宇宙航空研究開発機構(JAXA)は6月24日、種子島宇宙センターにおいて、H3ロケット用の新型移動発射台(ML)と運搬台車(ドーリー)を報道陣向けに公開した。どちらもH3ロケット用の地上設備として新開発されたもの。同日より3日間、射点にて走行試験を行っており、今回公開されたのはその初日の様子だ。

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    射場にて公開された新型移動発射台(ML)と運搬台車(ドーリー)

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    約3km離れた竹崎展望台よりズームで撮影。こちらは側面になる

H3ロケット用に新開発された移動発射台

H3ロケットは従来のH-IIA/Bと同じく、大型ロケット組立棟(VAB)の中で機体を組み立てて、打ち上げ前に射点に運搬する方式を採用している。このとき、ロケットの台座となるのが移動発射台である。ロケットは移動発射台の上で組み立てられ、移動発射台ごとドーリーで射点まで運ばれる。だから「移動」発射台というわけだ。

同ロケットは開発コストを抑えるため、射場設備はなるべく既存のものを流用する方針となっているが、その中でも例外的な新規開発品が移動発射台とドーリーである。ただ新規開発とは言え、VABや射点などは既存の設備を改修/流用して使うため、大きさや重量については制約があり、それほど大きく変わっていない。

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    射場設備の開発概要。赤枠のみが新規開発で、その他は改修/流用だ (C)JAXA

ドーリーは56輪のタイヤを備えた全長25.4mの大型車両。地面に埋められたマグネットを検知して、自動運転でVABから射点へ移動することができる。移動発射台を左右から持ち上げるため、ドーリーは2台が1セットとなって運用される。ドーリーについては過去記事があるので、詳しくはそちらを参照して欲しい。

参考:H3ロケット用の新型運搬台車が公開、日本車輌製造が初担当

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    新型ドーリーの概要。信頼性、維持費、運用性の3つが大きなポイントだ (C)JAXA

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    ドーリーの諸元。ロケットを乗せて運ぶため、加減速は抑えられている (C)JAXA

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    移動発射台の下のドーリー。作業員が乗っているが、操縦はしていない

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    表面からは見えにくいが、路面の中央にマグネットが埋まっている

移動発射台は、ロケットを乗せる土台の部分と、2本のマストで構成される。横幅は22m。マスト先端は66.5mという高さだ。移動発射台には、射点に運ばれた後、ロケットに推進剤を充填し、点検を行うという機能もある。地上側の配管と接続する必要があるため、誤差25.4mm以内で所定の場所に停止する精度がドーリーには求められている。

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    移動発射台は非常に巨大で圧倒される。デッキ上面の高さは7mもある

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    射点まであと少しのところ。建物の窓から見える配管に接続する

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    マストの先端。打ち上げ時には、ここからアンビリカルラインが出る

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    射点に到着した移動発射台。マストには、避雷針としての役割もある

新型の設計が大幅に変更された理由

H-IIB用の移動発射台(ML3)からの変更点は大きく3つ。

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    H-IIB用とH3用の移動発射台の比較。大きさと重さはあまり変わらない (C)JAXA

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    新型移動発射台の変更箇所。かなり大きく変わっていることが分かる (C)JAXA

1つは、地上風への対策だ。H3ロケットは従来と支持方式が変わっており(後述)、風により揺れやすくなっているという。その影響を抑えるため、風洞試験や流体解析(CFD)で検討したところ、上段マストの形状を角柱から円柱に変更し、マスト間にかかる梁(オーバーブリッジ)を削除すると効果的であることが分かったそうだ。

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    マストの中程から上が円柱になっている。これが従来との大きな違いだ

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    技術について説明したJAXA宇宙輸送技術部門 射場技術開発ユニットの更江渉氏

2つめは、土台の形状変更。従来は、デッキの上にロケットを置いていたが、H3は過去最大のロケットとなるため、そのままだとVAB内に格納できない。そこで、H3では大きな穴を開けて、開口部の側面でロケットを支持する方式に変更した。

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    H3ロケットは、移動発射台にめり込むような形で設置される (C)JAXA

開口部のサイズは、従来はノズル径の1.7倍だったが、新型では3倍に拡大。これにより、燃焼ガスの噴流が通りやすくなった。従来は噴流が穴から溢れ出て、そこで大きな干渉音が発生していたが、新型ではこれを抑え、搭載衛星への影響を軽減している。

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    注水システムは噴流からエネルギーを奪う。新型ではすべて地上側に (C)JAXA

従来、音響対策として搭載していたデッキ上面の散水は、これで不要に。また開口部の側面から注水していたものは、地上側に移した。新型では水の配管が無くなったので、メンテナンス性が向上。デッキ上の凹凸も無く、噴流による熱損傷があっても補修は容易で、従来1カ月近く要していた打ち上げ後の補修期間を大幅に短縮できる。

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    新型は開口部が大きい。フラットなので補修が容易で作業性も良い (C)JAXA

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    補修期間を大幅に短縮。打ち上げ間隔を従来の半分以下の1カ月以内に (C)JAXA

3つめの変更点は、ホールドダウンシステムを新たに採用したことだ。従来は推力が大きな固体ロケットブースタの点火で離昇していたが、H3の最軽量コンフィギュレーションであるH3-30形態にはブースタが無い。液体エンジンLE-9×3基の推力が100%に立ち上がる前に飛び上がらないよう、拘束しておく装置を追加した。

間近から移動発射台の運搬を見学!

初日試験の様子(等倍速)。移動速度はかなりゆっくりだ

等倍速だと動きが分かりにくいので、10倍速動画にしてみた

H3ロケットは2020年度の初打ち上げを目指しており、開発はいよいよ大詰め段階。移動発射台は、2018年11月に工場における製作・試験・検査を完了しており、7回に分けて種子島宇宙センターに輸送、現在、射場にて最終的な整備・点検が行われているところだ。

今回の試験前にも、移動発射台をドーリーに乗せた状態での走行試験は行っていたが、ロケットの重量を模擬した鉄板(約360トン)まで搭載して行うのはこれが初めて。初日にはまず、射点近くの約50mを走行する試験を行った。なお走行精度は前述の通り25.4mm以下が要求仕様であるが、前回の走行試験では±0mmの位置で静止できたそうだ。

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    初日の試験内容。カーブのすぐ手前からスタートする (C)JAXA

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    デッキ上に見えていたこれがロケットの重量を模擬した鉄板だ

ドーリーの走行速度は、直線部で時速2km、カーブで時速1km。最後の射点付近ではさらに減速し、10分ほどかけて移動を完了した。試験に立ち会ったJAXA宇宙輸送技術部門 射場技術開発ユニットの長田弘幸ユニット長は、「詳細なデータは今後分析するが、加速度、水平度、速度などは問題無かったように見えた」と評価した。

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    JAXA宇宙輸送技術部門 射場技術開発ユニットの長田弘幸ユニット長

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    カーブでは時速1kmに減速。ロケットは極めて慎重に運ぶ必要がある

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    移動発射台は4本の足で支える。移動中はドーリーによって浮いている

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    射点に到着。ここで移動発射台を降ろせば、ドーリーの任務は完了だ

現場の開発で悩ましいのは、現行のH-IIA/Bロケットがまだ運用中であることだ。種子島宇宙センターには、2つの格納場所(VAB1/2)と射点(LP1/2)があり、H-IIAはVAB1/LP1、H-IIBはVAB2/LP2を使っている。H3は、H-IIB用のVAB2/LP2を使用することになるのだが、H-IIBはまだ2回の打ち上げが残っており、改修や試験はその合間にしかできない。

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    H-IIAは緑色の経路。H-IIB/H3は黄色の経路で、カーブが多い (C)JAXA

当面は「車庫が2つで自動車は3つ」(長田ユニット長)の状態が続くため、H3用の新型移動発射台は射点付近で組み立てたとのこと。VAB2は次のH-IIBロケット8号機が使用中なので、新型移動発射台をVAB2の中に入れる試験は、今年の秋くらいから実施する予定ということだ。

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    VABは外壁の補修中だった。H3はこの右側(補修済み)を使うことになる

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    VABと射点の距離は約500m。30分ほどかけてこの距離を移動する

新型移動発射台はまだ開発中。今後、推進剤の配管などを追加して、来春に完成する見込みだ。その後、射点にて液流し試験などを行い、打ち上げ前の地上総合試験では、実際にロケットも乗せて移動し、最終確認する予定となっている。