明では、データ中継衛星システムの「TDRSS」を使った際、中継に使う衛星の切り替え時のギャップが原因とされていたが、21日の説明では、宇宙船の姿勢のほうがより可能性の高い原因として挙げられている。

  • スターライナー

    パラシュートを開いて降下するスターライナーのクルー・モジュール (C) NASA/Aubrey Gemignani

今後のスケジュールへの影響は不透明

今回のトラブルや、それによって試験が不十分に終わったことが、今後のスケジュールにどう影響するかはまだわからない。

Chilton氏は帰還後の記者会見で、帰還までに行うことができた試験や、そこから得られたデータなどから、ミッションは60%ほど達成できたとしており、また帰還後のカプセルからデータを取り出して分析すれば、試験目標の85~90%は達成できるだろうとも語った。具体的には、推進系の確認やISSとの通信試験、ドッキング・システムの試験、環境制御・生命維持システムの試験、そして最も過酷な大気圏再突入と着陸も成功。また、飛行中のクルー・モジュール内の温度や圧力、その他のパラメーターも正常だったという。つまり、打ち上げ直後のトラブルや、ISSにドッキングできなかったこと以外は、ほぼ試験は順調であったことを示している。

ただ、最終的に結論を出すにはまだ時間がかかるという。NASAの商業クルー・プログラム(commercial crew program)の副マネージャーを務めるSteve Stich氏は、軌道上から送られたデータの分析をはじめ、帰還したクルー・モジュール内のレコーダーから取り出したデータの分析も必要であり、それには2週間ほどかかることから、2020年1月までは結論は出せないとしている。

仮に、今回の試験だけでは不十分と判断され、同じような無人での飛行試験をもう一度行う場合、おそらく数億ドルの費用がかかるうえに、有人飛行の実施時期など、今後のスケジュールは数か月単位で遅れることになろう。

ちなみに今回の無人飛行試験の前、ボーイングとNASAは有人での試験飛行について、2020年の第1四半期に実施というスケジュールを発表していた。スペースXもほぼ同時期の実施を予定している。しかし、当初の予定からかなりの遅れが出ており、NASAではさらなる開発の遅れを懸念し、ロシアからソユーズ宇宙船の座席を追加購入することを検討していた。

もし、もう一度無人飛行試験を行うとした場合、その懸念は的中することになろう。

  • スターライナー

    着陸し、地上スタッフによる作業を受けるスターライナーのクルー・モジュール (C) NASA/Boeing

ぶっつけ本番で有人飛行を行う可能性も?

一方でStich氏は、「私たちには良いデータがあります。調べた結果、次のステップに進み、宇宙飛行士を乗せた飛行試験を行うことができるかもしれません」とも語り、必ずしも、同じような無人の飛行試験をもう一度行う必要はないかもしれないという、前向きな見通しを示した。

今回の問題がソフトウェアに起因することはほぼ間違いなく、修正は比較的容易であろうこと、また前述のように、ISSとのランデヴーやドッキングができなかったこと以外は、ほぼすべての試験目標を達成しているのも事実であり、そのような判断が下される可能性はあろう。一方、そうなればISSへのランデヴーやドッキングを、宇宙飛行士が乗った状態で、ぶっつけ本番で行うことになるため、リスクはやや高くなる。

これについて、NASAのジム・ブライデンスタイン長官も楽観的な見方を示している。記者会見では、「もし今回の宇宙船に宇宙飛行士が乗っていたら、問題が起きた際にすぐに気づいて問題を修正し、軌道変更やISSへのドッキングなども果たせていただろう」と語り、むしろ有人であればミッションは成功していただろうと語った。

しかし、それ自体は事実かもしれないが、それをよしとするのは非常に危険な考え方であろう。宇宙飛行士が乗っていたとしても、生命維持システムの故障などで操縦できなくなる可能性はつねにあり、そのために無人で飛行できる仕組みが存在する。どちらも正常であるという前提と保証がなされたうえで、初めて安全性というものが論じられる。そして、それでもなお、事故が起こってしまうのが宇宙飛行というものである。

そもそも、NASAとボーイング、スペースXとの間で交わされた契約では、「有人飛行の前に、宇宙船とISSのドッキングの実証を行うことが必要である」と書かれており、もし次に有人での試験飛行を行うなら、NASAはこの要件を放棄しなければならない。

NASAは過去に、チャレンジャーの打ち上げ失敗やコロンビアの空中分解など、スケジュールを優先したり、安全性やトラブルの兆候を軽視したりした結果、大事故を招いたことがある。スターライナーにおいても、開発が遅れていたり、ソユーズへの依存の一刻も早い脱却が求められていたりなど、これ以上のスケジュールの遅延は避けたいという事情があることはわかるが、それによって安全性が犠牲にならないこと願うばかりである。

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    スターライナーの想像図 (C) NASA/Boeing

出典

NASA, Boeing Complete Successful Landing of Starliner Flight Test | NASA
Starliner Updates
United Launch Alliance Successfully Launches the Boeing Starliner Spacecraft on the Orbital Flight Test
Commercial Crew Press Kit
Commercial Crew Program