「フクロウの羽といえば?」という問いに「ThinkPad!」と返せる人は意外と多い。このことが示すようにThinkPadにとって冷却機構は重要な位置づけにあり、そのことを評価するノートPCユーザーはこれまた多い。

その冷却機構はバッテリー駆動時間とトレードオフの関係にある。そのため、電源管理のデザインもノートPCの開発にとって重要な意味を持つ。もちろん、ThinkPadの開発陣も冷却機構と共に電源管理機能を重視している。

2019年に登場したThinkPad X1 Carbon 2019年モデル(以下、X1 Carbon 2019)とThinkPad X1 Yoga 2019年モデル(以下 X1 Yoga 2019)では、冷却機構と電源管理で新しい技術を取り入れた。この記事では、レノボ大和研究所で開発に携わった当事者が語る、新技術の特徴を解説する。

  • ThinkPadの冷却技術を、開発者が直接解説

    ThinkPad 2019年モデルで導入した新世代冷却機構について話を伺った中村厚喜氏(左)、内野顕範氏(中央)、瀬戸裕一郎氏(右)

高熱化するのに薄型化、それでも温度を下げるために

冷却機構について解説したのはレノボ Thermal&Performance designに所属する中村厚喜氏と同所属 内野顕範氏だ。中村氏は、X1 Carbon 2019、X1 Yoga 2019の熱設計において影響した外部要因として、「ボディの薄型化」「CPUの高性能化」「ファン騒音」「ボディ表面温度」を挙げる。本体の厚さは、全機種のThinkPad X1 Carbon 2018年モデル(以下 X1 Carbon 2018)の15.95ミリからX1 Carbon 2019では14.95ミリと薄くなり、搭載するCPUのターボブーストにおける供給電力(CPUの熱設計で使う言葉としては「PL2」)はX1 Carbon 2018が採用していたCPUのKabylake-R世代で44ワットだったのが、X1 Carbon 2019が採用するWhiskeylake-Rでは51ワットまで増加している。

厚さは6%程度削減されたのに供給電力(=発熱量)が1割以上増えているのだから、熱設計としては非常に厳しい状況になる。加えて、X1 Carbon 2018ユーザーからのファン騒音とボディ表面温度に関するフィードバックでは、「ファンがすぐに回る」「ファンの風切り音がうるさい」「表面が熱い」「設定が選べない」という意見があった。その意見に応じるためには、ファンは静かで、回る頻度は少なく、それでもボディ表面は熱くならず、かつ、処理能力重視、静音重視などユーザーの利用場面と目的に合わせて設定を選べるようにする必要がある。

それらの相反する要求に応えるべく、レノボでは、ソフトウェアとハードウェアのそれぞれで新しい技術を用意した。ソフトウェアでは電源管理プランに改良を加えた。レノボでは、Windowsが用意する電源管理プランユーティリティとは別に、独自に開発したユーティリティをThinkPadシリーズに導入している。ユーザーインタフェースとしてはWindowsのユーティリティと同じく複数のモードを用意し、フォームに表示したスライダーでパフォーマンス重視モードからバッテリー駆動時間(=静音重視)重視モードを設定できる。

  • 従来はパフォーマンスモードが初期設定だったが、2019年モデルからはバランスモードが初期設定になっている

レノボのユーティリティでは従来(X1 Carbonシリーズでは2018年モデルまで)全てのモードでパフォーマンスを重視した設定としていたが、2019年モデルではバランスを重視するモードを用意した(これまでのモードは全てパフォーマンス重視モードにまとめてしまった)。それぞれのユーザーにおける利用目的やそのときの状況に合わせて「ユーザーが選択できる」ことを重視した結果だ(別な言い方をすれば、望ましい処理能力やファンの音量、ボディ表面温度をユーザーが状況に合わせて選択することが前提となる)。

ボディ表面温度と電源管理の設定では、PCを使用している場所を机の上か膝の上かを自動で判断し、場所に合わせて供給電力の設定を変更する技術を独自に開発して導入している。X1 Carbon 2019とX1 Yoga 2019では、この技術でも改良を加え、机の上で使用している状態(以下、机上状態)で、従来と比べて15%の処理能力向上を可能にした設定を導入している。

この設定を可能にするには、机上状態と膝の上で使っている状態(以下、膝上状態)を的確にシステム側で判断する必要がある。これは、ボディ表面温度による不快感を防ぐためで、膝上状態のボディ表面温度は長時間使用でも低い温度にレノボ自ら定めており、その範囲に収まるようにCPUへの供給電力も抑える必要があった。しかし、レノボが開発した机上状態膝上状態を自動で検知する機能を導入して「明らかに膝の上で使っていない状態」を確定できることで、机上状態におけるCPUへの供給電力をこれまでより高く設定して処理能力を高めることが可能になった。

X1 Carbon 2019とX1 Yoga 2019の設定において、机上状態の供給電圧は51ワットから机上における安定供給電力に移行し、膝上状態が検知された時点でより低い値に設定した膝上における安定供給電力に移行する。ここでいう「机上における安定供給電力」と「膝上における安定供給電力」に対して、レノボでは、第三者認証機関のUL Japanに依頼して、それぞれの値を定めている。レノボでは、自動で机上状態と膝上状態を検出できることで、膝上状態より机上状態で安定供給電力を高く設定できるようになり、それが、15%の処理能力向上を可能にしたと説明している。

  • 自動で膝上状態が認識できるため、机上状態における供給電力を高めに設定できるようになった。これが15%向上を可能にしている

温度測定とファン制御を見直し、他のThinkPadでも?

レノボでは、クーラーユニットのファンから発生する風切り音の抑制にも以前から注力している。冒頭で示した「フクロウの羽」もファンのブレード形状において飛行時の静穏性に優れたフクロウの羽の形状を取り入れたものだ。このように、レノボでは、クーラーユニットの静音化を重視しているが、X1 Carbon 2019とX1 Yoga 2019の開発では、その実現のために「非可聴領域回転数の使用」「表面温度センサーの使用」「長時間実利用想定シミュレーション」を実施した。

  • 上が2019年モデルで採用した新しいクーラーユニット。下の従来タイプと比べてヒートパイプが「太い一本」となったのが分かる。熱伝導効率は「このサイズなら太いのが高い」(内野氏)とのこと

非可聴領域回転数とは、聞き取れないほどに小さな音でファンを回し続けることを重視した回転数制御だ。なお、「非可聴領域」という言葉から「風切り音を聞き取れない周波数」にする技術と思うかもしれないが、レノボにおいては「音圧」を制御して聞き取れないようにするという方向で開発している。また、非可聴領域に相当する音圧の値は、レノボの内部におけるユーザーテストによって独自に定めている。このユーザーテストでは、日本人の他、北米、中国 台湾のスタッフも参加(ただし、その多くは日本人が占める)して、世界共通の値として扱っているという。

ファンの回転数はPC内部の温度に合わせて制御する。温度が高くなれば回転数を増やし、低くなれば回転数を落としてファンから発生する音圧を抑える。この仕組みは長年にわたって変わっていない。ただし、PC内部の温度測定方法は変化している。そのポイントは「どこの温度を測定するか」だ。従来、測定値としてCPU内部(もしくはGPU内部)に組み込んでいる温度センサーを用いてきた。PC内部で発生する熱の多くはCPUを起因で、加えて、処理負荷に応じて発生する熱も可変なので、CPU内部の温度に合わせてファンの回転数を変更するのは理にかなっている。

ただ、その一方で、CPU内部の温度変化と比べてPC内部の温度変化は緩やかで、かつ、冷却機構や本体内部の気流経路によっては、表面温度の上昇を抑えることが可能だ。表面温度を下げるためにクーラーファンの回転数を制御する場合、CPU内部の温度ではなくPCのボディ表面温度を測定すればファンの回転数をより低く設定でき、その結果、ファンの風切り音も抑制できる。その仮説のもと、ボディ表面に温度センサーを実装したという条件で長時間(具体的には4時間30分)の実利用想定シミュレーションを実施した。CPU内部温度でファンの回転数を制御した条件では、多くの時間で非可聴領域を超える音圧となった一方で、ボディ表面温度で制御する条件のシミュレーションではほとんどの時間で音圧が非可聴領域を超えることがないという結果だったとしている。

レノボによると、2017年までのモデルはCPU内部温度でファン回転数を制御しており、過渡期にあたる2018年のモデルでは表面温度で制御するモデルが加わり、2019年のモデルで全面的に表面温度制御に移行する予定だ。

「フクロウの羽」がクルマの技術で変わる?

「フクロウの羽」というキーワードで訴求してきたクーラーファンでは、「自動車業界で培われてきた技術」を新たに取り入れている。レノボがX1 Carbon 2019とX1 Yoga 2019のために開発したのは「レゾネーター」「スポイラーブレード」「シャークギル」だ。

レゾネーターは、自動車のエンジン吸気路に用意した“小部屋”(空気室)に吸気の一部を導いて音を発生(共振)させ、吸気時に発生する音を打ち消すパーツだ。これと同じ仕組みの空間をクーラーユニットの吸気路に設けている。レノボの説明によると、空気室の容積と空気室に気流を導入する経路穴の大きさ、長さによって、抑制できる音の大きさと周波数が決まる。開発ではこれらのサイズを変更した膨大な数の組み合わせで半年をかけて試行錯誤を繰り返したという。

  • クーラーユニットのフードを開いたところ。赤い丸で示した部分が空気室だ

スポイラーブレードでは、クーラーファンの背面側に突起を設けている。自動車のボディ(主に後端部)に取り付けたスポイラーは、走行時にボディ後方で発生する真空部による抵抗と気流の乱れによる音の発生を減らす効果があるが、スポイラーブレードでも同様に、消費電力と発生音を抑制できる。シャークギルは気流通路の排気口近くに設けた整流用の突起で、排出気流を均一化することで、熱交換効率の向上を目指している。

  • スポイラーブレードの裏側が突起状になっているのが分かる

  • 三角形のモールドが空気の流れを整える役割を果たすシャークギルだ。5つある丸いモールドはフード内にある円柱状の“柱”を受け止める部分

ThinkPadというと、CPUなどPCとしての高い処理能力や堅牢でシンプルなデザインのボディ、そして、打ちやすさを重視したキーボードなどが高く評価される。しかし、今回紹介した熱設計や電源管理といった目立たない部分においても長年培ってきた(ある意味アナログ的な)ノウハウが可能にする新機軸の採用など、ノートPCとしての「基礎体力」の高さも重要な特徴だ。ノートPCの購入検討ではこのような側面にも注目したい。