三菱重工業は2019年9月23日、H-IIBロケット8号機の打ち上げ前ブリーフィングを開催し、11日に発生した移動発射台の火災の原因と対策、そして打ち上げに向けた準備状況について発表した。

火災の原因は、エンジン冷却に使う液体酸素が発射台開口部に吹き付けられたことで、静電気が発生し、断熱材が燃えた可能性が高いと結論。対策として、帯電、延焼防止を目的としたアルミシートを施工した。一方、ロケットの機体には大きな影響はなかったという。

新しい打ち上げ日時は、9月25日1時5分5秒に予定されている。

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    9月11日に起きた、H-IIBロケット8号機の移動発射台の火災の様子 (C) nvs-live.com

移動発射台の火災

この火災事故は、9月11日の未明に発生した。このときH-IIBロケット8号機は、すでにターミナル・カウントダウン作業と呼ばれる準備作業の段階にあり、推進剤の充填や点検など、6時33分29秒の打ち上げに向け、順調に作業が進んでいた。

しかし、3時5分にロケットを載せた移動発射台(ML)の開口部で火災が発生。それを受け、3時7分ごろに消火活動を開始し、4時17分に打ち上げ中止を決定。そして5時10分にモニター上で火災が見えないことを確認し、6時19分に放水を終了した。その後、11時ごろに推進剤の液体酸素と液体水素を排出する作業を完了し、機体を安全化。点検などを実施したのち、18時ごろに機体を整備組立棟(VAB)へ返送している。

火災が起きた移動発射台の開口部とは、ロケットの下部にあたる位置に設けられている空洞(穴)のことで、メイン・エンジンの噴射ガスを煙道方向へ逃がす役割をもつ。下から見ると八角形をしており、そのうち、固体ロケット・ブースター(SRB-A)同士の間にあたる、III軸とIV軸と呼ばれる箇所の間の部分(詳しくは下図を参照)で火災が発生した。

H-IIBロケットで使われる移動発射台は「ML3」と呼ばれ、H-IIBロケット専用に造られている。ちなみに、H-IIAロケットで使われる「ML1」は、H-IIBでは使えない。ML3はこれまでに、H-IIBロケットの1号機から7号機まで使用されてきたが、火災が発生したのは初めてだった。

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    火災が起きた9月11日の経緯や、発生箇所、現在までの状況などの概要 (C)MHI

その後、三菱重工は火災状況や原因の調査を実施。その結果、火災が発生したのは、この開口部の壁面にある、断熱材の施工部と特定した。

この場所には、H-IIBロケットの2基のメインエンジン「LE-7A」のうちの1基から排出される、エンジンを予冷したあとの液体酸素が吹きかかっていた。予冷とは、エンジンを正常に動かすために、推進剤のうち酸化剤の液体酸素を使ってあらかじめ冷却することで、この予冷に使った酸素は、エンジンのノズルの脇にある排出口から外へ放出される。

移動発射台は鋼板で造られており、また開口部は打ち上げ時のエンジンの燃焼ガスに耐えるため、鋼板の上に耐火材(塗料)が施工されている。そこに排出された液体酸素が当たると、耐火材が冷やされて熱収縮して割れ、さらに内部の鋼材も冷やされて割れる、「冷却割れ」を起こす。

このことは、LE-7Aが中心に1基だけのH-IIAロケットでは問題にはならかったものの、H-IIBロケットは、LE-7Aを2基並べて装着しているため、各エンジンの排出口と開口部壁面までの距離が200mmと非常に近くなっており、排出された液体酸素が壁面に吹きつけられる様子が確認されていた。

そして実際、H-IIBロケット1号機、2号機の打ち上げ後に割れていることが判明し、3号機の打ち上げ時から、この冷却割れを防止するため、耐火材の上に断熱材(ポリ塩化ビニール製)を施工。さらに、断熱材は高温に弱いため、エンジンの燃焼ガスなどから断熱材を守るため、その上にさらに耐熱材(シリコーン製)を施工している。施工部の面積は縦4m、横1.6mくらいだという。

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    火災の状況。火災が発生したのは、移動発射台の開口部の壁面にある、断熱材の施工部と特定された (C)MHI

火災の原因と、発火に至ったシナリオ

では、この部分でいったいなにが、どのようにして発火したのか。ここで重要になるのが、ものが燃えるには「燃焼の3要素」、すなわち発火源、可燃物、そして酸素が必要となるということである。

まず発火源については、耐熱材に酸素が吹き付けられたことで発生した静電気と推定された。実際に再現試験を行った結果、液体酸素、酸素ガス単体を吹きつけた場合には静電気はほとんど発生しなかったものの、両者が混ざった2相状態の酸素を、なおかつ無風の条件下において吹きつけた場合は、+6.5kVの電位が発生することが確認できたという。

可燃物については、断熱材と推定。こちらも試験の結果、空気雰囲気中では断熱材も耐熱材も燃焼しなかったものの、断熱材については、高濃度の酸素雰囲気中では燃焼することが確認された。なお、断熱材は耐熱材によって覆われているものの、耐熱材は低温に弱く、冷たい酸素によってときどき割れることがあるという。今回も、耐熱材が低温で割れた結果、中の断熱材が外に露出したとみられるとしている。

そして酸素は、LE-7Aから排出される予冷後の液体酸素がその供給源となった。

こうしたことから、火災発生のメカニズムは、まずLE-7Aから排出された液体酸素が、落下していくなかで空気と触れ、一部がガス化。液体と気体が混ざった2相状態になり、それが耐熱材に吹きかかり続けることで静電気が発生した。その一方で、液体酸素の低温で耐熱材の一部が割れ、その下の断熱材が外に露出した。さらに、LE-7Aから排出される液体酸素、すなわち100%の酸素によって、周辺が高濃度酸素雰囲気にあった。

この断熱材、静電気、そして酸素という、まさしく燃焼の3要素が揃ったことによって、火災が発生した可能性が高いと結論づけられた。

また、こうした設備的な要因と合わせ、気象条件も組み合わさったと考えられるという。前述のように、再現試験においては、液体と気体が混ざった2相状態の酸素を、無風の条件下において吹きつけた場合にのみ大きな電位が発生し、また、断熱材も高濃度の酸素雰囲気中でのみ燃焼することが確認されている。

つまり、断熱材などを施工したH-IIBロケット3号機以降、7号機まで、設備的には今回と同じではあったものの、風があったおかげで酸素が拡散し、発火に至ることはなかった。しかし、11日の火災が起きたころの時間帯は、風速約1m/sとほぼ無風状態だったことから、酸素が滞留し、静電気が発生しやすく、また断熱材のまわりが高濃度の酸化雰囲気になりやすかった。こうした複合的な要因により、発火に至ったと考えられるという。

会見した三菱重工の田村篤俊氏(打上執行責任者)は、「予測できたトラブルなのか」という質問に対して、「大気の中にはもともと酸素がある。そこに、エンジンを予冷したあとの液体酸素を排出することは、十分に気をつければ、大きなリスクはないと考えていた。したがって、こういうことが起こるという予測はしていなかった」と回答した。

また「液体酸素や酸素ガスというものは、配管の中などを流すときなど、発火の要因になりやすいものであり、十分に気をつけなければならないということは認識していた。今回は、もともと酸素が含まれている大気中に酸素を排出するということで(大きなリスクはないと考えていたが)、配慮が十分ではなかったと考えている」とも語った。